第807話 アラハバキ
生産拠点の管理室の扉が開くと、つめたい空気が頬を撫でるのを感じた。壁一面には大小さまざまなモニターが埋め込まれているが、そのすべてが真っ暗で、画面には何も映し出されていない。ただ青白い照明が無機質な空間を照らしている。
天井にもホログラム投影機が設置されていて、本来なら無数のホロスクリーンが空中に浮かび上がっていて詳細なデータや立体映像が次々と投影されていたが今は沈黙している。無数の機材のノイズだけが、静謐な空間で微かに聞こえていた。
その部屋には整然とデスクが並べられていて、それぞれにコンソールパネルが備え付けられていた。工場を管理するための装置なのだろう。デスクには各設備を操作するためのスイッチやタッチスクリーンが配置されているが、それらも使用されていた形跡は確認できない。
そのデスクのひとつに、白い軍服を身につけた少年が座っているのが見えた。第三世代の〈人造人間〉でもある少年は、人間離れした美貌を持ち、人形のような精巧な顔立ちをしていた。その姿は、この無機質な空間の中で一際異質な存在感を放っていた。少年は静かに前を見据えていて、その感情のない瞳が明滅しているのが見えた。
管理室には無数の機材が用意されていたが、それらの装置がなくとも、少年は遠隔操作で工場内のすべての装置を管理することができるようだった。
そこでは機械音も人の声もなく、行き場を失くした静寂が漂っている。その冷たく人間味のない空間に、少年の白い軍服が映え、そこに存在するだけで異様な存在感を強調していた。外界の荒涼とした砂漠とは対照的に、ここは静寂と機械が支配する閉ざされた空間になっていた。
その人形のように整った顔立ちの少年は、私とペパーミントに気がつくと立ち上がり、すぐに敬礼をしてみせた。その動作は機械のように滑らかで無駄のない動きだった。かれの白い軍服はシワひとつなく整えられ、一見すると完璧な軍人のように見えた。しかしその美しすぎる顔には、人間の温かみや感情の揺らぎが欠けていた。
『お待ちしておりました、艦長』
少年は口を動かすことなく言葉を発する。〈顔のない子供たち〉は通信による情報伝達に慣れていて、口頭によるコミュニケーションをほとんど行わない。かれらにとって口をつかった意思疎通という手段は、あまりにも遅く、また非効率だと感じる節があるようだった。
そもそも言葉を発する必要性も感じていないようだ。生まれたときから〈データベース〉に接続されていて、はじめて聞いた声も通信経由によるAIエージェントの合成音声だったし、はじめて誰かと会話をしたのも〈データベース〉を通してだった。だから音を発しないで会話をすることに慣れているし、それが当たり前だと感じている。
それに我々と会話をするとき、子どもが拙い言葉を使って一生懸命に話をしようとするように感じるのだという。彼らの思考速度は人間のソレよりも遥かに速い上に、いつでも〈データベース〉にアクセスし、必要な情報を瞬時に取得できる。そのため、口を使った意思疎通は彼らにとっては面倒な手段に過ぎないのだろう。
少年の動作は機械的で、感情や思考の余地を感じさせなかった。立ち上がる、視線を合わせる、敬礼する、そのひとつひとつの動作に一切の迷いがなく、完璧にプログラムされたロボットのようだった。
ある種の人間性が欠けている様子は、どこか不気味で異様なものだったが、それは自意識が芽生えるこのなかった〈顔のない子供たち〉の特徴なのかもしれない。かれらは人工知能のように、人間らしさを取り繕うことすらしない。
少年はデスクに並んだタッチスクリーンに手を伸ばすと、指先で軽く叩いていく。すると壁に埋め込まれていた大小のモニターが次々と起動し、瞬く間に膨大な情報が表示されていく。ホログラム投影機も作動し、我々の周囲に青白いホロスクリーンを浮かび上がらせていく。
それらのスクリーンでは、戦闘艦の修理に関する進捗状況を確認することができた。各モジュールの状態、損傷部位の詳細なデータ、修理に必要な資材のリストが次々と表示される。少年は手際よく操作を続け、我々が知る必要のある情報だけを適切に選別しホロスクリーンに映し出していく。
