第822話 戦闘準備〈パワードスーツ〉
ロッカールームで戦闘服に着替えたあと、無数のガンラックが並ぶ武器保管室に向かう。冷たい空気が頬を撫でていくと、鼻の奥がむず痒くなるような違和感を覚えるが、意識が〈コムラサキ〉の身体に馴染んでいない所為なのかもしれない。実際のところ、異性の身体に転送されるというのは、実に奇妙な体験だった。
寒々とした部屋に足を踏み入れると、天井の照明が灯っていき、無機質な金属棚が整然と並べられている空間が目についた。どこか重々しい空気と肌に刺すような冷気が漂っていたが、清潔感のある場所になっていた。
ガンラックの前に立つと、レーザーライフルの銃身に刻印された〈キョウセラ〉のロゴをじっと見つめていたが、深い霧の中で戦うには不向きだと判断した。レーザーは霧により散乱し、想定された威力を発揮できない。今回の探索では実弾兵器を選択したほうがいいだろう。
電子錠で管理された棚には、旧式のアサルトライフルから重機関銃まで用意されていた。その多くは旧文明の技術で製造されたレプリカだったので、信頼性と火力は高いモノになっていた。手前に置いてあるアサルトライフルを手に取り、重量を確かめるように構えて見せる。
弾薬は旧文明の鋼材を用いて造られた実体弾であるため、貫通力が高く、コンテナヤードを占拠する捕食者にも問題なく効果を発揮してくれるはずだ。アサルトライフルに弾倉を装填したあと、予備の弾倉もチェストリグに挿していく。手榴弾や対人地雷も並べられていたので、適当にポーチに放り込んでいく。
前回の探索では、そもそも戦闘になることを想定していなかったので身体を保護する装備を用意していなかった。その所為で予想外の被害を受けることになった。だから今回は忘れずに身を守るための装備を調達する。〈ハガネ〉に慣れ過ぎていて、身を守る意識が低かったのも悪い。
ペパーミントが拡張現実で表示してくれた矢印を頼りに、無数の棚が並べられた通路を進んでいく。通路の両側には各種装備や補給品が整然と並べられている。それらは暴徒鎮圧用の装備ではなく、殺傷能力のある兵器ばかりだ。金属製の外装は無機質な輝きを放ち、思わず目を細める。誰もいない空間に、自分の足音だけが響いていた。
テンタシオンは現在、コンテナヤードを占拠する捕食者に見つからずに、整備施設に侵入できる移動経路を探してくれていた。しかし捕食者たちの縄張りは広く、コンテナターミナルのあちこちでその姿が確認できたので、まだ適切な経路は見つかっていなかった。
やがて、パワードスーツが並べられた場所にたどり着いた。整然と並んだ強化外骨格は、それぞれ異なる外見や性能を持っている。人工筋肉を用いたスーツは身体機能を強化し、戦闘を補助してくれる機能を持っていて、今回の目的に適切な装備に思えた。白い外装の表面は滑らかで、冷たい金属の感触が手に伝わる。
拡張現実で表示される情報に目を通しながら、スーツをじっくりと確認していく。黒く染められた光沢のないスーツは大きく重量があり、防護性能は高いが動きが鈍くなる。一方、白いスーツは軽量で機動力に優れているが、装甲が少なく防御力に欠けてしまう。それぞれが異なる用途で製造されているため、適切なモノを選択する必要があった。
最終的に〈環境追従型迷彩〉と、シールドを展開する機能を持った迷彩柄のアシストスーツを選ぶことにした。そのスーツには〈
それに加えて、骨格を形成する部品が少なく軽量なため、アシストスーツに不慣れな人間でもすぐに扱えるという利点があった。問題はバッテリーの残量が少ないことだったが、予備のバッテリーを持ち歩けば問題ないだろう。ちなみに、外装に使用される複合装甲板は日本製だったので、信頼性の高い装備になっていた。
