第804話 飛翔生物の群れ
砂漠地帯の上空を飛行していると、ふと視界の端に異様な動きがあった。遠くに群れをなして接近してくる影が見える。ソレは翼竜に似た生物、あるいは汚染地帯で変異を繰り返してきた化け物だった。化学物質や放射線が彼らの本質をねじ曲げ、より凶暴に、そして生きるために手段を選ばない獰猛な生物に変えてしまったのだろう。
接近してくるそれらの化け物は、約七千万年前に地球に生息していた翼竜〈ケツァルコアトルス〉に似た特徴を持つ飛翔生物の変異体だったが、〈データベース〉で確認できる翼竜の再現図とは異なる姿をしていた。
異様に長い首は、まるでヘビのように不気味なほど滑らかに動き、コウモリの皮膜を思わせる巨大な翼を持っていた。
システムが生物の接近に反応して警戒モードに移行すると、コクピット内に設置された赤い非常灯が点滅するのが見えた。
「カグヤ、あれが報告にあった翼竜の群れか?」
『そうみたいだね』すぐに彼女の声が内耳に聞こえる。
『記録されていた生物の特徴と完全に一致してる』
墜落現場で回収され、再加工された資材の多くは
機械人形の部隊によって警護されているため、これまで大きな被害は出ていなかったが、それでも車両やコンテナが破壊される事件は度々起きていた。
それらの飛翔生物は異様に発達した長い脚を持ち、遠目からでも凶悪な鉤爪を見ることができた。かれらはその鉤爪を使って獲物を
その突起物は、それぞれの個体で異なる色合いを持っている。赤、青、黄色といった派手な色彩が、彼らの凶暴さを際立たせていた。大きな翼を広げ、鋭い視線をこちらに向けるその姿は、汚染地帯が生み出した最も恐ろしい空の捕食者と言ってもいいだろう。
「数が多すぎる!」コクピットシートに座っていたペパーミントは眉を寄せたあと、操縦桿を握り直した。「高度を上げてみる。どこまでついてこられるのか分からないけど、私たちから関心を逸らすことができるかもしれない」
コクピット内に聞こえていた微かなエンジン音が微妙に変わるのが分かった。エンジンは重力場を利用しているので、それほど騒音を立てることはないが、翼竜たちの敏感な感覚器官には、不快な音として聞こえていたのかもしれない。
輸送機は高度を上げながら翼竜じみた化け物の群れから距離を取るが、それでもなお、化け物は我々の追跡を諦める気配はなさそうだった。
必死に振り切ろうとするが、化け物は翼を大きく広げ、上昇気流を捉えながら執拗に追いかけてくる。長い首をヘビのようにしならせ、巨大な影が背後から迫ってくる。どうやら彼女の思惑通りにはいかなかったようだ。ペパーミントは舌打ちをしてみせると、兵器のシステムを立ち上げていく。
「バルカン砲を使う」
迎撃システムは化け物の接近に即座に反応して、機体の側面からバルカン砲を展開し、翼竜の群れに砲口を向ける。
『ロックオン完了』カグヤの声が聞こえる。
『すぐに攻撃を開始する』
そして轟音と共にバルカン砲が火を噴いた。弾丸が空を引き裂きながら化け物に向かって飛んでいく。翼竜じみた生物は、その恐ろしい反射神経と飛行技術で弾幕を避けながら、さらに接近してくる。何体かは翼に被弾して甲高い悲鳴を上げながら墜落していくが、多くの化け物は巧みに弾丸を避け、さらに距離を詰めてくる。
「もっと速度を!」
ペパーミントはAIエージェントの操縦補助システムを使いながら、化け物の突進を間一髪のところで避けていく。
輸送機が急激に加速し、全天周囲モニターから見える景色が目まぐるしく変化していく。しかし翼竜の執拗な追撃は止まらない。かれらは狩りの本能に突き動かされ、獲物を逃がすまいと猛追してくる。視界の端で翼竜の一体が鋭い鉤爪を伸ばし、輸送機に襲いかかろうとしているのが見えた。
