第825話 胞子


 宇宙港のセキュリティが起動すると、可塑性爆薬を積んだ昆虫型自爆ドローンが次々とコンテナヤードに飛来するのが見えた。小さなドローンの大群は、まるで黙示録に登場するイナゴの群れを見ているようでもあった。もっとも、この場でラッパを鳴らしたのは第五の天使ではなくカグヤだった。


 微かな羽音が四方八方から聞こえたかと思うと、ドローンが霧の中からあらわれて目標に向かって一直線に飛び込んでいく。その鋭い羽音が接近すると捕食者の群れは反応して触手を動かすが、逃れる術はなかった。ドローンは次々と捕食者に張り付いて、そして炸裂していく。閃光と爆風が広がり、周囲の霧が一時的に晴れていく。


 肉片やら体液が降りそそぐなか、拡張現実の地図を開いて周囲の様子を確認する。地図は敵を示す赤色の点で埋め尽くされていたが、その数は爆発音が聞こえるたびに減っていた。周囲を見回すと、アルファを失ったことで困惑する捕食者たちの姿が見えた。しかし逃げ惑うかと思いきや、その場から動くことができないようだった。


 この混乱に乗じてコンテナターミナルから出て行くと思っていたが、考えを改める必要がありそうだった。偵察ドローンの視界を借りて捕食者たちの行動を観察することにした。


 アルファによって統率されていた捕食者たちは、自ら考えて動くことすらできないのかもしれない。その疑念は、周囲にいる捕食者たちが思考停止して、その場に留まっている姿を目にした瞬間に確信へと変わる。


 群れを統率していたアルファを優先的に排除しているからなのか、リーダーを失った捕食者たちは意志のない操り人形のように、ただその場に立ち尽くしている。アルファがいることで完璧な動きを見せる捕食者たちにとって、群れのリーダーを失うことは致命的だったのかもしれない。


 セキュリティシステムの支援がなければ、自力でこの群れを突破することは難しかっただろう。可塑性爆薬が捕食者を次々と駆除していくなか、その隙間を縫うように進んでいく。目的地はもうすぐそこだ。


 アルファとの激しい戦闘のあと、アシストスーツは完全に破壊され、ガイノイドの身体もあちこち損傷していた。歩くたびに関節は軋み、動作はぎこちなく、真っ直ぐ歩くことすらままならなかった。機体の制御ソフトだけではどうにもならず、何度も足が滑り倒れそうになる。


 機体の状態を確かめるため自己診断プログラムを走らせるが、エラーログは数え切れないほどの赤い警告で埋め尽くされていた。もはや異常がない場所を探すほうが簡単だった。


 ふと足元にアサルトライフルが転がっているのが見えた。アルファに吹き飛ばされたときに失くしていた武器だ。そのライフルを拾い上げようと、なんとはなしに腕を伸ばした瞬間、恐ろしく奇妙な光景を目にして動きが止まる。


 先ほどの戦闘で腕が引き千切れて肘の先から失われていたはずだったが、損傷した箇所から、鮮やかな青い花を咲かせる枝が伸びているのが見えた。その枝は互いに絡みつき、まるで本物の手に成り替わろうとするかのように腕を形成していた。


 それはひどく不気味な光景だった。体内に侵入していた胞子の所為せいなのだろうか? 困惑しながら、その異形の腕を凝視する。青い花弁が微かに揺れ、まるで呼吸しているかのように淡い燐光を帯びている。〈コムラサキ〉の視覚センサーが捉えるその奇妙な光景に、人間の理解の範疇を超えた言い知れない恐怖を覚える。


 視界の端で微かな動きを捉えて視線を動かすと、アルファの死骸が目に入った。爆発で吹き飛ばされ、無数の肉片になったアルファの巨体だ。その死骸は得体の知れない植物と菌類に覆われていて、植物の苗床にされていた。その周囲には、三葉虫じみた捕食者の幼体がい回り、この世のものとは思えない奇怪な光景をつくり出していた。


 頭上では、依然として爆薬を積んだ昆虫型ドローンが飛び交い、捕食者を駆除し続けていた。その捕食者たちの死骸にも青い花が咲き始めていた。


 その異様な光景に釘付けになった。胞子が体内に入り込み、機械と植物、そして外来生物と植物が奇妙に融合していく。生物と機械の境界が曖昧になっていく様子は、〈混沌の領域〉がこちら側の世界を侵食しているときに感じる奇妙な感覚に似ていた。


