第837話 展示物〈ナノファブリケーター〉


 張り詰めた空気のなか、静寂に支配された展示フロアに足を踏み入れる。先行するテンタシオンの戦闘部隊は変異体の動向を慎重に確認し、最適な経路を絞り込んでくれていた。


 展示フロアにはガラスケースが整然と並べられていて、その中には異種文明の謎めいたアーティファクトや、古代の異星生物の遺骨が収められた黄金の箱が展示されていた。どの遺物も興味深く、思わず立ち止まりそうになる。


 光学迷彩を使用していたが、フロア内を徘徊する変異体に近づくことは極力避けるようにしていた。拡張現実で視界の端に表示されていた監視カメラの映像を確認しながら、つねに警戒しながら進む。変異体は我々の存在に気がついていないのか、それとも興味がないのか、かれらの動きに目立った変化は見られなかった。


 静謐な空間の中を移動していると、時間が止まったように感じられる。けれど実際には、一瞬一瞬が死と隣り合わせのような状況だった。


 途中、機械人形ラプトルの残骸が目に入る。変異体によって無惨に破壊された機体は、あの化け物の恐ろしさを如実に物語っているようだった。足元に散らばる破片のなかには、〈小型核融合電池〉などの貴重な部品が雑じっている。重要な資源だったので、変異体の動きに注意しながら回収していく。


 それらの部品は〈インシの民〉の腕輪に備わる〈収納空間〉に放り込んでいく。しかし残骸は広範囲に散らばっているため、すべてを回収することはできなかった。必要なものだけ選び取り、立ち止まることなく前進し続ける。


 監視カメラの映像を確認すると、すぐ近くに変異体が立っているのが見えた。異様に長い腕が無造作に揺れ、奇妙な笑顔が張り付いたままの白い顔が展示品を照らす間接照明に浮かび上がる。それは悪夢を見ているような、どこか現実感のない光景だった。


 気を抜けば、すぐにでも襲いかかってくるかもしれないという緊張感が、我々の行動をさらに制限し慎重にさせていた。変異体が近づいてくるたびに息を止め、〈環境追従型迷彩〉が的確に機能してくれることを祈る。


 ちなみに、ペパーミントの〈コムラサキ〉が身につけていたアシストスーツも光学迷彩を備えていたので、カモフラージュのための新たに装備を調達する必要はなかった。


 背後から物音が聞こえて振り向くと、白い巨人が――変異体が迫ってきているのが見えた。間近に見る化け物の姿は恐ろしく、いびつな骨格や濡れた乳白色の肌に圧倒され、想像以上の恐怖と威圧感が全身に押し寄せてきた。ミイラのように痩せこけゴツゴツした骨ばった身体は、それでもなお人間の面影を残しているからなのか、見る者に不快感を与える。


 その巨体を仰ぎ見ているだけで心をかき乱される。頭蓋に張り付いた薄い皮膚は引きつれていて、その瞳は虚ろで何も映っていないように見えるが、我々の存在を感じ取っているかのような錯覚を起こさせる。それでも、やはり動くモノだけに反応しているのか、物陰に身を隠す我々には目もくれずフラフラと通り過ぎていく。


 息を詰め、化け物の足音が遠ざかるのを待つ。重く鈍い足音が消えると、ようやく緊張感から解放される。石碑の陰に隠れていたペパーミントに合図を送ると、すぐに移動を再開する。


 やがて遺物が展示されていたフロアを抜け、広々とした通路に出る。そこは縦にも横にも広く、足音が反響するほど静まり返っている。ここから先は、異種文明の技術に関する企画展示が行われているフロアになっていた。いくつかの展示品は施設内の機械人形によってメンテナンスされていたのか、直接触れて機能を確認することができた。


 まず目に入ったのは、細長い円筒形の小さな装置だった。金属補強された半透明の筒の内部では青白い電光を放つ未知のエネルギーが渦巻いていて、見る者に強烈な不安を与える。近くで観察すると装置の側面に小さなパネルが設置されていて、起動スイッチらしきモノも確認できた。


