第805話 汚染地帯
我々は汚染地帯の影響が及ばない場所に静かに着陸する。エンジンが停止し、砂漠に吹き荒ぶ風の音が戻ってくると、ずっと遠くに荒涼とした風景が広がっているのが見えた。旧文明の遺構が点在し、そのすべてが砂に埋もれている。かつての文明の痕跡の多くは崩壊し、わずかに原形をとどめているだけだった。
そこでは砂礫が空中に舞い上がり、猛烈な砂嵐が発生していた。その中には大量の放射性物質が含まれていて、大気中に妖しい光を放っている場所もある。遠くから見るソレは、ぼんやりとした青い炎で砂漠を覆っているかのように見える。放射線の影響で大気は不自然に揺らめき、幻想的でありながら恐ろしい景色をつくり出している。
荒涼とした大地は乾きひび割れていて、流れる砂の層は不安定で、吹き荒ぶ風で舞い上がって視界を遮っている。見渡す限り生命の気配は感じられず、亡者の叫び声のような風の音だけが聞こえる。放射性物質の
流砂の影響で砂漠の景色は絶えず変化している。その所為なのか、この場所は行商人たちの交易路からも遠く離れている。しかし汚染物質の影響がなくても、人々はこの場所に近づくことを
それでも時折、汚染地帯の外縁部に漂う霧のなかに入り込み、気がつくと汚染地帯に迷い込んでしまう商人もいるという。そして残念なことに、その多くは過酷な環境に対応できず、生きて出ることはできなかった。
その濃緑色の色彩が混じり合う濃霧を眺めていると、何か巨大な生物の影が動いているのが見えた。汚染地帯の中心部で吹き荒れる砂嵐を避けるように、ゆっくりとした足取りだったが、霧の中を進んでいるのが確認できた。
ぼんやりと浮かび上がるそのシルエットは、悪夢から抜け出してきたかのような存在感を放っていた。生物が動くたびに足元がわずかに揺れ、その圧倒的な重量を感じさせた。全天周囲モニターを操作して拡大表示すると、巨大なツノを持つクジラのような異形の生物だったことが分かる。
翼竜に似た無数の化け物にまとわりつかれた生物の全長は、四十メートルを優に超えているだろうか。六本の脚が大地を踏みしめるたびに、地面に深い足跡を残していく。その脚は〈大樹の森〉の巨木のように太く、力強く、どんな障害物も難なく乗り越えて進むように見えた。
さらに奇妙なことに、その巨体からは無数の触手のような器官が生えていて、霧の中で不気味に揺れ動いているのが見えた。触手は時折、まるで意思を持っているかのように動き、すぐ近くを飛んでいた翼竜を捕まえていた。ただの手慰みだったのか、それとも捕食のための行動なのかは判断できなかった。
その生物の体表は、何ものも寄せ付けない硬質な外殻で覆われているように見えたが、苔生したように濃緑に変色し、ところどころに深い傷跡が見える。両肩から突き出した巨大なツノは、おそらく威嚇にも防御にも使われるのだろう。霧の中でそのツノが揺れ動く様子は恐ろしかったが、ある種の好奇心を抱かせた。
この生物が動くたびに、低い唸り声のような音が響き渡り、大地が悲鳴を上げているかのように振動した。汚染地帯の霧の中で、その巨大な影は一層不気味さを増しながら、ゆっくりと進んでいく。目的地があるのか、それともただ彷徨っているだけなのか判断がつかない。しかし、その圧倒的な存在感からは目を離すことができなかった。
しばらくすると、巨大な生物の影も霧の中に消え、その周囲で騒がしく飛び交っていた翼竜たちの姿も見えなくなった。つかの間の静寂が訪れ、風に吹かれて流れていく砂の音だけが聞こえるようになる。
搭乗員用ハッチから外に出る。乾燥した風が頬を打ちつけ、砂粒が鼻や口の中に入る嫌な感じがした。すぐに〈ハガネ〉のマスクを装着すると、拡張現実で表示されていた放射線量の数値を確認する。
数値は安定しているが汚染地帯の近くにいるので、つねに警戒が必要だった。細かく数値をチェックし、放射線の影響がないことを念入りに確認していく。