スーツを着用すると、戦闘服の生地を介して金属フレームの冷たい感触が肌に伝わる。衝撃を吸収してくれるクッションが変化していき、しだいに身体全体に包み込むような感覚が広がっていく。内部のセンサーが〈コムラサキ〉のデータを読み取り、自動で調整してくれているのだろう。
まず頭部に接続されたケーブルを介して、有線で各種システムの操作を行うことになる。機体の登録情報が読み込まれて接続が完了すると、フェイスシールドにスーツの各種ステータスが表示されていく。やがてAIエージェントが起動し、ブレイン・マシン・インターフェースが有効になり、思考だけでスーツの操作が可能になる。
最初に行ったのは人工筋肉の動作テストだった。金属フレームの内側に埋め込まれた人工筋肉が、手足の動きに合わせて滑らかに収縮と伸張を繰り返す。拳を握ったり、腕を振り回したりして、スーツの反応速度と装着感を確かめていく。各関節部分がスムーズに動くことや、動きに制約がないことを確認していく。
それが終わると、〈環境追従型迷彩〉の起動テストを行った。思考に反応して周囲の環境が素早くスキャンされていくと、外装の表面に色相や質感が再現されていき景色に溶け込んでいくのが分かった。外装と剥き出しの骨格だけが変化するため、〈熱光学迷彩〉のように完全に姿を隠すことはできないが、じっとしていれば気づかれないだろう。
フェイスシールドを介して現実の風景に重なるように表示されていた拡張現実には、さまざまなデータが表示されていたが、必要のない情報を消去して迷彩が完全に起動するまでの時間だけを確認する。何度か起動と停止を行いながら、迷彩が最大効果を発揮するまでの平均時間を頭に叩き込んでいく。
アームに埋め込まれたシールドの起動テストも行う。楯を構えるようにアームを動かしながらシールドの生成を意識する。するとアームの前腕部から半透明のエネルギーフィールドが広がり、機体を保護する強力な膜が形成される。
バッテリーの消費量が視線の隅に表示されると、その数値を見ながら、実際の戦闘でどの程度使用可能かAIエージェントに計算してもらう。シールドが正常に機能することを確認したあと、背中に搭載された二基の小型ミサイルコンテナの起動確認も行う。
思考に反応してコンテナが自動的に展開し、小型追尾ミサイルが発射準備を整える。拡張現実のHUDにミサイルや機銃の残弾数が表示されると、ミサイルの有効射程を確認しながら予備の弾薬コンテナやバッテリーを搭載していく。
準備が整うとシステムを戦闘モードに切り替えて、偵察ドローンから受信していた映像を確認するためにホロスクリーンを表示する。霧が立ち込めるコンテナヤードの映像が、複数の視点で視界に映し出される。各ドローンのカメラが捉えた捕食者たちの動きがリアルタイムで表示されると、カグヤたちと一緒に情報を分析していく。
どうやら群れを指揮している個体が存在しているようだった。〝アルファ〟と呼称されたその個体は、他の捕食者とは一線を画す存在感を放っていた。ひとまわり大きな身体を持ち、異様に発達した筋肉がその巨体を支えている。頭部には触角のような役割を持つ器官があり、それが群れとの意思疎通と統率のために利用されているのかもしれない。
アルファの動きを観察していると、その触角が微細な振動を繰り返しているのが見えた。アルファの存在を無視して進むことは危険すぎる。もしもアルファに発見されれば、群れ全体が一斉に襲いかかってくるだろう。テンタシオンのドローンが襲われることなく施設に近づけたのは、大型個体を避けることができたからなのだろう。
もしもアルファを排除することができれば、群れを一時的に無力化できるかもしれない。我々はその可能性に賭けることにした。ホロスクリーンに表示されたアルファの位置情報を確認し、周囲の状況を慎重に分析し、最も効果的な攻撃方法を探ることにした。
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