第821話 菌糸
破壊されたガイノイドの代わりが見つかるまでの間、〈
「ペパーミント、ドローンの準備はできているか?」
『ええ、いつでも動ける』
彼女の言葉のあと、視線の先に複数のホロスクリーンが浮かび上がる。そこに映し出されるのは、偵察用として派遣されたドローンのカメラアイが捉えていたリアルタイムの映像だった。
テンタシオンが操作する小型ドローンが先行し、コンテナヤードの上空を滑るように進んでいく。上空からは霧が濃く、視界は悪く、ドローンの高感度カメラでも周囲の状況を詳細に把握することは難しい。それでも徐々に高度を落としながら、コンテナが並べられていた通りに侵入していく。
球体型のドローンは重力場を発生させながら飛行しているため、音を立てることなく自在に飛行することができたが、それでも〈環境追従型迷彩〉のような機能は備えていないためステルス能力は決して高くない。そのため、コンテナヤードでは慎重に飛ぶ必要があった。
「そこだ、映像を拡大表示してくれ」
テンタシオンの操作で目標を捉えながらズームインしていくと、粘液の中で無数の小さな生物が
得体の知れない植物に埋もれたコンテナヤードを探索しているときには気づけかなかったが、いたるところであの気色悪い生物の姿を見ることができた。大気中に散布されている胞子やガスが、ガイノイドのセンサーに影響を及ぼしていたのかもしれない。
『すぐ近くに外来生物の群れが徘徊しているみたい』
何もない空間にペパーミントの声が響く。
『ここからは注意しながら進んで、見つかったら大変なことになる』
テンタシオンが操作するドローンが進むにつれ、周囲の霧が一層濃くなり、視界がますます悪化していくように感じられた。やはり植物も捕食者に反応しているようだ。ドローンに搭載されているセンサーも動きを感知したのか、地図に複数の赤い点が表示され、ドローンに向かって移動してきているのが分かった。
「あれは……?」
『たぶん捕食者の群れ。ドローンの侵入に気づいたみたい』
ちょうどそのときだった。表示されていたホロスクリーンのいくつかに異常がみられ、何かに衝突したように映像が揺れるのが見えた。つぎの瞬間、粘液質の触手がドローンに絡みつき、映像が一瞬で暗転する。
『ドローンが捕らえられたみたい』
捕食者によってドローンは次々と破壊されていき、テンタシオンが操作していた機体も捉えられてしまう。すべてのホロスクリーンが消えてしまうと、青色のワイヤーフレームで形作られた世界をじっと見つめながら思案する。やがて通知音が聞こえ、別のホロスクリーンが表示される。
『もう一度偵察を行う。さっきよりもドローンの数を増やして、いくつかの集団には囮になってもらう』
ペパーミントの言葉に反応するように、目の前に複数のホロスクリーンが投影される。それぞれのドローンが別の経路からコンテヤードに侵入していくのが見えた。次々と送られてくる情報と地図上に表示される群れの動きに注意を向けながら、捕食者の動きを見極めていく。
複数のドローンがコンテナヤードに侵入すると、霧の中から捕食者の群れが姿をあらわす。霧の向こうで巨大な影が蠢き、ドローンを捕らえようと猛然と駆けてくる。ドローンから受信する映像が次々と途切れて、ホロスクリーンが消えていく。しかし、テンタシオンから受信していた映像に異常は見られなかった。
『囮作戦は成功してるみたい。捕食者の群れはドローンを追ってコンテナヤードから離れてる』
やがて、テンタシオンの操作するドローンは、捕食者によってガイノイドが破壊されてしまった場所にたどり着く。そこには無残に破壊された多脚の機械人形と、コンテナに張り付いた状態のガイノイドの機体が残されていた。
しかし、その〈コムラサキ〉は異様な姿をしていた。機体内部で菌類が繁殖しているのか、破壊された箇所から菌糸が伸びていて、コンテナに絡みついているのが見えた。それらの菌糸からは色とりどりの花が咲いていて、まるで植物と同化しているようだった。