「カグヤ、付近一帯の状況について教えてくれ」
『了解、すぐに情報を共有するね』
付近に敵対的な生物がいないかを確認するため、砂漠地帯の上空を飛行する戦術偵察機から受信している情報に目を通す。
意識するだけで必要としている情報が次々と表示され、スクロールされていく。偵察ドローンのカメラが捉えた高解像度の映像や各種センサーの情報が詳細に表示されていく。都合のいいことに、今は汚染地帯で吹き荒ぶ砂嵐が最も激しくなる時間帯だったので、多くの生物はこの辺りを避けているようだった。
砂漠の上空を飛ぶ戦術偵察機は、流線型のボディにカメラとセンサーを多数搭載し、まるでハヤブサのように滑らかに飛行する中型の機体だった。ホバリング機能も備えていて、必要な時には上空で静止し、対象の詳細な監視が可能になっていた。高度な〈環境追従型迷彩〉技術も備えていて、周囲に存在を察知されることなく情報収集を行うことができた。
受信するいくつかの映像には、砂嵐の中にぼんやりと浮かび上がる旧文明の建物の残骸が映し出されている。高層建築物の骨組みが砂に半ば埋もれていた。その残骸の間を吹き抜ける砂嵐は帯電した砂粒と放射性物質を巻き上げて、大気を淡い青みがかった色合いに染め、この場所が人間にとって危険な場所であることを改めて認識させる。
カグヤは偵察機から受信する情報を素早く精査し、敵対的な生物がいないことを再確認してくれた。AIエージェントに任せてもいい仕事だったが、自分で確認しなければ納得できないようだった。
ハクがやって来るのを待つ間、近くに落下していた翼竜めいた化け物の死骸を調べることにした。あの化け物が砂漠に生息する動物にとって、どれほどの脅威になっているのか調べる必要があったが、空を自由に飛ぶ生物を捕らえることは困難だった。
地面に横たわる巨大な死骸に近づく。辺りには腐臭が漂っているのかもしれないが、〈ハガネ〉のマスクのおかげで嫌な臭いは感じられない。その死骸にはすでに多くの腐食性昆虫が群がっていた。
砂漠地帯の掃除屋でもある黒光りする甲虫は、素早く、そして効率的に死骸を処理していく。昆虫たちは艶のある外骨格を日の光に反射させながら、鋭い顎で肉を切り裂いていた。ひとつひとつは小さくても、その数は膨大で、見る見るうちに骨が露出していく。
落下のさいに千切れていた翼の近くにしゃがみ込んで、注意深く骨格を観察していると、ハクがやってくるのが見えた。
濃霧の中からふらりと姿を見せたハクは、危険な場所にいたとは思えないほど元気で、上機嫌でトコトコと歩いてくる。その背には、すっかりお馴染みになった昆虫種族のジュジュが座っている。
姉との再会に興奮さめやらない様子のハクだったが、すぐに輸送機に乗せるわけにはいかなかった。真っ白でフサフサの体毛には大量の砂が付着し、飴色に変化していた。その砂に汚染物質が混じっていることは間違いなかった。
輸送機のコンテナが開くと、低レベルの放射性物質を除去するためのレーザーを搭載した無数の小型ドローンが飛び出してくる。ドローンは球体型のシンプルな機体で、小さな回転翼を利用して滑るように飛んでくる。
そのドローンはハクたちを取り囲むように飛び交いながら不可視のレーザーを照射していく。ハクとジュジュの体毛を撫でるようにレーザーが走り、付着した汚染物質を次々と除去していく。しかしレーザー除染だけでは不十分な箇所もあった。
するとテンタシオンが輸送機のコンテナからやってくるのが見えた。その手には高圧洗浄機の長いホースが握られていた。ハクはこれから何が起きるのか察して逃げ出そうとしたが、テンタシオンのために改造された専用機体が気になるのか、その場にとどまってしまう。
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