第799話 発掘現場


 機体の性能試験を兼ねて拠点周辺の安全確認を行った翌日、私はテンタシオンと共に〈砂漠地帯〉にある旧文明の発掘現場に来ていた。砂塵が舞う広大な砂漠のなか、ひときわ異彩を放つ超構造体メガストラクチャーがそびえ立っている。その巨大な構造物がつくり出す日陰のなかで発掘調査が行われていた。


 砂に半ば埋もれたトタンの小屋や古びた掘削機械、物資倉庫として使われる輸送コンテナが点在していて、人煙があちこちで立ち昇っているのが見えた。労働者たちは朝の冷え込んだ空気のなかで白い息を吐いて、砂漠の厳しい環境に適応した服装を身にまといながら黙々と作業に打ち込んでいた。


 発掘現場に向かって歩き出すと、黄色と黒の縞模様で塗装された作業用ドロイドが目に入る。蛇腹形状のゴムチューブで保護されたアームを伸ばし、労働者たちの作業を手伝っている。短い二本の足で器用に砂の上を移動する機械人形は疲れを知らず、厳しい環境のなかでも大きな助けになっていた。


 テンタシオンは機械人形たちの働きに満足しているのか、しきりにビープ音を鳴らして作業用ドロイドたちを鼓舞していた。


 砂漠の乾いた風が吹き抜け、小屋のトタンが微かに揺れる音が聞こえる。発掘現場では日夜多くの機械が動作していてノイズが絶えなかったが、その中にも奇妙な静けさに包まれた空間が存在している。そういう得体の知れない場所に出ると、テンタシオンは足を止めて、センサーを使いながら周辺一帯に異常がないか調べていた。


 多くの場合、異常は見つけられなかったが、それでも神経質な性格のテンタシオンは警戒を怠ることがなかった。


 かれに付き合いながらゆっくり歩いていると、どこからともなく〝ライオンコガネ〟にも似た姿を持つ小さな昆虫種族がワラワラとやってくるのが見えた。〈ジュジュ〉の名で知られる種族は、幼い子どもほどの体高しかなく、こちらに向かってトテトテと小走りでやってくる姿はどこか可愛らしくもあった。


 そのフサフサした体毛が陽の光を浴びて黄金色に輝くのを見ていると、あっという間に取り囲まれてしまう。テンタシオンのことが気になっているのか、ジュジュたちはカチカチと口吻を鳴らしながら、互いに何かを相談しているようだった。


 この小さな昆虫種族は〈集合精神ハイブマインド〉によって種族全体と意識を共有していたが、それにも拘わらず、群れで会話しながら思考する性質も持ち合わせていて、とにかくおしゃべりをするのが好きだった。ガヤガヤと騒がしかったが、すでにこの発掘現場では見慣れた光景になっていて、労働者たちも気に留めることはなかった。


 テンタシオンの本体でもある球体が胴体の上でくるりと回転し、カメラアイを発光させながらジュジュたちを観察する。ジュジュは我々と共存するようになった種族でもあるため、各拠点で必ず見かけるようになっていたので、そこまで珍しい存在ではなかった。しかしこれほどの数のジュジュに囲まれたことがないので、戸惑っていたのかもしれない。


 やがて砂に半ば埋もれた発掘現場の入り口が見えてくる。その先は超構造体の地下に続く迷路のように複雑に入り組んだ通路が広がっていた。ベルトコンベアがその入り口から伸び、建物内から大量の土砂が運び出されているのも確認できた。


 そのベルトコンベアに沿って歩きながら、労働者たちが黙々と作業を続ける様子を眺める。ここでは旧文明の遺物が大量に出土していた。その多くは廃墟の街でも見つかるジャンク品や生活雑貨だったが、希少性の高い鉱物が見つかることもあった。それらの素材は機械人形や多脚車両ヴィードルの外装に使われることもあり、とても重要な資源になっていた。


 地下に向かう通路は暗く、ホコリっぽくて狭い。どんなに注意しても砂に足を取られてしまい、非常に歩きにくかった。ジュジュたちは我々のあとについてきていたが、邪魔にならないので一緒に連れていくことにした。


 カグヤの偵察ドローンに足元を照らしてもらいながら進むと、地下に続くエレベーターシャフトが視界に入る。そこには金属製の支柱に取り付けられた電動ウィンチが設置されていて、発掘した荷物を運び出すための準備が整えられていた。シャフトは暗く、どこまでも続いているように見えた。


