第831話 自由降下


 コクピット内に鳴り響く警告音が必要以上に不安を煽るなか、全天周囲モニターには〈デジマ〉に設置された砲台が動く様子が映し出されていた。その動きは、まるで捕食者が標的の位置を探るような生物的慎重さを帯びていた。コクピット内では砲台の金属が擦れ合う音が再現され、不気味に響いていた。


 カグヤは慌てることなく、冷静に、適切なID番号と宇宙軍のコードを送信する。IDとコードは、高度に暗号化されたデータパケットとして瞬時に〈デジマ〉の管理システムに送信され、見えない電子の奔流が浮遊島の端末に送り込まれる。その間も緊張の糸は張り詰めたままだ。


 モニターに表示されていた無数の砲台の動きが止まるのが見えた。思わず息を飲む。コードが認証されなければ、この巨大な砲台が一斉に火を吹き、我々は一瞬で消し去られるだろう。とてつもなく長い一瞬のあと、警告音が消えて〈デジマ〉の管理システムからの通知がモニターに表示される。


『着陸地点に関する情報を受信したよ』

 カグヤの言葉のあと、〈デジマ〉の立体的な地形図が表示される。浮遊島は、その巨大な質量を誇示するかのように堂々としていて、空に浮かぶ要塞のようにも見えた。いや、実際にソレは要塞だったのだろう。受信した地形図には、着陸可能な地点が赤く表示されていた。


 これらの場所の近くには、〈異星生物〉の遺物や古代の技術が放棄された建物があるが、まだ安全が確認できていないので近づくことは避けなければいけなかった。もちろん、宇宙港に着陸することもできない。コンテナターミナルの封鎖は続いていて、安全が確認できるまで近づくことはできなかった。


 システムから送られてきたデータには、島のあちこちに設置された未知の装置についての情報も含まれていた。これらの装置は、〈デジマ〉の重力を制御する機能を持つモノだと考えられ、適切に調整された重力場を生成している。これにより、島全体が海上に浮かび続けることが可能となっていた。


 しかしこれらの装置は極めて不安定で、予期せぬ事故によって制御を失う可能性があった。〈デジマ〉を管理する人工知能から受信したメッセージには『最小限の干渉が望ましい』と明記されていた。当然のことだったが、我々は素直に指示に従うことにした。


 システムに指定された複数の着陸地点は、未だ探索されず危険に満ちていた。我々は霧に覆われた浮遊島の上空を旋回しながら、こちらに砲口を向けていた巨大な砲台を見つめる。まずは安全が確認されている場所に輸送機を向かわせることにした。


 しかしその場所は市街地のど真ん中で、建物が密集しているため輸送機が着陸できる空間を確保するのは困難だった。そこで自由降下による侵入を試みることにした。建物が密集する場所に直接降下するのは現実的な方法だとは思えなかったが、ほかに選択肢がないのも事実だ。


 コクピットから兵員輸送用コンテナに向かう。すでに機械人形の部隊は起動していて、テンタシオンの指示で自由降下の準備を整えていた。ラプトルの名で知られていた〈二式局地戦闘用機械人形〉は、カメラアイを明滅させ、任務に関する情報を素早く確認していく。


 その戦闘部隊を指揮するテンタシオンと最終確認を行う。ラプトルのシステムは機械的に、ただ任務を受けいれていく。自由降下という危険な手段を選ぶことで、任務の難易度が各段に上がることを理解していた。だが、我々はありとあらゆる状況に対応できるように適切な装備を持参していた。


 コンテナの気密ハッチがゆっくり開かれ、外の景色が一気に目の前に広がる。そこには無限の広がりをみせる紺碧の空と、霧に包まれた〈デジマ〉の姿がハッキリと見えた。その霧のなかには、未だ明かされていない未知と脅威が潜んでいる。機械人形たちは次々とハッチの前に並び、降下の合図を待つ。


 降下の準備が整うと、深呼吸して心を静めながら気密ハッチの前に立つ。すると入り口に展開されたシールドの薄膜の向こうに、霧に覆われた高層建築群の輪郭がぼんやりと浮かんでいるのが見えた。そこで何が待ち受けているかは誰にも分からない。けれど恐れや不安を感じている暇はない。


