第803話 墜落現場〈浄水施設〉
輸送機の兵員輸送型コンテナから地上を見下ろしていると、砂漠の荒涼とした風景がどこまでも広がっているのが見えた。太陽が砂丘に長い影を落とし、熱波が大地を揺らめかせる。その先には、かつて栄華を誇った旧文明の遺物が、朽ち果てた死骸のように砂漠に横たわっていた。
目を凝らすと、遠くに見えるのは墜落した巨大な浄水施設の残骸だった。旧文明の驚異的な技術によって人々に生命の源を提供していたその構造物は、今では無惨に崩れ、砂に半ば埋もれている。崩壊した構造物の一部が天を突き刺す塔のように立っていて、周囲には巨大な瓦礫と無数の金属片が散乱している。
その残骸の周囲では、作業用ドロイドたちが忙しく動き回っているのが見えた。金属光沢を帯びた装甲が太陽の光を反射しながら、効率性を重視した規則的な動きを見せていた。その姿からは、ある種の昆虫のような勤勉さすら感じられる。
我々は浄水施設の墜落現場で稼働する設備や機械人形の状態を確認するため、砂漠の上空を飛んでいた。
さらに近づくと、残骸の周囲に高い防壁が築かれているのが見えてくる。ソレは墜落現場を外界から遮断するかのように、堅固に立ち塞がっていた。その内側では、さらに多くの機械人形たちが作業に従事していた。かれらは崩れた浄水施設から資材を回収し、それを整理し、再利用可能な状態に戻すために働いている。
それらの機械人形のそばでは、複数のアームを持つ重機が稼働している。その車体は砂漠の厳しい環境に耐えられるように改良されていて、アームの関節部や重要な機構が剥き出しにならないように保護カバーで覆われていた。脚部には無数の脚だけでなく
アームの先端には多機能アタッチメントが取り付けられていて、マニピュレーターやレーザーカッター、さらには強力なグラップルが瞬時に切り替えられる仕組みになっていた。
その重機の周囲では、複数の脚で動き回る
作業区画の上空に接近すると、小型で機動性に優れたドローンが飛び交っている様子が見られた。かれらは空中から状況を整理し、他の重機や機械人形に必要な指示を伝える役割を果たしている。ドローンには高解像度のカメラやセンサーが搭載されていて、崩れた構造物の中に埋もれている貴重な資材を迅速に見つけ出すことができた。
機械人形の群れは連携し、無駄のない動きで作業を進めていた。巨大なアームが浄水施設の壁面パネルを
無数の脚で不安定な瓦礫の上を歩き回り、回収した資材を次々と運搬していく様子は見ていて飽きない。背中に積み込まれた金属片や配管は、素材を処理するための場所に届けられ、そこでさらに細かく分解されるのだろう。
墜落現場で行われる作業の多くは、人工知能によって完全に自動化されていて、まるで見えない指揮者によって操られているかのようだった。各機械人形が各々の役割を完璧に理解し、他の機体と連携して動く。その精密さと効率性を見ていると、旧文明の人々がいかにしてあれだけの大都市を築けたのか理解できるような気がした。
しかし視線を動かすと、周囲には見渡す限り生命の気配が感じられない砂漠が広がっている。そこにあるのは無機質な鉄と砂の世界。そして、その中で黙々と働く機械たちの姿だ。かつて人々の生活を支えた浄水施設が解体されていく様は、どこか物悲しさすら感じさせた。
輸送機は徐々に高度を下げながら、墜落現場の上空でゆるやかに旋回していく。砂漠の荒涼とした風景が眼下に広がり、巨大な浄水施設の残骸が解体されていく様子が詳細に確認できた。
輸送機は着陸態勢に入るが、エンジン音はほとんど聞こえなかった。重力場を利用したエンジンは我々にとって未知の技術だったが、旧文明期以前のジェットエンジンとは異なり、轟音を立てることなく安定して動作してくれていた。
高度が下がるにつれて、機体の下に広がる砂の海が近づいてくる。やがて輸送機は離着陸場の上空で降下を開始する。離着陸場はホログラム投影機が設置された円形プラットフォームで、周囲には砂よけの壁が設けられている。
