第828話 進化
駆除作業を開始してから、すでに数日が経過していた。その間、多くの失敗とわずかな前進を繰り返しながら、我々は粘り強く作業を続けていたが、コンテナヤードは依然として危険な場所になっていた。状況を改善しようと努力していたが、出発の日まで間に合うのかは分からなかった。
偵察ドローンによる精密射撃で
「効率が悪すぎる」と、ホロスクリーンに映し出された進捗状況を見ながら思わず不満を漏らした。胞子嚢の発生速度が駆除にかかる時間を上回っていて、このペースで作業を続けていたら、コンテナヤード全体から胞子嚢を駆除するのはほぼ不可能だった。
そこで、より多くのドローンを投入すれば、駆除の速度を上げることができるかもしれないと考えた。しかしドローンの数を増やすことで新たな問題が浮上した。偵察ドローンが捕食者に見つかり、次々と攻撃を受けるようになったのだ。捕食者の幼体だけでなく、成体もドローンに襲い掛かるようになり、何度も作業が中断されることになってしまう。
「このままでは作業が進まない」ペパーミントは溜息をついた。
「捕食者の攻撃を回避する方法を考えないと……」
対策を練るために議論が重ねられた。捕食者の行動パターンを分析し、ドローンの移動経路や飛行高度を変更することで攻撃を回避する方法を模索する。それ以外にも囮のドローンに偽装装置を取り付けて、捕食者の群れを誘い出す試みも行われた。
イソラの助けを借りてシステムに手を加えると、〈サイコロデコイ〉を搭載した偵察ドローンが配備されることになった。機械学習も活用され、効率的に胞子嚢を駆除するアルゴリズムも導入された。ソフトウェアの変更や機体の換装は〈兵站局〉の倉庫内で行われ、すぐに捕食者の縄張りで成果を確認することができた。
ふたたび駆除作業が開始された。偵察ドローンが迅速に胞子嚢を駆除している間、囮の機体は〈サイコロデコイ〉によって投影されるホログラムを使い捕食者を遠ざけた。ホロスクリーンには駆除の進捗状況がリアルタイムで表示され、成功率が徐々に上がっていく様子が映し出されていた。
だが駆除作業が順調に進んでいた矢先、またしても作業を中断せざるを得ない事態が発生した。ドローンが標的に接近すると、霧の向こうに〝ヒマワリ〟にも似た青紫色の花が咲き誇っていることに気がつく。ドローンの視界を通して見ていると、ヒマワリの花畑に迷い込んだような奇妙な感覚にさせた。
その奇妙な青い花は胞子嚢を守るかのように、花びらに囲まれた中心部から種を〝撃つ〟ようになる。実際には正体不明の飛翔体だったが、ソレは凄まじい速度で飛び、偵察ドローンに命中すると外装を難なく貫通し、内部の回路を破壊して墜落させる。突然の攻撃によって我々は多くのドローンを失うことになり、作業はふたたび中断してしまった。
「これは一体何なんだ?」
ホロスクリーンに映し出されたヒマワリを見つる。
「もしかして、あの植物は進化したのか?」
『そうみたいだね』とカグヤも驚きを隠せずに答えた。
『この短期間で、あの植物は胞子嚢を守るために進化したんだよ』
それは目を疑うような光景だった。身を守るため、あるいは変化した環境に合わせるため急速に進化が進み、奇妙な植物は新たな防御機構を手に入れた。そしてそれは実際に起きてしまったことであり「ありえない」と言って無視することはできなかった。
まるで燐光を放つように、そのヒマワリの花冠が青紫色の炎を放つ光景が見られた。コンテナヤード全体がその妖艶な輝きに包まれ、どこか異世界じみた雰囲気が漂う。発光する花びらは震え、その揺らめきがまるで燃えているかのように錯覚させた。青紫色の花は一見すると美しいが、その裏には恐るべき真実を隠しているようにも感じさせた。