 すぐに〈ハガネ〉のタクティカルスーツを装着すると、視界に無数の情報が浮かび上がる。生体情報や〈ハガネ〉のエネルギー残量、降下地点の詳細な情報などが次々と表示されていく。その中から装備に関する項目を開いて、〈パラセール〉を選択する。システムが指示に応えて、〈ハガネ〉のナノメタルが背中に集まっていく。


 輸送機が目標地点の上空に差し掛かると、装備に関する最後の確認を終え、テンタシオンに声を掛ける。問題がないことを確認すると、躊躇ためらうことなく空に向かって踏み出した。


 凄まじい風が一気に身体を押し上げ、耳元で風切り音が響く。背中に集中したナノメタルが急速に動き、まるで生き物のようにうごめくと、それは瞬く間にコウモリの翼にも似た機動性の高い〈パラセール〉を形成していく。


 鋼色はがねいろの翼が風を捉え、降下速度が急激に落ちる。身体が上方に引っ張られるような感覚に一瞬だけ戸惑うが、すぐに翼を制御し、風を巧みに利用して自在に方向を変えながら高層建築物の間を滑空する。


 黒みがかった翼を使い空中を優雅に舞いながら、徐々に〈デジマ〉に近づいていく。上空から見下ろしていると、かつての栄華を思わせる建築物が無数に並んでいるのが見えたが、今やそのすべてが沈黙に包まれていた。建物の隙間から覗く異様な光や、霧の中にぼんやりと浮かぶ影が、〈デジマ〉に不気味な雰囲気を漂わせている。


 地面が迫ってくると降下速度を調整しながら、降下予定の場所を素早く確認していく。建物から噴き出す霧に視界を奪われながらも、適切な高度まで下がったことを確認すると、〈ハガネ〉に指示を出して背中の〈パラセール〉を切り離した。


 翼を構成していた特殊な金属繊維が自己崩壊を始めると、ナノメタルは瞬く間に不活性の塵と化して霧散していく。


 地面に足がつく瞬間、すぐに受け身を取って転がるようにして着地する。何度も練習していたので、それなりの高さから落下したにもかかわらず、痛みを感じることなく着地することができた。すぐに立ち上がると周囲の状況を確認し、市街地の静寂に潜む脅威に警戒しながらラプトルたちがやってくるのを待つ。


 上空を見上げると、次々と展開される〈パラセール〉が視界に入る。ラプトルはプログラムされた完璧な動きで降下し、〈パラセール〉を巧みに操作して安全に着地していく。無数の翼が空中で広がり、その後、ナノメタルが不活性の塵に変わって霧散していく。その塵が光の粒子になって空中に消えていく様子からは、ある種の美しさが感じられた。


 ラプトルたちは音も立てず見事に着地すると、すぐに戦闘態勢に入り周囲の動きに警戒していく。それぞれのユニットが持つセンサーが即座に環境をスキャンし、潜在的な脅威を探知していく。しかし敵の気配は感じられない。霧に包まれた通りは静寂に包まれ、不気味な静けさに支配されていた。


 戦闘部隊が揃うと指揮ユニットでもあるテンタシオンが部隊の確認を行い、全員が無事に着地したことを報告する。その報告を受けると、すぐに次の行動に移る。事前の打ち合わせ通り、まずは輸送機の着陸地点を確保し、それから装備が保管されている〈兵站局〉の倉庫に向かう必要があった。


 ポーチからカグヤの偵察ドローンを取り出すと、周囲の偵察と環境の確認を行ってもらう。時間は限られていたが、輸送機は自動操縦で〈デジマ〉の上空を旋回してくれていたので、安全が確認できなければ帰還することもできた。けれど事前の調査の通り、市街地に胞子の拡散は確認できず、我々にとっても安全な環境だと判明する。


『いよいよ本格的な調査だね、気を抜かないでね』

「了解」カグヤの言葉にうなずいたあと、そっとライフルを構えた。

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