第829話 疑似餌


 ヒマワリ畑の駆除方法を相談していると、思いもよらぬ脅威に直面することになった。それは突然、なんの前触れもなく出現した。


 コンテナヤードを監視していたドローンから受信した映像に――濃密な霧のなか、青紫色に輝くヒマワリ畑の中に佇む人影が見えた。遠目から見るソレは、不気味でありながらもどこか見覚えのある輪郭をしていた。


 ドローンが胞子嚢ほうしのうを焼き払おうとして接近すると、その影は素早く反応し、驚くべき精度で攻撃を仕掛けてきた。ドローンは予期せぬ攻撃に対応できず、瞬く間に撃墜されてしまう。


 人影はコンテナヤードに派遣されていたガイノイドにも見えたが、近づくにつれてその異様な正体が明らかになった。ソレは〈コムラサキ〉に似せてつくられた異形の器官だった。絡まる枝によって強靭な骨格が形成され、その奇妙な手足は植物の根と花で覆われていた。あの得体の知れない植物がガイノイドの姿を模して形作った存在だった。


 頭部は青紫色の燐光を放つ花びらで構成され、一見すれば人間の顔のように見えるが、目の部分は空洞で内部に蠢く植物の根が見え隠れしていた。まるで意志を持つかのように、その模倣体はヒマワリ畑のなかを徘徊し、侵入者を攻撃していた。


 どうして人に似せているのかは分からない。偶然、コンテナヤードに侵入してきた脅威に似せただけとも考えられたが、我々に恐怖を与えるために〈コムラサキ〉に似た模倣体をつくり出した可能性もある。


 またしても植物が自己進化を遂げ、コンテナヤードに放置されていたガイノイドを元に新たな脅威が生み出された。それは単なる植物ではなく、脅威になる存在を模倣してしまうような、意志を持つ存在になりつつあった。それは理性を持つ者にとっての悪夢そのものだった。新たな脅威を観察するうちに、いくつかの恐ろしい事実が明らかになった。


 ガイノイドの模倣体は、霧の中で徘徊しながらも決してヒマワリ畑から出ることがなかった。人間の足に似せて作られた器官を持ってはいるが、それらは地面に深く張りめぐらされた根にしっかりと繋がれていた。そのため、生きているかのように動き回るが、根がない場所では自由に移動することができない。


 新たに誕生した器官は、ヒマワリ畑に獲物を誘き寄せる仕掛けとして機能しているように感じられた。


 その特性から、深海に生息するチョウチンアンコウを連想させた。暗闇の中で光を放つ誘引突起イリシウムのように、青紫色の燐光を放つ模倣体は、霧の中で幻想的な輝きを放ち、獲物を誘い出すためだけに動き回っていた。濃い霧が漂うヒマワリ畑の中で、それは淡く明滅し、まるで命あるモノのように振舞ってみせた。


 捕食者がその囮に惹かれて近づくと、ヒマワリ畑は一気に牙をむく。青紫色に輝くヒマワリの中心から、無数の種子が撃ち出されて捕食者を容赦なく襲った。種子は捕食者の体内に食い込み、やがて身体に根を張りめぐらせる。逃げ場を失った捕食者は瞬く間に植物の苗床となり、じわじわと命を奪われていく。


 ガイノイドを模したその器官は、植物が巧妙に進化させた擬餌状体エスカでもあった。霧の中で燐光を放ち、獲物を引き寄せる。それは人間の心理に深く根差した恐怖を呼び起こす。ヒマワリ畑の内部は、死と再生が永遠に繰り返される閉鎖されたひとつの世界のようでもあった。


 その恐るべき光景を目の当たりにした我々は、作戦を中断し、一時後退することを余儀なくされた。目の前で起きている現象はあまりにも異質であり、我々の理解を超えたものであったからだ。


 それが進化の過程で手に入れた特性なのか、それとも何かもっと異質な力が働いているのかは分からなかった。いずれにせよ、これ以上植物を刺激して、さらなる進化を促したくはなかった。