 恐る恐る触れると、微かな作動音と共に筒の上部から細い光線が上方に向かって放たれるのが見えた。その光線は一瞬で形を変え、我々の周囲に半球状のエネルギーフィールドを形成していく。


 どうやら設置型の〈シールド発生装置〉だったようだ。シールドの表面には、近くにいる変異体の姿が立体的に表示されていて、障害物を透かして周辺一帯に潜む敵の位置を把握できるようになる機能も備えているようだ。その装置の動力は不明だったが、防衛拠点などに設置するための装置なのかもしれない。


 そのとなりには未知の金属で造られた球体が展示されていた。近づくと球体がゆっくりと回転し始め、表面に精緻な模様が浮かび上がる。しだいにその模様は複雑な幾何学模様に変わっていく。いくつかの模様は異種文明の文字だったようだ。〈データベース〉に登録されていた文字が自動的に翻訳され、拡張現実で表示されていく。


 その球体に手をかざすと瞬間的に視界がゆがみ、展示品を眺めるように立ち尽くしていた変異体の姿が見えるようになった。どうやらその装置は〈異星生物〉が周囲の様子を探るために利用していた装置のプロトタイプらしく、触れた者の意識を一時的に別の空間とつなげる機能を持っているようだった。


 そこに展示されていた装置は、監視カメラのようにあらかじめ決められた空間を覗き見ることしかできなかったが、実際の装置は――まるで〈千里眼〉のように、遥か遠くの景色も自由自在に、そして何の代償もなく覗き見ることが可能だった。


 それらの装置を眺めている間にも、至るところから変異体の足音が聞こえ、嫌な緊張感が立ち込めていた。それにもかかわらず、ペパーミントは未知の装置に興奮していて、技術解析のためだと言って気になるモノを片っ端から回収していた。


 実際のところ、〈異星生物〉の技術を目にする機会は滅多になかったので、思わず展示品に手を出してしまう彼女の行動も理解できたし、批判する気にもなれなかった。我々は盗人ではなかったが、放棄された施設で道徳について考える必要もないと思っていた。


 徘徊する変異体をやり過ごしながら進んでいると、興味深い装置が目に入る。それは一見すればハンドガンのようにも見えるが、通常の拳銃と異なり、銃身の上に平たい板が乗せられているような奇妙な形状をしていた。その異様なデザインに直感的に惹かれ、ガラスケースに近づく。


 ホログラムで投影された展示品のラベルを確認すると、その装置は〈ナノファブリケーター〉と呼ばれる異種文明の小型製造装置だということが分かった。それは〈フードディスペンサー〉のような機能を持ち、素材となる物質をエネルギーに変換し、新たな素材として再物質化することのできる携行可能な製造端末だった。


 装置を利用するには、旧文明の高密度に圧縮された鋼材が必要だったが、ライフルの弾倉に使われる鋼材をそのまま利用することもできるようだ。特別な処置を必要としないので、我々にとって非常に実用的な道具になるかもしれない。


 ガラスケースの中に厳重に保管されていて、ケースの内部に特殊なセンサーが設置され、誰かが装置に触れようとすればすぐに検知される仕組みになっていた。おそらく展示されている装置は単なるレプリカではなく、本物の〈ナノファブリケーター〉なのだろう。だからこそ厳重に管理されている。


 異種文明の技術を垣間見た興奮と同時に「その技術をどのように活用できるだろうか」という思考が頭をよぎる。しかしフロアを徘徊している変異体の姿を見て、すぐに現実に引き戻される。


 ガラスケースにそっと触れて〈接触接続〉行う。警備システムに接続すると、ケースのロックが解除される。微かな音を立てながら、ガラスケースが左右に展開し、〈ナノファブリケーター〉の台座が持ち上がる。装置に触れると、指先に金属特有の冷たさと滑らかな質感が伝わってくる。


 すぐにでもその装置の機能を試したかったが、変異体が接近してきていたので、ペパーミントを連れてその場から離れることにした。

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