戦闘艦の全体像が立体的に浮かび上がると、損傷箇所は赤く色付けされ、修理が進行中の部分は黄色で表示されていく。そこには修理装置を備えた無数の小型ドローンの姿も表示されていて、作業状況をリアルタイムで確認することができた。
いくつかのホロスクリーンには、戦闘艦の装甲や内部構造の3Dモデルも含まれていて、各セクションの状態が一目で分かるようになっていた。
武装システムやエンジンに関する情報も詳細に表示されていて、修理の過程が把握できるようになっていた。作業を行うドローンの動きや資材の搬入経路、機械人形の配置など、すべてがシステム化され、徹底した管理のもとで作業が進行していることが分かる。
それらの情報が表示されている間、少年は一言も言葉を発しなかったが、〈データベース〉を介してペパーミントに修理状況を報告しているのか、絶えず瞳を明滅させながらホロスクリーンに次々と新しいデータを表示させていた。しかし少年の表情からは何も読み取ることができない、まるで生きた情報端末のようだ。
立体的に浮かび上がる詳細なデータを見つめながら戦闘艦の状況を確認していく。リアクターや生産設備モジュール、それに航行システム、それぞれの状態が細かく記録されている。苦労しながら〈人工島〉で入手していた金塊が、回路基板や電子機器の修理に役立っていることが確認できて安堵する。
しかしそれと同時に、まだ多くの箇所で修理が必要だと理解できた。艦長権限を使って〈データベース〉に登録されている戦艦の情報を確認していると、気になる文字が表示されて、思わず声に出して読み上げる。
「……アラハバキ?」
『たぶん、艦名だよ』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。
「アラハバキっていうのは、日本の古い神さまのことだよな?」
『そうみたい。鳥籠〈姉妹たちのゆりかご〉の地下にある航空戦艦も、〈タケミカヅチ〉って艦名で、日本の神さまの名前が使われてた。旧文明期には、旧国名や山の名前は使われなくなったのかも』
「ということは、この戦闘艦の建造には日本が関わっていたのか?」
『かもしれないね、艦内にも日本語表記を見かけたし』
「宇宙軍と何かしらの関係があったのか……ところで、どうしてアラハバキなんだ?」
『さぁ?』とカグヤはクスクス笑う。『でも、ヤマトじゃなくて残念だったね』
彼女の言葉に「やれやれ」と溜息をついたあと、〈データベース〉を使い〈アラハバキ〉について検索する。
瞬時に膨大な情報が表示されていく、その中に縄文時代から信仰されている神の名が浮かび上がる。〈荒覇吐神〉あるいは〈アラハバキ神〉は、荒神であり、大地や生命力を司る蛇神でも知られていて、東北地方から関東地方にかけて信仰され、やがて全国に広がったという。
ホロスクリーンに表示されたデータをさらに掘り下げると、ある考古学者の見解が目にとまった。かれは日本の〈アラハバキ神〉とシュメール語の「アラ」と「ハバキ」に共通点を見出していた。「アラ」は父、獅子、天などを意味し、「ハハキ」あるいは「ハバキ」は母、蛇、大地を意味するという。
この古代の言語との共通点が、日本の〈アラハバキ神〉と何らかの関連性を示していると考えていたようだった。たしかに考古学者の見解は、単なる偶然の一致以上のものを感じさせた。縄文時代の人々が信仰していた古い神と、遥か西の古代文明とのつながり。
それは神秘的で、どこかオカルトめいたつながりを感じさせたが、それよりも〝蛇神〟という単語が気になった。
『ひどく奇妙なことだけど――』と、カグヤが言う。
『私たちと蛇神さまとの間には、何かしらの縁があるみたいだね』
彼女の言葉に肩をすくめたあと、ハクとジュジュが遊んでいる様子を映し出していたモニターに視線を向ける。すでに砂丘に飽きていたのか、修理ユニットのあとを追いかけて遊んでいる姿が確認できた。
テンタシオンを迎えに行かせていたが、まだ会うことはできていないようだ。とりあえず、ペパーミントから戦艦の状況について報告を聞くことにした。
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