第835話 展示施設


 宇宙港に潜入するため、我々は〈異星生物〉に関連した展示会が行われている施設に向かうことを決断した。広場から薄っすらと見える施設は、市街地に点在する無骨なブルータリズム建築とは異なるデザインの建物だった。施設の外観には威圧的なコンクリートや金属の塊ではなく、木材がふんだんに使用されていた。


 ガラス張りの外壁には木材が格子状に並べられ、それは建物全体を補強する役割を果たすだけでなく、日本独特の建築美を表現しているように見えた。その格子の隙間からは施設内部の様子が見えるようになっていた。内装も同様に木材を中心に構成されていて、どこか山小屋を思わせるような温もりのある空間が広がっている。


 建物に経年劣化はほとんど見られず、木材が腐っている様子も見られなかった。それはおそらく、これまでに培われてきた技術や旧文明の不燃加工技術、さらには耐久性を高めるための特殊な処理が施されているからなのだろう。数十年、あるいは百年の時を経ても、この建物は変わらぬ姿を保っているかもしれない。


 輸送機の警備をドローンに任せたあと、我々は広場に面した施設に向かう。建物に近づくと、周囲に設置されていたホログラム投影機が次々と起動していく。


 霧の中に浮かび上がる広告は、目の前にある世界をより幻想的なものに変えていく。濃霧が照らされ、色とりどりの光が乱反射する様子は、異世界に足を踏み入れたかのような錯覚を起こさせる。


 立体的な映像で表示される広告には〈特別展、異種文明の世界〉という大きな文字が浮かび上がり、そのたびに周囲が鮮やかに照らされた。異種文明に関連する遺物や美術品、未知の技術による装置など、異なる文明の断片が紹介されていく。そこでは、人類には想像もできない進化を遂げてきた種族の世界を垣間見ることができた。


 しかし、それらの遺物の美しさの裏には不気味な違和感もあった。〈デジマ〉を支配する空気感や、不自然な静寂の所為せいなのかもしれない。あるいは、建物内に潜む未知の脅威を本能的に感じ取っているからなのだろう。


 施設入り口に接近すると、空気の流れが微かに変わるのを感じた。管理システムが反応したのかもしれない、どこからともなくドローンが飛んでくるのが見えた。バスケットボールほどの大きさで、滑らかで光沢のある外装に覆われた球体型の機体だった。複数のドローンは音を立てずに宙を漂いながら、我々の周囲をゆっくりと旋回し始める。


 ドローンに搭載されたセンサーが作動し、扇状に広がるレーザーが照射される。これは生体認証のためのスキャンだったが、すでに我々は管理システムにアクセスしていたので、問題なく対処できるはずだった。


 冷静さを保ちながら、レーザーが身体をなぞっていくのを静かに待つ。スキャンは瞬時に行われる。ドローンの動きが一瞬止まったかと思うと、何事もなかったかのように、また何処かに飛び去っていく。


 しばらくすると、施設正面のガラス張りの入り口が静かに開く。エントランスの照明が霧の中に淡い光を放ち、我々を誘うかのように次々と灯っていく。まずはテンタシオンが指揮する戦闘部隊が先行して、総合案内所を兼ねたラウンジの安全確認を行うことになった。〈異星生物〉が訪問することを想定しているのか、施設の入り口は異様なほど高い。


 数体の機械人形ラプトルが前進し、足音を立てずに建物内に侵入する。ラウンジの中は広々としていて、木材とガラスを巧みに組み合わせた洗練されたデザインが印象的だった。外壁と同様に、内装にも温もりが感じられる。しかしその静寂の中に漂うのは、言葉にできない不気味な感覚だった。


 数分もしないうちにテンタシオンからテキストメッセージを受信する。どうやら我々の脅威になる変異体の存在は確認できなかったようだ。エントランスフロアの安全が確認できると、ペパーミントを連れて慎重に入り口を通り抜ける。施設内に入り背後を振り返ると、ガラス張りの扉が静かに閉まっていくのが見えた。