「ジュージュ、ジッジュ!」

 小さな昆虫種族たちは、地下に行けることに興奮しているらしく、カチカチと口吻を鳴らしながら飛びまわる。そして誰に指示されることもなく、シャフトに設置されていた吊りカゴに乗り込んでいく。あっという間にカゴはぎゅうぎゅう詰めになったが、重量的には問題ないようだった。


 吊りカゴの中からジュジュたちが口吻を鳴らす音が聞こえるなか、ウィンチを作動させてカゴを動かす。地下からは絶え間なく冷たい風が吹いていて、砂漠の熱気とは対照的な冷気が漂っていた。


「さてと……」

 錆びついた梯子を見下ろしたあと、底のない暗闇に身を投じるようにしてシャフトに飛び込む。風を切る音が聞こえるなか、左腕の義手から〈グラップリングフック〉を発射し、壁に確実に引っ掛ける。


 一瞬の浮遊感に顔をしかめたあと、すぐに引っ掛けていたフックを外し、また別の方向に向かって発射する。そうして時間をかけることなくシャフトの最下層に到着する。


 テンタシオンも逆関節型の脚部を活かし、音もなく地面に降り立つ。地下の空気は冷たく、風は頬に突き刺すようだった。電動ウィンチの作動音と、カゴで降りてくるジュジュたちの興奮した鳴き声が上方から聞こえてくる。


 ジュジュたちを乗せたカゴが到着すると、我々は居住区画に向かう。微かに土砂が残る薄暗い通路を歩いて、破壊された隔壁を通り抜けて別の区画に足を踏み入れる。ここまで来ると、労働者や作業用ドロイドの姿はほとんど見られなくなる。闇と静寂が支配する空間に、砂を踏みしめる足音だけが響いていく。


 破壊された隔壁を通り抜けると、砂に埋もれた無数の死骸が散らばる広大な空間に出る。その先に〈エリア十八〉につづく隔壁が見えていた。ここでは戦闘用の機械人形が巡回警備していて、各種センサーによって厳重な警備が行われていた。


 その隔壁の近くに設営された無数の天幕から、ぼんやりとした明かりが微かに漏れているのが見えた。砂漠地帯に来たのは、ここでペパーミントと会う約束をしていたからだった。無菌テントに近づくと、低い話し声と機械のノイズ音が聞こえてくる。調査員たちによって、発掘現場で回収された遺物や異星生物の死骸の研究が行われているのだろう。


 周囲を警備する機械人形に挨拶されながら、ジャンク品や鉱物の山で埋もれた天幕に近づく。なかを覗いてみると、作業台の周囲に工具や見慣れない装置が乱雑に積み上げられているのが見えた。錆びついた小銃や奇妙な形をした機械部品、そして変異体のものと思われる骨や臓器が入った瓶が転がっている。


 すぐとなりの作業台には、〈エリア十八〉で出土した遺物が所狭しと並べられていた。古びたレーザー兵器や通信機器、複雑な形状の装飾品が無造作に置かれている。薄暗い照明がそれらの遺物を浮かび上がらせて、どこか不気味な陰影をつくり出していた。


 作業を行うための空間も設けられていて、白衣を身につけた数人の調査員が情報端末を片手に、異星生物のものと思われる兵器を慎重に調査しているのが見えた。壁際の作業台には異星生物を解剖したときに剥ぎ取っていた外殻が並べられていて、専用のドローンで詳細なデータを収集しているようだった。


 その天幕に一歩足を踏み入れると、近くで警備していた〈アサルトロイド〉が前に進み出てきた。そして申し訳なさそうにビープ音を鳴らしたあと、立ち入りを制限する警告を投影する。どうやらジュジュたちを連れて中に入ることは許されていないらしい。


 小さなジュジュたちは、すでにそれを知っていたのか、機械人形に注意されるとワラワラと駆け出していく。フサフサした体毛に包まれた小さな昆虫種族が散っていく様子は、子どもが追いかけっこをしているようでもあった。


 機械人形は「やれやれ」とビープ音を鳴らしたあと、昆虫種族のあとをゆっくり追いかける。ジュジュたちはそれを楽しんでいるようだった。

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