第827話 計画


 カグヤを交えて植物に関する対処法について相談したあと、〈デジマ〉にある設備を使って一時的にコンテナターミナルを封鎖することに決めた。コンテナヤードで無尽蔵に繁殖する未知の植物と侵略的外来生物の拡散を防ぐため、まずは物理的な障壁を設置する必要があると考えたからだ。


 我々の介入によって、それまでの均衡が崩れてしまったのは明らかであり、なにか手を打たなければ状況は悪くなるばかりだった。そこで警備用に配備されている機械人形を使い、コンテナヤードをぐるりと囲むようにシールド発生装置を備えたバリケードフェンスを設置することにした。


 その作業には〈電脳空間サイバースペース〉に没入して、浮遊島の管理システムに直接接続して操作する必要があった。それは精神的な負担を強いる作業でもあったが、〈人造人間〉でもあるイソラが作業を引き受けてくれた。


 イソラの瞳がチカチカと発光すると、ホロスクリーンに映し出されていた機械人形の制御プログラムが次々と書き換えられていくのが分かった。


 装置に繋がれていた百体を優に超える機械人形が一斉に起動し、コンテナターミナルに向かって移動を開始する。そして〈兵站局〉のコンテナから目的の装備を回収すると、それぞれが指定された場所に向かって移動する。


 機械人形は事前に指定された安全な経路を移動し、コンテナヤードを囲むようにバリケードフェンスを設置していく。それが終わると、専用のケーブルを使って機体に接続してシールドを起動していく。機械人形の〈超小型核融合ジェネレーター〉が動いている間は、シールドの薄膜が植物の繁殖を抑えてくれるだろう。


 しかし残念ながらコンテナヤードの上空まではカバーできない。大気中に漂う胞子の拡散を防ぐ手立てがないため対策としては不十分だったが、それでも何もしないよりはマシに思えた。


『少なくとも』と、カグヤが言う。

『植物の侵食は抑えられるはずだよ』


 それから胞子の拡散を防ぐための対策を講じることになった。それは実験的試みであり、はじめから成功することを期待していたわけではなかった。偵察ドローンに〈レーザーガン〉を搭載し、得体の知れない菌類とマツの球果を思わせる胞子嚢ほうしのうに狙いを定め、それだけを精密な攻撃で処理するようにドローンに指示を出した。


 偵察ドローンは捕食者たちに見つからないように作業する必要があるため、重力場を利用して飛行する機体を選択した。


 カグヤの操作によって警備システムに新たな役割が与えられると、どこからともなく偵察ドローンが飛んでくるのが確認できた。無数の機体はコンテナヤードの上空を旋回したあと、タグ付けされた標的を〈レーザーガン〉で撃ち抜いていく。赤い閃光が空中で瞬き、次々と胞子嚢を焼き尽くしていく。


 ホロスクリーンにはドローンの視点からの映像が映し出され、処理が順調に進む様子が確認できるようになっていた。


『異常があれば、すぐに作業を中止するからね』

「了解」と、カグヤの言葉にうなずく。


 ドローンの動きに躊躇いは見られないが、つねに予期せぬ事態に備えて動けるようにプログラムされていた。目的はただひとつ、〈デジマ〉全体に脅威が広がる前に、危険な植物とその胞子を完全に駆除することだった。ハクとジュジュも浮遊島の様子が気になっているのか、ホロスクリーンに映し出される光景を夢中になって眺めていた。


 その間、我々は他の選択肢について話し合いを続けていた。爆撃機を派遣し、精密誘導爆弾を投下して胞子が飛散する前にすべてを消滅させるという方法も検討された。しかし現実は厳しかった。〈デジマ〉は高い防空能力を有しているため、爆撃機が接近するのは不可能だった。


 ホロスクリーンには、浮遊島〈デジマ〉の防空システムに関する詳細な情報が映し出されていた。対空ミサイルや指向性エネルギー兵器によるミサイル迎撃、それに各種妨害機能を備えた電子戦装置によって島全体がカバーされていて、外部からの攻撃をほぼ完璧に防ぐことができるようになっていた。