 ラウンジには毛足の長い絨毯が敷かれていて、無人の施設とは思えないほど清潔さが保たれていた。高い天井を備えた空間が目につくが、そこで奇妙な感覚に襲われる。いくつかの設備は他種族のために用意されていて、大きさも高さもまちまちだった。それを見ていると、まるでオモチャ箱に入れられた小さな人形のような気持ちになる。


 どこかギクシャクしたスケール感の違いに違和感を覚えているのかもしれない。ここでは何もかも大きくつくられている。天井も高く、通路の幅も広く取られている。すべてが大きいかと思いきや、案内板やカウンターが低い位置に設置されていたりして、統一感が取れていないように感じられる場所もあった。


 でもとにかく、案内所に設置されていた端末に軽く触れる。すると目の前に立体的な映像がふわりと浮かび上がる。淡い光の中に施設のフロアマップが立体的に表示されていく。シアターやミュージアムショップ、それに企画展示室の位置が、それぞれ異なる色で区別され表示されていく。


 どうやら近くにある端末とヘッドセットを利用すれば、〈ブレイン・マシン・インターフェース〉などのインプラントを持たない人間でも、AIエージェントによるガイドが利用できるという。拡張現実で表示されたメタヒューマンのガイドが施設内を案内してくれるという特別な体験も、旧文明では一般的なことだったのだろう。


 ホログラムに触れるようにして地図を操作し、エスカレーターロビーの近くにあるエレベーターホールを拡大表示する。ホログラムが瞬時に反応し、それぞれの階に展示されている遺物のリストがスクロールされていく。


 そのリストを眺めていると、美術品や貴重な装置だけでなく、〈異星生物〉の標本も展示されていることが分かった。大樹の森の研究施設に保管されていた奇妙な生物の剥製を思い出す。ここでも珍しい生物を目にできるかもしれない。


 ペパーミントたちと相談しながら地図を操作し、宇宙港につながる通路の位置を確認する。地図上に表示された移動経路は明確で、ただ一直線に進めばいいわけではなかった。最短ルートは、いくつもの展示フロアを経由するようになっていて、そこには無数の化け物が徘徊していた。


 骨が浮き出たミイラのような姿をした白い巨人が、フラフラとあてもなく歩いている。感染のリスクがあるので戦闘は極力避ける必要があったが、展示品が並ぶフロアは複雑で、狭く入り組んだ通路で占められていて自由に動ける空間は限られていた。展示品のガラスケースや、壁一面に飾られた遺物の数々が行く手を阻むかのように配置されている。


 最悪の事態を想定しながら、監視カメラの映像と立体的に表示された地図を細かくチェックし、展示物の配置を確認していく。変異体が徘徊している場所や、意味もなく群がっている場所を記録し、安全に移動できる経路を入力してルートを検索する。


 監視カメラの映像に化け物の姿が映し出されるたびに、ふと考え込んでしまう。あのおぞましい姿をした変異体は「一体、何者だったのだろうか」と。


 かつてこの施設で働いていた人間で、遺物の管理や来訪者の案内をしていたのかもしれない。それがある日を境に、何かしらのトラブルに巻き込まれ、浮遊島に取り残されてしまったのだろう。施設内で発生した何らかの事故、もしくは浮遊島そのものが抱える問題により、彼らはグロテスクな変異体に変わり果て、今もなお施設内を徘徊している。


 あるいは、浮遊島そのものが持つ機密性の所為で〈デジマ〉に取り残され、助けを呼ぶこともできず、〈異星生物〉に由来する未知の病原菌に感染してしまったのかもしれない。その結果、かつての人間としての面影を失い、今や醜悪な姿となってしまった。


 変異してしまった彼らが何を思い、何を求めて彷徨さまよっているのか、それは誰にも分からない。ただ彼らの存在は、この島に何かしらの忌まわしい存在が潜んでいることを示しているようでもあった。先に〈兵站局〉の倉庫に行き装備を整えるべきだったのかもしれないが、光学迷彩を使うことになるので結果は変わらなかったのかもしれない。


 カグヤから新たな移動経路が記された地図を受信すると、拡張現実で目印を表示しながら展示フロアに向かう。

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