第833話 着陸地点〈装備確認〉
ペパーミントと合流すると、移動する前に彼女の装備を確認することにした。彼女が主要武器に選択していたのは、旧文明の技術で製造されたアサルトライフルのレプリカだった。扱いやすいレーザーライフルを避けたのは霧の
スリングで背中に回されたライフルには、射撃管制光学ユニットが装着されていて、弾道計算装置などの各種ホログラフィック照準器が内蔵されている。これにより、あらゆる環境下で射撃精度を最大限に引き上げることが可能だった。ハンドガードはモジュール式になっていて、各種オプションパーツを取り付けるためのレールが組み込まれている。
必要に応じてフォアグリップやバイポッド、高出力のレーザー発射装置などの追加装備が迅速に取り付けられる設計になっていた。それに、弾薬の切り替えシステムが内蔵されていて、状況に応じて発射する弾薬の種類を即座に変更できるようになっていた。通常弾や自動追尾弾、それに小型擲弾など、あらゆる戦況に対応できた。
彼女の細い腰には、振動発生装置を備えたナイフも確認できた。ナイフの柄にコンパクトな振動ユニットが内蔵されていて、スイッチひとつで高周波振動が刃に伝わり、どんな物質でも容易に切り裂くことができる。
ナイフの刃は黒いカーボンファイバーを思わせる加工になっていて、艶消し仕上げが施され刀身の反射を抑える仕様になっていた。白兵戦に持ち込まれることは避けなければいけないが、もしものときにはナイフが役に立ってくれるだろう。ちなみに、バックアップに小型で軽量なハンドガンも所持しているようだった。
装備の確認が終わると、彼女は身体の動きを確認するように、その場で飛跳ねてみせる。手足の動きに問題ないことが確認できると、よく訓練された軍人を思わせる正確な動きでライフルを構えて見せた。射撃制御ソフトが優秀なのか「生身のときよりも精度の高い射撃ができるかもしれない」と、ペパーミントは得意顔で微笑む。
移動の準備ができると、拡張現実で表示される地図を頼りに目標地点に向かって慎重に歩を進めた。彼女の背中に吊るされたライフルがジャケットの端子に接触するたび、冷たい金属音が鳴り響く。その微かな音は、周囲に立ち込める耳が痛くなるような静寂を破り、警戒心をより鋭敏にさせた。
我々の目的地は市街地を抜けた先にある広場だった。そこは元々公園としても利用されていた場所で、輸送機が着陸できるだけの広さがあり、木々に囲まれた静かな空間になっているはずだった。しかし今は濃い霧がそれらの景色を覆い隠していて、公園がどうなっているのか確認することはできなかった。
公園の安全を確保するため、我々は霧深い通りを移動していた。濃霧の中では、目の前に何があらわれるのかまったく予測がつかない。霧の濃度は不規則に変化し、まるで意志を持って動いているようにも感じられた。霧そのものが異星に由来する新種の生物だったとしても、この場所では驚くほどのことでもないのかもしれない。
時折、微かな風が白い霧をかき乱し、形を変えてはまたすぐに元に戻るのが見えた。視界を奪われた状態で進む一歩一歩が、神経をすり減らすような緊張を強いる。
我々の周囲には、計十体の
つねに霧が立ち込める〈デジマ〉の環境は、肉眼での確認作業を困難にしていたが、機械人形の電子センサーが周囲の情報を鋭敏に捕捉し、我々に正確な情報を伝えてくれていた。
今のところ、環境汚染の兆候は見られなかった。胞子も飛んでいなかったし、放射性物質も確認できない。それは安心材料ではあったが、霧に包まれた通りを進むこの状況では、予期せぬ脅威がいつあらわれてもおかしくなかったので気は抜けなかった。それでも順調に進むことができていたので、広場に到達するまでそう時間はかからないはずだった。
やがて霧の向こうに、公園の入り口らしきものがぼんやりと姿をあらわした。システムによって管理された入場ゲートが設置されていて、異様な静寂に包まれていた。周囲には草木が生い茂っているが、廃墟と化した街にありがちな、無秩序に繁茂する植物群とは異なった環境になっている。
樹木の枝葉は刈り揃えられ、植物や雑草の類は通路を覆うことなく、きちんと処理されていた。どうやらこの公園は専用の機械人形によって管理されていたようだ。自然にのみ込まれることなく、長い年月を経ても秩序が保たれている。無人の都市の中心にもかかわらず、時間が止まったかのように清潔で人工的な静けさが漂っていた。
周囲に漂う霧が、その異様な静けさをさらに強調し、放棄された都市の一角とは思えない光景が広がっていた。
入場ゲートに設置されていたドローンによって生体認証が行われたあと、我々は目的の広場に向かって移動する。足元に敷かれた赤いブロック舗装はしっかりと整備されていて、苔もほとんど見当たらない。その通路の左右には樹木が守護者のように立ち並び、その奥に広がる未知の世界を垣間見せることなく、進むべき道を指し示していた。
遊歩道に設置されている街路灯で、公園内にある施設で〈異星生物〉に関する展示が行われていることが分かった。街路灯のホログラム投影機から、展示会の案内広告が次々と投影されていた。道沿いに設置されたベンチには、〈
投影されていた広告には説明文も一緒に表示されていて、展示されているのが〈異星生物〉が地球に持ち込んだ遺物だと分かった。公園全体が展示会の広告で溢れていて、人類と〈異星生物〉の共生をテーマにしていることが分かった。展示が行われている施設は、我々が目的地にしていた広場に面しているようだ。
公園内に設置されたホログラム投影機によって、次々と表示されていく遺物を眺めていると、地球では見たことのない奇妙な形状をした生物の姿も投影される。そのなかには、〈深淵の娘〉だと思われる蜘蛛にも似た生物の姿も確認できた。ハクの姉妹に関する情報が手に入れられるなら、施設を探索してもいいのかもしれない。
やがて目的の広場がぼんやりと見えてくる。広場は公園の中心にあったが、その広さに反して周囲を取り囲む霧の所為で、どこか閉鎖的な雰囲気が漂っていた。視界は依然として濃密な霧によって遮られていたが、その白い幕の向こうに無数のオベリスクと彫像が並んでいるのが微かに見えた。
高く
まず目に飛び込んできたのは、鳥の頭部に人間の身体を持つ異形の彫像だった。鋭いくちばしと怜悧な目つきが特徴的で、厳かな雰囲気がある。布で覆われた身体は筋肉質で、彫像でありながら、生命力が感じられるほどに精巧につくられている。
そのとなりには古代の戦士を思わせる立像が見られた。兜をかぶり、鎧をまとった姿は威厳に満ち、長い槍と大きな楯を手にして立っている。彫像の足元には、戦士が倒したであろう〈異星生物〉の姿が彫られていて、何かの記念碑を思わせた。
霧が広場全体を包み込むなか我々は立ち止まると、異様な雰囲気にのまれないように警戒しながら、広場の安全を確認することにした。テンタシオンが腕を軽く上げて無言で指示を出すと、ラプトルの戦闘部隊が霧の中に向かって進んでいく。そして機械人形は足音を立てることなく散開していく。
白い霧の中でラプトルの黒い影だけが不気味に揺れ動く。目に見えない敵がいつあらわれてもおかしくないという状況に不安になるが、広場の安全を確保するため、ペパーミントをつれて霧のなかに入っていく。
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