第800話 サバイバルガイド


 天幕のなかを見回すと、見慣れない装置に囲まれながら作業しているペパーミントの姿が目に入った。何やら奇妙な形状の装置を注意深く調べているようだ。彼女の手元を確認すると、異星生物の死骸から回収したと思われる端末を解析していることが分かった。


「よかった、ちょうどいいところに来てくれた」

 彼女はそう言うと、微笑みを浮かべながら手を振ってくれた。しかし作業に集中していたからなのか、彼女の言葉はどこかぎこちない。


 ペパーミントの容姿は一言で言えば完璧だった。黒髪はまるで絹糸のように滑らかで、青い眸は冷静さと知性を秘めていて、その怜悧な視線は物事の本質を見抜くかのように鋭い。〈人造人間〉特有の驚くほど整った顔立ちは、一見すると非人間的で冷たく感じられるかもしれないが、彼女が情に厚いことは誰もが知っていた。


 けれどペパーミントが身につけていた服装は、その美貌とは対照的だった。野暮ったいフード付きツナギを身にまとい、オイルで汚れたゴム手袋をボロボロだ。ツナギの袖口や裾には作業のあとが見え、汚れや油染みがついている。顔には疲れたような表情が浮かんでいて、長時間の労働と緊張のあとが見てとれた。


「今日も忙しそうだな」

 その言葉に彼女は肩をすくめると、データパッドを手にやってくる。


「砂に埋もれていた興味深い装置を見つけて、気がついたら夢中になって調べていたみたい。それより、テンタシオンの機体を調べさせてもらうね」


 彼女は端末から伸ばしたフラットケーブルを球体状の本体に挿しこんだあと、データパッドの画面を見ながら眉を寄せる。


「なにか問題があるのか?」

「これを見て」


 端末からホロスクリーンが浮かび上がると、機体の詳細な情報が表示される。センサーやシステムのステータスがリアルタイムで更新され、異常があればすぐに警告が表示される仕組みになっているようだった。機体そのものに異常は見られなかったが、胴体下部に搭載した兵器が赤色に点滅しているのが確認できた。


「エネルギーの出力に問題があるみたい……超小型化された発電装置がエラーを吐いてる。調整のために少し時間をちょうだい」


 彼女はそう言うと、すぐとなりの天幕に案内してくれた。そこには旧文明期の装置が所狭しと並べられていた。どれも異なる形状と用途を持ち、見た目だけではその正体を掴(つか)むことはできない。


 まず目についたのは無骨な金属製の四角い箱だ。金属光沢を放つ銀色の箱の表面には傷ひとつなく、スイッチや計器の類は確認できない。


「これはエネルギー変換装置の一部よ。内部には超高密度のバッテリーパックが収納されているの。旧文明の技術は難解で今も解明されていないモノが多いけれど、この驚異的なバッテリーは今も動いている」


 つぎに目を引いたのは、まるで触手のように無数のケーブルが絡み合う装置だった。彼女はそのケーブルを手に取る。


「これはデータリンクマシンの一部だよ。膨大な情報をやり取りするために使われていたみたい。今でも使えるみたいだから、調査や情報収集に活用できるかもしれない」


 そして、アナログの計器に埋もれた古めかしい装置が目につく。

「これは……残念だけど、何に使うか分からないわ」

 針が刻々と動いてメーターが不規則に振れるその様子は、古き良き時代の名残を感じさせたが、彼女にも理解できない種類の装置のようだ。


 ペパーミントはその中から目的の装置を選び、テンタシオンの機体に接続するためのケーブルを手際よく取り出した。その太いケーブルは、高出力のエネルギーに耐えられるようにナノ素材を用いた丈夫な保護カバーに覆われていた。ケーブルを機械人形(ラプトル)の接続ポートに挿し込み、データパッドを操作し始めた。


「すぐに終わるから、大人しくしていてね」

 彼女の言葉にテンタシオンはビープ音を鳴らして反応する。


 それからペパーミントはデータパッドの画面を睨みながら、手際よくシステムにアクセスし、ビーム砲の調整を始めた。長い指がタッチスクリーンの上で滑らかに動くと、ホロスクリーンが浮かび上がり、複雑なコードが流れていく。無数のデータラインが絡み合いながら流れていく様子は、まるでデジタルの雨降りを見ているようだった。


 それは数字とアルファベットの羅列に過ぎなかったが、ペパーミントには異なる光景が見えているのだろう。彼女の目には異常を示す数値がハッキリと見えているようだった。コードの中から問題になる箇所を見つけ出し、的確に修正していく。


 テンタシオンのビーム砲は荷電粒子を利用する精密な兵器で、その調整には高度な技術と知識が必要だった。通常なら、AIエージェントの支援が欠かせないが、彼女には必要ないようだった。画面上の数値を調整し、パラメータを微調整していく。機体の発電装置もそれに応じて、わずかに振動しながら最適な状態に移行していく。


