第808話 浮遊島


 ペパーミントは遠隔操作で投影機を起動させると、ホロスクリーンに必要な情報を表示しながら状況を説明してくれる。立体的に表示されるスクリーン上には、戦闘艦〈アラハバキ〉の損傷個所と修理の進捗状況が詳細に示されていた。デッキから甲板、各エンジンの状態、それに装甲の細かい損傷履歴まで記録されているようだった。


 舷側に向かって拡大表示されると、垂直装甲の修復が進んでいる様子が映し出される。ドローンが特殊な溶接作業を行い、損傷部位を新しい鋼材で覆っていくのが確認できる。自律ユニットは昼夜を問わず作業を続け、修復作業は驚くべき速度で進行していることが分かった。


 スクリーンの隅に表示されていた〈詳細情報〉の項目を開くと、修復に使用された装甲の素材に関する情報や強度テストの結果、それに改善に関する計画も確認できるようになっていた。また作業工程をあらわす修復率が数字で表示されていて、工程の最終段階まで進んでいることが確認できた。


 エンジン出力に関する情報も表示されていて、エネルギー供給ラインの修復が完了し、推進システムのテストも成功していることが分かった。しかしリアクターの項目を確認すると、赤い警告でスクリーンが埋め尽くされていく。ペパーミントが言うには、冷却システムの一部が故障していて、反応炉内の温度が規定値を超えているという。


 緊急修理が必要な事態になっていたが、生産拠点の設備だけではリアクターを修理することは不可能であり、戦闘艦の修復技術に頼る他ない状況だった。しかしシステムの修復に必要な資材や部品は文明崩壊前の技術で造られていて、現在では入手困難な代物だった。


「作業を効率よく行うには、廃墟と化した都市で必要なモノを探し出すしかないのか……」


 リアクターの修理は最優先課題であり、それが修理できなければ、戦闘艦を動かすことは不可能だった。そのリアクターに関する情報は機密情報になっていたが、艦長権限により詳細な情報にアクセスすることができた。


 反応炉が立体的に映し出されると、故障箇所が赤色で強調表示されていくが、あまりにも精密で複雑な機構のため、それがどのような役割を持つ部品なのか理解できなかった。それを知ってか知らでか、ペパーミントはリアクターの問題点を次々と明らかにしていく。


 彼女の説明を聞きながら、これからの行動を具体的に考えていく。まず必要な資材を調達するため廃墟の探索が必要になるが、闇雲に探し回っても見つかるようなモノでもない。


 心当たりがないかあれこれと考えていると、カグヤがいくつかの場所をリストアップしてくれた。ホロスクリーンに映し出された候補地には、廃墟の街で〈建設人形の墓場〉の名で知られた地区や人工知能の〈アイ〉が管理する人工島、それに異星生物のために用意された〈浮遊島〉も確認できた。


 海岸沿いに林立する高層建築群の一角には〈建設人形の墓場〉と呼ばれる場所があり、そこは太平洋に架かる超構造体メガストラクチャーにつながっている唯一の場所でもあった。


 その超構造体は、かつて日本とアメリカ合衆国をつなぐ夢の橋として建設されたものだった。海岸沿いには建設に携わった〈葦火建設あしびけんせつ〉の社屋や関連会社の建物、そして建設工事のさいに使用された資材保管場が点在しているという。さすがに戦闘艦の部品は手に入らないかもしれないが、貴重な資材が見つかるかもしれない。


 ホロスクリーンに表示された俯瞰映像には、海に浮かぶ超構造体の姿がハッキリと移り込んでいた。朽ち果てた建設人形が放置された工事現場や、かつて栄華を極めた文明が築いた巨大な橋脚を見ることができた。


 しかしその場所は現在、廃墟の街でも一際危険な場所のひとつになっていた。過度の身体改造によって精神に異常をきたしたサイボーグと暴走した機械人形、そしておぞましい変異を繰り返してきた変異体が徘徊しているという。


 その異常性から推測するに、別の領域につながる〈神の門〉が開いている可能性もある。そしてそうであるなら、これまでに経験したことのない戦いを強いられるかもしれない。


 けれど人工島を管理する〈アイ〉の協力は取りつけていたので、危険な場所での探索を避けることはできた。〈軍用AI〉との交渉は難しいかもしれないが、リアクターに関する情報だけでなく、浮遊島を見つけ出すための手掛かりも手に入れられるだろう。