『信じられない……機体が破壊されてから、まだそんなに時間が経っていないのに』
ペパーミントはひどく困惑していたが、それも仕方ないことだった。我々が襲撃されてから数十分も経っていないはずだったが、菌類の成長速度は異常に早かった。ドローンのカメラアイは、植物と同化して変わり果てたガイノイドを記録し続けていた。
霧が立ち込めるコンテナヤードをさらに進むと、ドローンのカメラは粘液を滴らせる巨大な捕食者の影を捉えた。それは今までの生物よりもひと回り大きな個体だった。ドローンは地面すれすれまで飛んでいき、周囲に生い茂る植物の間に身を隠しながら捕食者をやり過ごす。
『焦らず、慎重に進みましょう……』
捕食者が去るのを待つ間にも、次々と囮のドローンがコンテナターミナルに派遣され、群れの注意を引きつけてくれていた。武装した機械人形を派遣することもできたが、被害が増えるだけだったので、大量に配備されている偵察ドローンを活用していく。
本来なら、コンテナヤードに生い茂る植物を焼き払いたかったが、棲み処を失くした外来生物が他の区画に移動することを恐れて、現状を維持することにした。
テンタシオンのドローンはコンテナヤードを抜け、やがて目的の施設に到着する。施設は浮遊島の他の区画とは異なり、侵入者を阻むかのように高い壁で囲まれていた。ドローンが施設の入り口に近づくと、セキュリティシステムが作動し、アクセスが拒否されてしまう。他に侵入する方法がないか探すため、何度かアクセスを試みるが結果は同じだった。
するとカグヤの声が聞こえてくる。
『ちょっと調べてみたけど、この施設では〈異星生物〉の宇宙船も整備されていたから、技術の流出を防ぐため施設の出入りは厳しく制限されていたみたい。もちろん、施設を警備する専用の機体も配備されているから、許可が与えられていない機体は施設内に入ることもできない。ついでにレイの権限でアクセスできないか確認したけど、遠隔操作では難しいみたい』
「ドローンを遠隔操作してもダメか?」
『ダメみたい。そもそも〈接触接続〉を行う機能がないし、偵察ドローンには軍の機密情報にアクセスするだけの情報処理能力が備わっていない』
「つまり、直接そこに出向いて〈接触接続〉しないとダメか……」
あれこれと考えを巡らせるが、この状況を打開するためには、やはりガイノイドに意識を転送して自力で施設に赴かなければいけないようだ。だが二の舞を踏まないためにも、コンテナヤードを避ける別の移動経路を探さなくてはいけない。
『ガイノイドに意識を転送する準備ができたよ』
ペパーミントの声が聞こえると、そっと深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「了解、いつでも大丈夫だ」
□
微かな肌寒さを感じながら瞼を開く。視界はぼんやりとしていたが、徐々にハッキリとしてくる。頭を動かすと、周囲に無数の睡眠カプセルが整然と並べられているのが見えた。金属製の外装に反射する冷たい光が、その空間をさらに無機質なモノに変えている。すでに一度目覚めた場所だ。どうやら意識の転送は成功したようだ。
仰向けになったまま新しい身体に意識を集中させる。手足を動かし、感覚が正常になるまで待つ。周囲から微かな電子音が聞こえてくるなか、少しずつ新しい身体に意識が馴染んでいくのを感じる。
『意識の転送は無事に完了したみたい。機体の動作に異常はない?』
ペパーミントの声が内耳に聞こえると、コクリとうなずいて、ゆっくり身体を起こす。視界に機体の情報が表示されていくのが見えたが、すべて正常に機能しているようだ。
ガラスに移り込む女性の姿を見ながら睡眠カプセルから出る。
「すぐに装備を整えたい。ロッカールームまで案内してくれるか」
『了解、すぐに情報を送信する』
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