第806話 生産拠点
見渡す限り飴色の大地に砂丘が連なり、サラサラと細かい砂が絶えまなく稜線から流れ落ちる微かな音が聞こえてくる。そこでは、赤や青に塗装された輸送コンテナを背負った無数の
視線を上げると巨大な宇宙戦艦が見えた。その存在感は圧倒的だった。全高百メートルほどあり、全長は六百メートルを優に超えていた。装甲のあちこちに破壊の爪痕が残されていたが、その巨体は依然として威圧感を放っていた。
戦闘艦の周囲には修理装置を備えた数百機のドローンが忙しく飛び交っていた。まるで金属製のハチの群れのように、小型ドローンは精密な動きで損傷個所の修理を行っていた。それは旧文明の驚異的な技術によって実現した非現実的な光景だったが、どこか死骸に群がるハエのようにも見えた。
それら数百の自律ユニットは、重力場を利用しながら無音で滑らかに飛んでいた。金属光沢を帯びた機体は空に溶け込んでいたが、時折、太陽の光を反射して
戦艦の表面は無数の装甲パネルが剥がれ、内部の機構が露出している部分があった。そこに自律ユニットが集まり、瞬く間に修理していく。ドローンが光の軌跡を描きながら動き回る様子は、どこか生物的でありながらも、どこまでも無機質で機械的な効率性を感じさせた。
輸送機の離着陸場は、建設人形〈スケーリーフット〉によってなだらかな砂丘群を見下ろす岩壁に築かれていたが、風の強いこの地域ではどこもかしこも砂まみれだった。プラットフォームにも厚く砂が堆積していて、歩くたびにザクザクと音を立てた。わざわざ高台を選んで建設していたが、どうやら無駄だったようだ。
生産拠点に続く昇降機にも砂が堆積していた。まずは砂を何とかしなければならない。砂の侵入を防ぐために簡易的なシールド装置を設置するという手もあるが、あまり利用しない場所だったので、旧文明の貴重な装置を浪費する余裕はなかった。
「たしか……この辺りに置いてあったと思うけど」
ペパーミントは昇降機のそばに設置されていたコンテナを掘り出すと、軍用折り畳み式シャベルを取り出す。
それから彼女と手分けして黙々と砂をかき出していく。シャベルで砂を持ち上げるたびに、細かな砂の粒子が空中に舞い上がり、淡い光の中でキラキラと輝く。はじめのうち、それは目を奪われる光景だったが、苦労しながら砂をかき出しているうちに見向きもしなくなった。
手を止めてハクたちの姿を探すと、眼下の砂丘をコロコロと転がっていく様子が見えた。昇降機を待っているのに飽きてしまい、垂直の岩壁から飛び降りたのだろう。小さなジュジュも一緒になってコロコロと転げ回っていた。ジュジュにも楽しいという感情はあるのだろうか……というより、この瞬間を種族全体と共有して楽しんでいるのだろうか?
それからしばらくして、ようやく昇降機の床が姿をあらわした。滑らかな金属の表面には砂が残っていて、扉を開けて中に乗り込むと、足元からジャリジャリと音が聞こえた。ペパーミントがコンソールパネルに触れると、昇降機はゆっくりと動き出し、我々を数十メートル下にある生産拠点へと運んでくれる。
昇降機から砂漠を見下ろすと、どこまでも広がる荒涼とした大地が見えた。はるか遠くで高さ百メートルを超える砂嵐が巻き上がり、砂に埋もれた高層建築物の残骸がうっすらと姿を見せていた。この砂漠には最早なにも残されていないように見えたが、砂の中には今も旧文明の遺物が多く眠っていた。
昇降機がゆっくりと降下し、生産拠点の入り口が近づいていく。建設人形と無数の機械人形によって築かれた生産拠点は、戦闘艦の修理のためだけに建設された工場であり、その規模に圧倒される。
野生動物と砂の侵入を防ぐため工場は高い防壁に囲まれ、シールド装置と戦闘用の機械人形によって守られていた。そこでは、冷たい金属の輝きを帯びた外壁が飴色の大地に聳える異質な空間になっていた。
工場の天井からは無数のケーブルと照明が垂れ下がり、壁面には配管と制御盤が並んでいる。作業用ドロイドが忙しそうに動き回り、あちこちで火花を散らしながら溶接や組み立て作業を行っているのが確認できた。機械人形たちは人間の手助けをほとんど必要とせず、プログラムされた作業を完璧にこなしている。
しかし完全に自動化されているというわけではなく、鳥籠〈
ここでは全員が黄色の防護服を着込み、汚染物質から身を守っている。作業員たちは寡黙で、必要最低限の言葉しか交わさない。彼らの表情は見えず、防護マスクの奥にある目だけが見えている状態だった。
この工場の中心には、〈物体複製装置〉とも呼ばれる高度な装置が鎮座している。旧文明の技術によって実現した巨大な装置は、他の拠点から運ばれてきた資材を原料に、戦闘艦の修理に必要な部品や資材を生成していた。
装置の中で旧文明の鋼材が再物質化される過程で必要な素材に変わる。これにより、あらゆる素材や部品を正確に製造することができた。とても貴重な装置で、戦闘艦の倉庫区画から持ち出されたものだった。
その〈物体複製装置〉は石棺を思わせる形状をしていて、内部には複雑な機構が隠されている。しかし装置の表面はシンプルで、各種ステータスを表示するコンソールパネルが設置されているだけだった。時折、装置の内部から低い振動音が聞こえ、資材が出力されていくのが見えた。
これらの素材は即座に機械人形によって保管庫に運ばれ、戦闘艦の修理作業に使用される。この工場は戦闘艦の修理を最優先に設計されているため、他の用途には適さない。しかし資材生産設備により、驚異的な早さで作業を進めることができていた。自律ユニットが工場内を飛び交い、施設全体がひとつの生き物のように連動している姿は圧巻だった。
生産拠点の効率性と徹底的に無駄を排した機能美に思わず感心する。この工場では、人間は脇役に過ぎない。主役はあくまで機械人形と旧文明の驚異的な装置の数々だった。その無機質な世界に立ち尽くし、この場所が持つ独特の空気感を肌で感じ取る。ちなみに、工場を管理しているのは第三世代の人造人間でもある〈顔のない子供たち〉だった。
その管理者のひとりでもある少年に会いに行くため、管理室に向かうことにする。途中、資材保管庫の近くを通りかかると、無数の多脚車両が並んでいるのが見えた。これらの車両が、戦闘艦の修理に使われる資材を運ぶ重要な役割を担っているのだろう。
多脚車両は円盤状の本体基部にコンテナを接続する準備を整えていた。〈
やがてコンテナが本体にしっかりと固定されると、車両は折り畳んでいた脚をゆっくりと展開していく。四本の脚が音もなく滑らかに動き、地面に接地していく。脚が完全に展開されると、車両は一斉に倉庫の外に向かって歩き出した。その動きは統制が取れていて、人工知能によって管理されていることが分かる。
車両が次々と倉庫の外に向かって出て行く様子を見届けながら、その背後にある資材保管庫の巨大な扉に目をやった。鋼鉄製の隔壁の向こうには、この生産拠点で使用される膨大な量の資材が保管されている。旧文明の遺産ともいえるそれらの資材が、ここで新たな形に生まれ変わり、戦闘艦の修理に使われていく。
先行していたペパーミントに名を呼ばれると、管理室に向かって歩き出したが、そこでふとハクたちがいないことに気がつく。まだ砂丘で遊んでいるのかもしれない。
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