「これで大丈夫なはず」

 彼女はそう言いながら最後の確認を行う。システムの更新に時間がかかるが、これで問題なく兵器が利用できるようになる。


 システムの更新を待っている間、彼女は半透明のケースに入った〈クリスタル・チップ〉を作業台に置いた。


「これは?」

「約束していた〈サバイバルガイド〉よ」


 どうやらそのデータチップには、廃墟に埋もれた街で徘徊する人擬きに対処するための情報が書き込まれているようだった。


「人擬きを無力化する方法や、変異体の棲み処になっている危険な廃墟の見分け方、それに探索のさいに注意が必要な情報も確認できる。拠点の近くにある避難所の位置も調べられるから、もしものときに巡回警備してる機械人形に助けてもらうこともできる。もちろん、汚染地帯に関する情報も共有してるから、危険な地区に迷い込むこともなくなる」


 拠点にいる子どもたちにも興味を持ってもらえるように、人工知能が製作したアニメーションを使った説明も行われているので、日本語が読めなくても理解できるようになっていた。ちなみに、そのアニメに登場するのはハクと双子の兄妹を可愛らしくデフォルメしたキャラクターだった。


 双子の兄妹は〈大樹の森〉からやってきたシオンとシュナがモデルになっていて、ふたりはアニメの製作も手伝ってくれていた。〈森の民〉でもあり、読み書きを習い始めたばかりの幼い兄妹でも理解できるように作られているので、拠点にいる幼い子どもたちも問題なく受け入れてくれるだろう。


「ありがとう、助かるよ」

 彼女に感謝したあと半透明のケースを手に取った。その小さなケースの表面にはセンサーが埋め込まれていて、持ち主の生体認証を行う仕組みになっている。接触接続を行うと、ケースが開いてチップが露わになる。


「地下施設の管理端末にインストールするだけで、子どもたちに提供されている情報端末に必要なデータが転送される仕組みになってるから、操作は難しくないわ」


 管理端末は拠点全体を制御する中枢であり、厳重なセキュリティによって我々の情報が保護されている。彼女が用意してくれた〈クリスタル・チップ〉には、専用の暗号化プロトコルが組み込まれていて、端末に挿入するだけで自動的にデータが解凍され、配布されるようになっていた。それはシンプルだが非常に効果的な仕組みだった。


「このガイドがあれば、子どもたちも危険を冒さずに探索できるようになると思う」

 ペパーミントの言葉にうなずいたあと、あらためて感謝の言葉を伝えた。彼女は得意げな笑みを見せたあと、ふと思い出したように作業台にのせていたハンドガンを手に取る。


 それは〈スティールガン〉と呼ばれる鋼鉄の弾丸を撃ち出す兵器で、鳥籠〈スイジン〉のショップで彼女が〝勝手に〟入手していた設計図と、浄水施設の地下で見つけたモノを参考に、子どもでも扱えるように製造したものだった。


 外見は従来の製品と似ていて、機能もほとんど変わらなかった。小型の発電装置に〈反転領域〉を発生させる特殊な機能を備えていて、この装置のおかげで撃ち込んだ弾丸を回収できるようになっていた。


 旧来の火薬を使わず、電磁石を媒介にした〈レールガン〉のような仕組みで弾丸を発射するが、ほぼ無音になるように調整されていて、廃墟内で使用しても敵に気づかれる心配も少ない。それに子どもでも扱えるように反動が制御されていて、その性能は侮れないものになっていた。


 彼女はそれに手を加え、標的を〝人擬き〟と〝変異体〟、それに武器を所持している大人に限定し、脅威になる対象にだけ発射できるように設定していた。


「もちろん、子どもたちがハンドガンを失くしたり奪われたりすることも考慮して、自壊装置も組み込んでおいた」


 対象を自動で識別するのは、システムにインストールされている人工知能だったので、間違いが起きることは――たとえば、子どもたちの喧嘩で使用されることはないだろう。


 ハンドガンを手に取って観察する。黒い銃身には小さな装置が組み込まれていて、グリップには生体認証に関連する極小のチップが埋め込まれている。生体認証によって使用者を特定し、許可された子どもしか操作できない仕組みになっているようだ。


「たしかにこれがあれば子どもたちも安心して探索できるようになる」

 スカベンジャー組合のモーガンと相談して、信用できる子どもたちのリストを作ってもらうことにした。レイダーギャングとつながりがなく、スカベンジャーの見習いとして一生懸命に働く子どもたちなら、護身用として有効活用してくれるだろう。


 旧文明の強力な兵器を使用させるのはリスクがあったが、子どもたちと共存していくのなら、かれらの安全についても考えなければいけない。


「そろそろシステムの更新が完了するみたい」

 彼女の言葉のあと、テンタシオンの機体が再起動する音が聞こえた。システムの更新が無事に終了し、ビーム砲の調整も無事に完了したようだ。

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