第801話 砂漠
速度が出ているからなのか、砂漠を疾走する
全天周囲モニターには、廃墟の街では見られない広大な砂漠の風景が映し出されている。見渡す限りの砂丘は、黄金色に輝く波のようにどこまでも連なっている。太陽が砂丘に影を落とし、光と影が織り成す模様が視界に広がる。はるか遠くの空は青く澄み切っていて、地平線がぼんやりと揺らめいている。
コンソールパネルには現在地と、カグヤが遠隔操縦する輸送機との
ちなみにテンタシオンが操る
車体中心に設置された複座型コクピットの内部に、テンタシオンのための空間が用意されていた。急造された装置だったので、ケーブルやら回路基板が剥き出しになっていたが、問題なく動作していた。ドローンがそこにぴったり嵌り込んでいる様子は、まるで土の中から顔を出すモグラのようでもあった。
コクピットのモニターには、テンタシオンの視覚情報や各種センサーが取得しているデータがリアルタイムに表示されていた。それは車両の外部カメラと連動していて、砂漠の景色がより鮮明に表示されていた。砂丘を転がっていく小さな甲虫の動きすら詳細に捉えられるほどだった。
AIエージェントに操縦を支援させることは一般的だったが、テンタシオンの機体が車体に接続されたことで、車両の性能そのものを大幅に向上させることが期待できた。高度なセンサーが周囲の地形や環境データを解析し、車両の動きを最適化してくれるので、コクピットシートに座っているだけで良かった。
そのコクピットの前席にはペパーミントが座っていた。彼女は薄汚れたツナギから、身体の線がハッキリと出る黒い半透明のピッチリしたスキンスーツに着替えていた。もちろんソレはただの衣装ではなく、戦闘のための高度な装備だった。
スーツには体温調整や身体機能を向上させるアシスト機能を備えているだけでなく、ナノ技術による特別な素材で構成されていて軽量かつ多機能な保護服になっていた。スーツ全体に組み込まれたセンサーによって生体情報がモニタリングされているので、筋肉や身体の動きを的確に補助できる仕組みになっていた。
彼女はそのスキンスーツの上に戦闘服を重ね着していた。デジタル迷彩の戦闘服にもナノファイバー素材が使用されていて、外部の脅威から守るだけでなく、過酷な環境でも動けるようになっていた。
チェストリグには複数のポケットが配置され、様々なツールや弾倉を効率よく収納できるようになっていた。全体的なデザインは実用性と機能美を兼ね備えたものであり、彼女の動きを一切妨げることはなかった。
艶のある黒髪がコクピット内の柔らかな光に浮かび上がる。青い瞳はモニターに映し出される情報を正確に捉え、つねに警戒していることが分かる。彼女の緊張感がこちらにまで伝わってくるようだった。
「目的地までの距離は?」
彼女はそう言うと、振り返って青い眸で私を見つめる。
「あと少しだと思う」
曖昧な返事をすると、彼女は眉を寄せて不満げに私を見つめたあと、ふたたびモニターに視線を戻した。
「輸送機が迎えに来る予定になっていたんだから、あそこで大人しく待っていればよかったのに」と彼女はつぶやく。周囲の地形データと我々の移動経路が表示されていたモニターに集中していたが、その声には少しばかりの苛立ちが含まれているように感じられた。
彼女の言葉に肩をすくめ、軽く息を吐いた。
「行商人たちが利用する交易路で数人の略奪者が捕まった。彼らの様子が見たかったんだ」
砂漠地帯の交易路は我々が派遣している機械人形と、鳥籠〈
ペパーミントは何かを考えるようにモニターをじっと見つめる。
「あの〈インシの民〉とかいう昆虫種族と関わり合うことは、ひかえめに言っても、最悪な結果しかもたらさない。どれほど言葉を交わそうと、かれらは人類とは相容れない種族だし、危険な存在に変わりない」
「ああ、分かっているさ。でも、かれらが捕虜をどう扱うのか興味があるんだ。この目で確かめないと気が済まないくらいに」
「レイのそういうところ、嫌いじゃない」と、彼女は素っ気無い声で言う。「というより、慣れてしまっただけなのかもしれない。ところで、その略奪者たちはどうやって捕まったの?」
「機械人形が交易路を巡回警備しているときに、略奪者たちが〈インシの民〉に襲われているところを偶然見つけた。部隊に同行していた〈紅蓮〉の警備隊によると、略奪者たちは抵抗する暇もなく捕らえられたらしい」
モニターには略奪者たちが捕らえられた地点が赤色の印で表示されていた。彼女はそれを見ながら首をかしげる。
「昆虫種族に問答無用で襲われたってことは、許可もなく砂漠に侵入した略奪者ってことになるのかな?」
「おそらく儀式を行うために生きたまま捕らえたんだろう」
「儀式って、あの野蛮な決闘のことでしょ?」
「そうだ。砂漠地帯で生きていく資格があるのか、かれらの戦士を使って試される」
「それなら、略奪者たちは生き残れないわね」
「かもしれない」
砂丘から視線を外して飴色の大地に目を向けると、奇岩が立ち並ぶ不思議な光景が目についた。風と砂によって形作られた無数の奇岩は、まるで生き物のような姿をしている。あるものは巨大なキノコのように傘を広げ、砂の上に大きな影を落としている。風がその下を吹き抜けると、涼しげな陰影が浮かび上がる。
奇岩の間を進んでいると、その環境に順応した小さな甲虫たちが目に入る。それは日の光を反射する金属光沢を帯びた外骨格を持ち、砂の上を忙しなく動き回っている。その甲虫たちはまるで小さな機械のように、規則的な動きを繰り返していた。
岩肌には見慣れないトカゲが張り付いている。かれらは長い尾をくねらせ、素早い動きで岩陰から岩陰へと移動していた。体表は砂の色と見事に同化していて、捕食者から身を守るために擬態していることが分かる。過酷な環境の中で生きるために独自の進化を遂げてきたのだろう。
遠くに見える奇岩を拡大表示すると、それらの奇岩の輪郭が赤色の線で縁取られていく。それはかつて、この地に
細かい砂を含む砂漠の風が吹き荒れているが、コクピット内の空調システムがそれを遮ってくれている。外は灼熱の太陽が照りつけているはずだが、コクピット内は快適だ。シートの背もたれに深く沈み込みながら、〈インシの民〉について考える。
ナビゲーションシステムが次のチェックポイントを知らせてくる。目的地まではまだ距離があるが、砂漠の風景が単調になることはない。
つねに変化し続ける自然の美しさに目を奪われながら、我々は荒野を進み続ける。砂丘を越え、奇岩を避け、砂漠の中心に向かう。それは旧文明期以前の古き良き冒険小説のように、終わりの見えない旅のようだった。
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