「さらに――」と、ペパーミントが付け加える。

「〈データベース〉は浮遊島への一切の攻撃を許可していない」


 ホロスクリーンには、攻撃許可を求めるリクエストが何度も拒否されたことを示すログが表示されていた。〈デジマ〉は〈異星生物〉の隔離区域として厳重に管理されていて、地球を管理する〈統治局〉とは異なるシステムによって保護されていた。


「〈デジマ〉は独自の法で管理されていたの。もちろん、〈統治局〉の影響は少なからずあったと思うけど、防衛に関して全責任を持っていたのは宇宙軍だったと思う」


 ホロスクリーンには、隔離区域の詳細な法規と管理プロトコルが表示されていた。これらの法律は〈異星生物〉の保護と研究を主目的としていて、人類の直接的な介入を厳しく制限していた。そしてそのシステムが機能している限り、爆撃などの強硬手段を取ることはできず、現地の設備や技術を駆使して問題を解決するしかなかった。


「つまり、爆撃による解決策は完全に排除されたってことか……」

「そういうこと」


 ホロスクリーンに映し出されていく情報をもとに、別の駆除方法を相談していく。幸いなことに、コンテナターミナルには浮遊島での生活を維持、管理するための物資が多く運び込まれていて、それらは手付かずの状態で倉庫に残されていた。我々は〈兵站局〉の倉庫に残された装備を使い、問題に対処できないか調べることにした。


 さっそく数体の〈コムラサキ〉を倉庫に派遣すると、イソラのID情報を使いセキュリティ端末にアクセスし、軍の権限を利用して倉庫に入るための隔壁を開放する。


 倉庫内部は驚くほど広く、天井は数十メートルもの高さに達していた。無数の棚が整然と並び、そのひとつひとつが計画的に配置されていた。その棚には、大小さまざまな装備や物資が無駄なく敷き詰められていて、ホログラムのタグで内容物が明確に示されていた。


「ここなら、必要なものがすべて揃うかもしれない」

 武器を手にした〈コムラサキ〉は、警戒しながら倉庫の奥へと進んでいく。足を踏み入れるとすぐに倉庫内の照明が点灯し、無機質な白い光が周囲を明るく照らしていく。


 車両倉庫としても利用されていたのか、壁際には軍用車両が並べられていた。装甲トラック、全地形対応型多脚車両、ドローン運搬車両など、多種多様な車両が整備された状態で保管されていた。それらの車両は経年劣化を防ぐためのナノ繊維に覆われていて、今すぐにでも動き出しそうに見えた。


「防護服や環境調整装備もあるみたい」

 ペパーミントの指示で〈コムラサキ〉の一体が棚に近づくと、放射線防護服、化学防護服、酸素供給装置などが並んでいるのが見えた。これらの装備は汚染地帯での作業を安全に行うために不可欠なものだった。


「機械人形やドローンの補充パーツや追加の兵装もある」

 棚には多くの部品が丁寧に収納されていて、必要に応じて即座に交換や修理ができるようになっていた。


「ここにある装備を使えば、コンテナヤードの問題を解決できるかもしれない」

 あの奇妙な植物は、熊にも似た恐ろしい捕食者の幼体――三葉虫じみた気色悪い生物に食べられることで胞子の拡散が防がれていた。そして植物は捕食者の餌食になった生物の死骸や捕食者自身の死骸を利用して繁殖するという複雑な生態系を形成していた。


「まずは、捕食者の幼体を適切に管理しながら、植物を駆除する必要がある」とペパーミントはあれこれ考えながら言う。「幼体が植物を食べることで胞子の拡散を防いでいる以上、ここで無闇に幼体を駆除することは逆効果になる」


 すでに幼体は攻撃の対象外になっていたが、システムに新たな指示を与え、捕食者の幼体を識別し、保護すると同時に増え過ぎないように管理する命令が追加された。


 それからコンテナヤードの上空に防護ネットを設置することになった。この目の細かい網はシールド発生装置を備えていて、ある程度の胞子拡散を防ぐ効果があった。倉庫から運び出されたネットはドローンによって設置される。捕食者の妨害がなければ、これで胞子の拡散を防ぎながら、安全に駆除作業を進めることができるかもしれない。

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