その奇妙な植物――青いヒマワリは、通常のヒマワリとは異なる多くの特徴を持っていた。まず花冠は青紫色の燐光を放っていて、暗闇でもその光を頼りに見つけ出すことができた。花びらは薄く透明感があり、ガラス細工のように繊細だったが、中心部に近づくほど強固な構造を持っていることが分かった。
背が高く、花の中心部には小さな種が詰まっていて、それが攻撃のさいに飛び出すようになっていた。霧が立ち込めるなか、青いヒマワリ畑は幻想的な姿を見せていた。青紫色の光は霧のなかで乱反射し、無数の小さな光の粒が空中で踊るように輝き、辺り一面が夢幻的な雰囲気に包まれていく。
「こんな光景、信じられない……」
ペパーミントは困惑し眉をよせる。
「まるで夢を見ているみたい」と。
けれどそれは現実の光景だった。いや、あるいはソレも植物が見せる幻なのかもしれない。いずれにせよ、それは綺麗なだけの植物ではなかった。
我々は複数の偵察ドローンを使い、新たに誕生した花畑を慎重に観察し、その特性を分析し続けた。花の中心部にある種は射出される瞬間に極めて高い熱を持ち、ドローンの装甲を貫通するほどの威力と速度が出せた。さらに、その種には毒素が含まれていて、生物に触れると麻痺を引き起こすことがわかった。
それは繁殖のために使われる能力でもあった。生物が麻痺して動けなくなっている間、体内に食い込んだ種が発芽し、おそろしい速度で成長していく。機械であるドローンでも同様の効果を確認し、気がつくと撃ち落とされたドローンから次々とヒマワリが咲いてしまっていた。
「この短期間で進化した理由はなんだろう?」
胞子嚢を守るために進化したことは何となく理解できたが、それでもそれが異常なことに変わりはない。
「環境適応能力は、他の生物との共生関係に必要な能力だったのかも」と、ペパーミントは推測した。「もちろん進化の速度は異常だけど、ありとあらゆる生物との間で共生関係を築けるように、すべての状況に対応しなければいけなかった。だから急速に進化する生物になったのかもしれない」
あの三葉虫じみた幼体の餌になることも、自ら選んで獲得した能力なのかもしれない。
「このままではドローンが全部やられてしまう」
ペパーミントは焦りの色を見せながら言った。
「すぐに何か対策を考えないと」
青いヒマワリを無力化する方法を見つけなければならないが、一気に根絶する方法を取らない限り、植物は進化し、我々の攻撃に対応するかもしれない。つねにリスクがあるため、安易に手出しすることはできなくなってしまう。なにかひとつ手を打つたびに、それが新たな脅威を生み出すキッカケになると考えると、慎重にならざるを得なかった。
あれこれと対策を練っている間にも、青いヒマワリの脅威は増していた。植物に悪戦苦闘している間、コンテナヤードの上空に張りめぐらせていた防護ネットの準備がやっと整った。それは植物を焼却するさいに胞子が拡散するのを防ぐために設置されていたが、いざシールドを展開しようとすると、装置が突然故障して動作しなくなってしまう。
原因を特定するための調査が行われ、細かい配線や回路をチェックしていくと、すぐに異常は見つかる。どうやら植物の根が装置の電源につながっていて、シールドの展開に必要な電力を吸い取っているということが発覚する。
「これを見て」
ペパーミントは配線に絡みついた根を拡大表示する。青いヒマワリの根が絡みついているようにしか見えなかったが、映像表示を切り替えると、電力を吸い取っていると思われる箇所が尋常ではない熱を持っていることが分かった。
植物がここまで進化するとは誰も思わなかった。まるで知恵を持っているかのようだった。機械人形を使い植物の根に対応したが、すぐに別の方法によって妨害され、ついに防護ネットが起動することはなかった。そしてヒマワリ畑で奇妙な人影を見るようになった。
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