 得体の知れない恐怖に囚われていると、ライフルを手に取ろうとするかのように、その異形の腕が勝手に動くのが見えた。細い枝が指を形成し、ライフルを握り締める感覚が伝わると、まるで自分の身体が別の意思に支配されているかのような錯覚におちいる。


 が、それは恐怖が見せる幻視だったようだ。残っていた腕を伸ばしてライフルを拾い上げて、気持ちを切り替えることにした。確かにソレは恐ろしい光景だったが、奇妙な植物に侵食されているのは〈コムラサキ〉の身体だ。そこまで焦る必要はないだろう。


 そのガイノイドのソフトウェアは、機体のシステムを修復しようとしていたが、初期化してもどうにもならないだろう。視界を埋め尽くす警告表示を消すと、周囲に咲き誇る花々がつくり出す不気味な光景を見つめ続けた。


 視界に映る青い花々は、まるで悪夢のように現実を侵食していく。ここでは何が幻で、何が現実なのか、もはや誰にも分からないのかもしれない。


 とにかく、ガイノイドの傷ついた身体を引きずるようにして施設に向かって歩き出した。戦闘で機能は著しく低下している。それでも、自爆ドローンが周囲の捕食者たちを次々と駆除しているおかげで安全に進むことができた。振り返ると、ガイノイドから微量のオイルが滲み出していて、地面に点々と痕跡を残しているのが見えた。


 途中、捕食者の死骸に群がる幼体の群れを見つけた。移動の障害になっていたので、放置しておくわけにはいかない。所持していた手榴弾を投げ込んで、幼体が四散する様子を遠くから眺める。ついでに対人地雷もいくつか設置し、移動経路を確保するついでに死体をむさぼりに来る幼体を処理することにした。


 アルファの殲滅が確認できたら、コンテナヤードに機械人形の戦闘部隊を派遣してもらい、すべてを焼き払ってもらおう。きっとテンタシオンは喜んでやってくれるだろう。


 やがて霧の向こうに施設の入場ゲートが見えてきた。シールドの薄膜が張り巡らされたゲートの向こう側は、植物に埋もれたこちら側とはまったく異なる世界のように見えた。防壁は捕食者たちから逃れる唯一の安全地帯であるかのようにそびえている。その光景に思わず安堵したが、まだ安心するには早いだろう。


 ゲートの前に立つと、地図を眺めながら施設周辺の状況を確認する。コンテナヤードでは駆除作業が順調に進んでいて、赤色の点は徐々に消えていた。すぐに残りのアルファも排除されるだろう。


 目的の施設は厳重に保護されていたからなのか、生体反応は確認できなかった。しかしあの奇妙な胞子がセンサーを狂わせている可能性もあるので注意が必要だ。


 損傷した機体では〈接触接続〉ができなくなっていたので、残った腕の手首に組み込まれていた〈インターフェース・プラグ〉のケーブルを伸ばし、セキュリティゲートの端末に接続する。ケーブルの先端が端末に差し込まれると、バチバチと電光が走る。


 端末の画面にコードの羅列が流れていくのが見えると、ガイノイドのシステムと端末が同期を開始して、ID認証のプロセスが進んでいく。視界にはディスプレイに映し出されるログが流れ、システムへのアクセス権限が確認される。だがゲートは開かない。端末の画面には赤い文字で『認証失敗』の漢字が表示されている。


 ペパーミントもシステムを操作して何度か接続を試みるが、結果は同じだった。どうやら遠隔操作の機体では、生体認証を伴う権限等の問題で入場が制限されてしまうようだ。


「やっぱり生身で浮遊島まで来ないといけないのか……」

 苦労しながら施設にたどり着いたが、結果は変わらなかった。


 覚悟はしていたが、捕食者の群れを見ていた所為なのか、浮遊島に侵入する危険は冒したくなかった。霧に覆われたコンテナヤードに視線を向けると、ドローンの爆発音が聞こえ、微かな振動を感じ取ることができた。その霧のなかでは、今も捕食者たちの咆哮が響き渡っていた。

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