ペパーミントは咄嗟に反応して操縦桿を引くと、輸送機は急上昇する。化け物は反応が遅れ、鉤爪は虚空を掴む。しかし安心している余裕はないだろう。すぐに別の化け物が迫ってきているのが見えた。かれらの連携は見事なもので、まるでひとつの意思を持っているかのように狩りを行っている。
「バルカン砲の準備を!」
『了解しました』AIエージェントの合成音声が聞こえる。
『再装填中……完了、標的を捕捉しました』
バルカン砲が再び火を噴き、数百発の弾丸が翼竜の群れを貫いていく。しかし数が減る気配を見られない。どこからともなく次々とあらわれる巨体に、恐怖と焦燥が募る。
コクピット内に警告音が鳴り響いたのは、ちょうどその時だった。遠くに日の光を反射する機体が見えた。どうやら戦術偵察機が近くを飛行していたようだ。砂漠地帯を巡回飛行している無数のドローンが、我々を支援するために接近してくるのが見えた。そのすべてが徘徊型の自爆兵器だった。
ドローンの大群が空を切り裂きながら接近する。三日月形の小型機は、簡易的な重力場を利用しているのか、ローターなどの機構は一切見当たらない。一見するとブーメランのようにシンプル機体だが、その動きには無駄がない。群体を維持しながら接近する機体は、あるいは群れで狩りをする生き物のように見えたかもしれない。
そのドローンが翼竜に向かって突進する。次の瞬間、衝突と同時に爆発が起こる。轟音が響きわたり、砂漠の上空で閃光が走る。そし化け物の一体が空中で爆散し、グロテスクな残骸が砂漠に降り注ぐ。
けたたましい炸裂音に翼竜たちは一瞬怯むが、まだ状況が理解できないのか、輸送機の追跡を諦めようとしない。化け物は長い首を振りながら、甲高い鳴き声を上げながら接近してくる。しかしドローンの攻撃からは逃れられなかった。徘徊型兵器はターゲットを一度捉えると、標的を無力化するまで追尾し続ける。
ドローンが次々と化け物の群れに突進し、爆発を繰り返していく。やがて状況を理解し始めた翼竜たちが必死に逃げようとするが、その努力は無駄に終わる。今度はドローンが執拗に追尾する番だった。かれらに逃げ道はない。爆発の連鎖が続き、次々と化け物が空中で爆散していく。
三日月形のドローンは高速で接近し、標的をロックオンしていく。その動きは狩りを楽しむ残忍な生物のようだ。化け物の最後の一体がドローンに追い詰められ、衝突と同時に爆散するのが見えた。
その徘徊型兵器の群れは、徐々にシステムが復旧していた戦闘艦の設備によって製造されていた。まだ万全の状態ではなかったが、ドローンの製造ラインは稼働中で、必要な資材さえあればドローンを製造し続けることができた。
そしてその資材は、浄水施設の墜落現場と〈第七区画・資源回収場〉から、ほぼ無限に調達することができたので、資材が尽きることを心配する必要がなかった。
翼竜にも似た飛翔生物の撃退を確認すると、輸送機は旋回しながら徐々に高度を落とし始めた。我々は濃霧に包まれた汚染地帯のすぐ近くにいた。
上空から見下ろすと、濃霧はまるで濁った海のように大地に広がっていた。その中で時折、青白い閃光が走るのが見えた。何が原因で光っているのかは誰にも分からない。ただひとつ言えるのは、その光景が不気味で、そして恐ろしく危険な場所だったということだ。
濃霧の中で砂嵐が吹き荒れ、砂の粒子が舞い上がり、濃緑色の霧に混じって渦を巻くのが見えた。その霧の中に、砂に埋もれた高層建築物の残骸が見え隠れしている。それらの建物はかつての文明の名残だったが、今はただの廃墟に変わり果てていた。
輸送機はゆっくりと高度を下げながら、汚染地帯の縁に向かって進む。この場所で我々は、姉妹と会っていたハクと合流する予定になっていた。
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