 便宜上、〈エスカ〉と呼称されるようになったガイノイドの模倣体の誕生のあと、我々は慎重に行動を取るようになった。〈エスカ〉を刺激しないためにも、コンテナヤード内で活動していた機械人形やドローンには撤退が命じられた。後退は迅速に行われ、機械人形は捕食者との遭遇を避け、戦闘しないように徹底した。


 コンテナヤードの周囲には、すでにシールド生成装置を搭載したバリケードが張り巡らされていて、ヒマワリ畑がターミナル全域に広がることは防がれていた。しかし撤退の直前、いくつかのシールドが機能を停止しているのが発見された。


 防護ネットと同様に、植物によってバリケードが徐々に侵食されつつあることが発覚したのだ。撤退した機械人形には追加の指示が与えられ、新たなバリケードが設置されることになり、二重の防御線が築かれることになった。それによって植物のさらなる侵食を少しでも遅らせようとする意図があったが、その時間が限られていることは明白だった。


 これまで微妙な均衡の上に環境が成り立っていたが、すでに我々の介入によって均衡は破られていた。もはや今までのように植物の拡散を防ぐことを出来なくなっていて、環境は急速に悪化するにいたった。防壁を築いて完全に区画を封鎖するという考えも検討されたが、それが植物のさらなる進化を促す可能性を恐れ、決断することができなかった。


 そこに別の問題が頭をもたげた。コンテナヤード内での対策は表面的なものでしかなく、真の脅威は地下に潜んでいた。地中に広がる植物の根が、どこまで広がっているのか、そしてそれが地表の植物にどのように作用しているのかを調べる必要があった。


 地下の調査は困難を極めると予想された。地下でも〈エスカ〉やヒマワリ畑に接触する可能性があるだけでなく、未知の要因が多すぎた。地下を調べるための専用機材やセンサーが急遽投入されることになり、地中の様子を探るための準備が進められた。


 管理システムから入手した地図をもとに、まず偵察ドローンを地下に送り込むことになった。コンテナヤードの地下はかつて宇宙船の格納区画として機能していて、広大な区画には複数のドックが用意されていた。しかし現在は宇宙船の姿は見られず、代わりに空っぽの格納区画が何処までも広がっていた。


 植物を刺激しないため、〈環境追従型迷彩〉を搭載した偵察ドローンが一機派遣された。格納区画の奥深くに進むにつれ、異様な光景が次第に明らかになっていった。そこには複雑に絡み合う植物の根が天井から垂れ下がり、まるで蜘蛛の巣のように格納区画全体を覆っていた。


 その根はただの植物というにはあまりに異常な存在感を放っていた。ドローンがそれに近づくと、根が微妙に動いていることが確認された。それはまるで生きているかのように、ゆっくりと脈動し、呼吸しているかのようだった。


 根の一部が異常に肥大化していることも確認できた。それらの肥大化した根は、巨大な血管のように周囲の壁や天井に張り付いていて、その中で何かが流れているかのように見えた。これらの根が地上のヒマワリ畑や〈エスカ〉に均等に栄養を供給しているのだろう。


 肥大化した根をさらに調査することになった。その根がつづく先に異様なモノを発見する。そこには植物の中枢と思われる場所があり、廃墟と化した宇宙船が幾つか残されていた。その中に、ひときわ目立つ宇宙船があった。それは他の宇宙船と異なり、植物の根に完全に覆われていて、破壊され、明らかに異常な状態にあった。


 宇宙船の内部に入り込むと、衝撃的な映像を見ることになった。船内のほとんどが植物に侵食され、コンテナ内に残された物資や装備が根に絡め取られ、原形すら残されていなかった。どうやら、この宇宙船のコンテナ内で発芽した植物が、コンテナヤードの異常な環境を生み出す源として機能しているようだった。


 ソレがどのような目的で地球に持ち込まれたのかは不明だったが、目の前に広がるこの恐ろしい光景に、ただただ圧倒されてしまった。

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