 浮遊島について我々が知っていることは少ない。それでも〈異星生物〉を隔離する場所として機能していたことや、研究施設として使われていたということは知っていた。そこには旧文明の貴重な遺物や技術が数多く手に入るかもしれないし、宇宙船に関連する技術も得られるかもしれない。


『こっちは偵察機が偶然、海上で浮遊島の様子を捉えたときの映像だよ』

 カグヤの操作で、高高度滞空型無人機を介して入手していた偵察映像がホロスクリーンに映し出される。紺碧の海に巨大な岩塊が浮かんでいるのが見えたが、それは濃霧に覆われていて、島の輪郭と霧の中から無数の建物の影がぼんやりと伸びている様子だけが確認できる状態だった。


 しばらくすると、異星生物のモノだと思われる奇妙な構造物が見えるようになる。石材と未知の合金で作られた建物は風化せずに、当時の威容を誇っている。それらの建物の間には異星生物の装置や機械が放置され、その一部はまだ動いているように見える。時折、薄い霧の中で奇妙な光が明滅していたが、それが何を意味するのかは分からなかった。


 浮遊島の中心部から離れた場所には、かつての宇宙港と思われる施設が見える。無数のクレーンに囲まれた巨大なドックがいくつも並んでいるが、霧の所為せいで異星生物の宇宙船が停泊しているのかは確認できない。しかしドックのひとつには軍艦らしきモノの残骸が残されていた。


 未知の素材で建造された骨組みが剥き出しになり、わずかな光を反射して異様に輝いている。それは異星生物の高度な技術によって製造されたモノなのかもしれない。


 早回しで映像を確認していると、研究施設らしき建物が見える。高い塔にも見える建物がそびえ立ち、その周囲には無数のアンテナやセンサーらしきモノが設置されている。これらの施設は異星生物の遺物や技術を研究し、地球の技術と融合させようとした宇宙軍の拠点なのかもしれない。


 時折、映像が乱れて島の姿が見えなくなる。浮遊島はシャボン玉の膜に覆われているような奇妙な光を放ち、濃霧の中に完全に隠れてしまう。浮遊島を偽装するための大掛かりな仕掛けがあるのかもしれない。いずれにしろ、この浮遊島が持つ潜在的な価値は計り知れない。


 浮遊島に関する情報を〈データベース〉で検索しようとしたときだった。突然、目の前に浮かんでいたすべてのホロスクリーンが消失した。管理室内の照明も落とされ、一瞬にして暗闇に包み込まれる。赤い非常灯が弱々しく明滅していて、部屋を薄暗い赤で染め上げる。施設全体の電力が遮断されたのだろうか? 嫌な胸騒ぎがする。


 少年の人形のような顔が非常灯の赤い光に照らされ、無表情のままこちらを見つめている。かれは口を動かすことなくペパーミントに何か伝えているようだったが、ノイズがひどくて内容は分からなかった。


「強力な電磁波と汚染物質を含んだ砂嵐が接近しているみたい」

 ペパーミントの不安そうな声ですぐに危険な状況だと理解する。電子機器の損傷や電力設備の障害に対応するため、緊急防御システムが作動し、施設内に設置されたリアクターからの電源供給が一時的に遮断されたのだろう。


 すぐに影響の少ない非常電源に切り替わり、施設内の災害用管理システムが作動し始めた。外部につながる隔壁が閉鎖され、完全に閉ざされた空間が生まれる。外部の空気が侵入しないように、内部の空調システムも強化されていくのが分かった。


 砂嵐が接近している。汚染物質を含んだ風が吹き荒れ、建物内にいるにもかかわらず、施設を囲む防壁に砂が叩きつけられる音が微かに聞こえてくる。その砂嵐の中には、放射性物質や有毒な化学物質が混じっているだろう。空気が重く感じられ、息をするのも躊躇ためらわれる。


「カグヤ、ハクとジュジュはもう工場内に避難したのか?」

『心配しなくても大丈夫。今はジュジュたちと食堂にいるみたい』


 ハクの気配を探ると、たしかに施設内にいることが分かった。システムは正常に作動していて安全だと分かっていたが、念のため、工場内の見回りをしたほうがいいのかもしれない。

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