第816話 仮初
白い息を吐き出しながら周囲を見回す。とても寒く、自分自身の身体を抱きしめるようにして歩く。ガイノイドの肌は滑らかで、生身の女性のように柔らかく困惑してしまう。
体温調整に利用される感覚神経などの機能は、そもそも戦闘に必要のない機能のようにも思えるが、愛玩用の〈コムラサキ〉を改良している機体だからこそ備わっている機能なのだろう。
あらゆる刺激に対して男性のソレと異なる反応をみせる身体に混乱してしまうが、あれこれと考えている暇はなかった。何か着るものを手に入れなければ凍えてしまうだろう。肌に突き刺さすような冷気を感じながら、周囲にある睡眠カプセルを見ながら進み続けた。
少しずつガイノイドの身体に慣れていく。しかし大きな胸に対する違和感と、微妙に異なる筋肉の動き、それに力の加減や歩幅に戸惑う。ぎこちない足取りで前に進むことになったが、徐々に新しい身体の感覚に馴染んでいく。
ペタペタと足音を立てながら静寂の中を歩く。何処からともなく機械のノイズ音が聞こえてくるが、そこは墓地のように静かな場所だった。いくつか開放された睡眠カプセルが目に入ったが、中身は空っぽだった。
その広大な空間には無数の睡眠カプセルが整然と並べられている。
高い天井には無数の照明パネルが規則的に設置され、空間全体を白く柔らかな光で包み込んでいる。壁や床も白で統一され、金色のフレームに白の外装が特徴的な睡眠カプセルが照明を反射して、どこか洗練された未来的な光景をつくり出している。つめたく無機質な金属素材を多用しているが、精密に設計されているため現実離れした印象を与える。
歩きながら周囲を観察していると、視線の先で扉が自動的に開くのが見えた。空気の流れが変化するのを敏感な肌で感じる。どうやらこの先にはシャワールームや更衣室があるようだ。
「ここなら何か衣服が手に入るかもしれない……」
普段と違う自分の声が聞きたくて、思わず声に出して言う。
シャワールームには男女共用のユニット式の個室が並んでいたが、各個室の入口には使用禁止のホログラムが投影されていた。赤色の光で浮かび上がる警告標識には、修理中の警告と担当部署の名前が記されていた。冷えた身体を温めたかったが、シャワーは諦めることにした。
その先に百を超えるスチールロッカーが整然と並ぶ光景が見えた。狭い通路の左右に並べられたロッカーの間を歩きながら、ひとつひとつに触れて〈接触接続〉で解錠できないか確認していく。無反応のものも多かったが、短い電子音が聞こえるとロッカーのひとつがカチャリと開いていく。
そこには身体能力を強化するスキンスーツと、特殊な金属繊維を使用した真っ白な戦闘服が収納されていた。半透明のスキンスーツは薄く、身体にぴったりと密着するデザインで性能は良さそうだった。しかし無人の浮遊島で戦闘になるとは思えなかったので、簡単に身につけられる戦闘服を手に取った。
布地の戦闘服は柔らかくて、動きやすさと防御力を兼ね備えていた。植物の根が絡まる模様が金糸で刺繍されていた袖口や裾には細かな調整機能がついていて、着用者の体型に合わせてフィットするようになっていた。
寒さに白い息を吐き出したあと、手早く戦闘服に着替えていく。身支度を整えたあと、周囲を見回した。それが仮初の身体だと分かっていたが、無数のロッカーが整然と並ぶ広大な空間にただひとり立っていると奇妙な孤独感を抱く。
深呼吸して心を落ち着かせたあと、拡張現実で表示される矢印に従って歩く。すると壁沿いに無数のガンラックが並んでいるのが見えた。冷たい金属の棚が無骨な存在感を放っている。
電子錠で管理されていた棚には様々な兵器が並べられている。レーザーライフルにアサルトライフル、それにハンドガンやショットガンの類も用意されている。どれも見慣れない兵器だったが、暴徒鎮圧用の装備ではなく、殺傷能力のある強力な武器だと分かった。
「どうしてここに案内したんだ?」
ペパーミントに
『〈異星生物〉によって管理されていた場所なんだから、用心するに越したことはない』
彼女の助言に従い、〈接触接続〉でガンラックを開いてレーザーライフルを手に取る。白地の外装に赤いラインの塗装が施されたライフルは、威圧感のある兵器というより工具を思わせる機能性のみを重視したデザインになっていた。
そのライフル手に取ると、つめたい金属の感触が指先に伝わり、少しずつ手に馴染んでいくように感じられた。射撃制御用のソフトがインストールされているからなのか、ライフルの扱いに戸惑うことなく、適切な位置で構えることができた。
レーザーライフルの使用にはID認証が必要だったが、警備用に配備されているガイノイドの生体情報が登録されていたので、そのまま使用することができるようだ。ライフルを構えていると、各種情報が表示されるHUD(ヘッドアップディスプレー)が視界に浮かび上がる。照準や弾薬の残量、バッテリーの状況などが一目で分かるようになっている。
ライフルの弾薬として機能する〈超小型核融合電池〉を手に取る。半透明のケースに収められた長方形の電池は小さくて頼りないが、内部に膨大なエネルギーが蓄えられている。
拡張現実で表示されるアニメーションに従って所定の位置に電池を装填すると、エネルギー残量の表示方法に関する質問がHUDに表示される。カラーバーやパーセント表示などの項目があったが、数字で残弾数が表示されるシンプルな表示方法を選択する。
射撃方法も選択が可能になっていて、単射、連射、そして高出力の連続射撃にも対応しているようだった。レーザーを発射するさいに手動で出力調整ができるよう、ピストルグリップにダイヤルがついていたが、思考で操作することも可能だった。また変形機構も備えていて長距離射撃にも対応していて、どんな場面でも活躍してくれそうだった。
兵器の準備ができると、心を落ち着かせるように深呼吸してからロッカールームを出で廊下に立つ。もちろん人影は見えない。ペパーミントと相談しながら進むべき方向を確認していると、廊下の先から物音が聞こえてくる。どうやら戦闘用の機械人形が接近してきているようだ。
それは多脚の奇妙な機体で、赤く明滅するカメラアイでこちらを見つめていた。嫌な不安感に襲われたが、味方だと示す青色のタグが浮かび上がると、すぐにテンタシオンが遠隔操作する機体だと気がつく。
その機体は金属光沢のないマットな質感の黒い外装に覆われていて、どこか威圧感を与えると同時に隠密性を高めるための設計だと分かる。六本の鋭利な爪を持つ脚は、生物を思わせるほど滑らかに動いて機械音を立てなかった。各部に搭載されたセンサーは周囲の情報を絶えず収集しているのか、小刻みに動いていた。
上半身は人型だったが、四本のマニピュレーターアームを備えていて、それぞれ異なる機能を持っているようだった。レーザーライフルもそのひとつで、敵対者を即座に排除するための強力な殺傷兵器になっていた。どうやらソレは単なる警備用の機体ではなく、戦闘に特化した軍用の機械人形のようだ。
テンタシオンも〈コムラサキ〉の姿であらわれると思っていたので少々驚いたが、そのゴテゴテした機械的な身体が似合っているように思えた。
『まずは周囲を探索して、宇宙港が安全なのか確かめましょう』
「了解」ペパーミントの言葉にうなずくと、テンタシオンを連れて建物を出る。
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