垂直離着陸が可能な輸送機はエンジンを回転させ、静止するように一旦空中に留まる。エンジンがほぼ垂直に固定されると、機体はゆっくりと降下していく。ホログラムの誘導灯が空中に投影されるなか、輸送機は滑らかな動きでプラットフォームに接近していく。
しかしどれほど優れたエンジンを搭載していようと、砂漠の砂は敏感に反応する。機体がプラットフォームに近づくにつれて、その下から大量の砂塵が舞い上がり始める。細かな砂粒が渦を巻き、まるで踊るように空中に舞い上がる。機体の動きに合わせて砂煙が形成され、周囲の景色が霞んでいく。
そのなかに輸送機は静かに着地する。機体が完全に停止すると、微かなエンジン音も聞こえなくなり、舞い上がっていた砂も次第に落ち着きを取り戻す。後部ハッチに展開されていたシールドの膜が消えると、乾いた砂漠の風が頬を撫でていくのが感じられた。コンテナから一歩踏み出すと、足元の砂が微かに鳴る。
離着陸場の周囲に立ち込めていた砂が風に運ばれていくのを見ていると、一体の機械人形がこちらに近づいてくるのが見えた。黄色と黒の縞模様で塗装されたその作業用ドロイドは、蛇腹形状のゴムチューブで保護された短い二本の足で砂の上を歩いてくる。動きはゆっくりとしていたが、機能性を重視した機械の美しさが感じられた。
その作業用ドロイドの角張った胴体に、赤い文字で〈安全第一〉の標語が書かれているのが見えた。その文字は色褪せず、強い日差しの下でもハッキリと確認できた。飴色の砂にまみれた景色の中で、その鮮やかな赤が異様に際立っていた。
機械人形の接近に反応してテンタシオンが前に出る。その動きは慎重で、本体のカメラアイが微かな光を放ちながら周囲をスキャンしているのが分かる。たとえ拠点の中にいようと、どんな些細な異変も見逃さないように警戒していることが分かる。
しかし作業用ドロイドに敵意はなく、我々の前で静かに立ち止まった。かれは機械の
『お待ち、シテ、おりました。コチラへ、どうぞ。管理室、マデ、ご案内、シマス』
我々は機械人形に案内されながら作業区画に足を踏み入れる。高く積まれた鉄屑の山の向こうに、浄水施設の巨大な残骸が見える。そこでは多くの機械人形が忙しく動き回り、煙を立て、オイルを撒き散らしながら資材を回収している。重機の巨大なアームが残骸を持ち上げ、大きな騒音を立てながら分解し、効率よく整理していく光景は圧巻だった。
さらに遠くに視線を向けると、空を覆い尽くすほどの砂嵐が作業拠点に迫ってきているのが見えたが、今は慌てることなく、作業区画の監督官だと思われる機械人形のあとについていく。
作業区画内に用意された建物は無骨で飾り気のない外観で、砂漠の風景に溶け込むような、四角い箱のようなシンプルなデザインになっていた。それでも砂漠の過酷な環境に耐えられるように設計されていることが分かる。
高さ数百メートルを優に超える砂嵐で倒壊しないように、外壁は強化複合材で覆われ、出入り口には砂の浸入を防ぐためシールドの薄膜が展開されるようになっていた。建物の屋上には無数のセンサーが設置されていて、環境の変化を即座に検知して対応できるようになっていた。
地上部分は機械人形の格納倉庫として機能していたが、地下にはシェルターの役割を備えた広大な空間が存在し、緊急時に避難するための充分なスペースが確保されていた。砂漠の極限環境において、人間が生き延びるための避難所にもなっている。
作業区画の設備を制御する管理室も地下に設置されていた。そこでは中央制御システムによって、墜落現場で作業するすべての機械人形が管理されていた。砂嵐が過ぎ去るまでの間、ペパーミントはシステムに接続して重機の状態やメンテナンスが必要な機械人形の情報を確認していく。
この現場から入手する資材は、戦闘艦の修理にも利用されていたので、各設備に異常がないか慎重に調べていく必要があった。ここでの作業が終われば、いよいよ戦闘艦が修理されている現場に向かうことになる。
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