第798話 荷電粒子砲
ミスズが輸送機で迎えに来るまで時間に余裕があったので、テンタシオンが操る
ヨシダに声を掛けたあと、テンタシオンを連れて作業場をあとにした。教会広場は相変わらずの賑わいを見せていた。小雨のなか、買い物客がせわしなく行き交っている。傘をさす者もいれば、外套のフードを深く被っている者もいる。客の大半は行商人だが、スカベンジャーとして活動している子どもたちの姿も見られた。
機械人形による巡回警備と掃討作戦の実施によって、周辺一帯の略奪者がいなくなり、子どもたちだけでも廃墟を探索できるようになったからなのだろう。今ではスカベンジャー組合に所属するため、真面目に探索するようになった子どもたちもいる。
組合長に信頼されるようになれば、いずれ身分を証明できる〈IDカード〉が手に入れられる可能性もあるので、子どもたちは必死だった。
もちろん、組合のカードがなくても拠点から追い出すようなことはしないが、身分を証明できるものがあれば、他の〈鳥籠〉にも出入りできるようになるので将来の可能性が広がる。そのことが分かっているのだろう。
しかし我々を頼りにして拠点にやってきた子どもたち全員が、廃墟の街に出てジャンク品を回収できるわけではない。そのため、教会内に教育施設を用意していた。そこで子どもたちの適性を見極め、生きていくための知識を身につけてもらう。
平等に学ぶ機会を与えることで、優れた人材を育成するだけでなく、子どもたちの間で格差を生まないようにして無用な争いを避ける。結局のところ、我々が戦うべき相手は荒廃した世界であり、その世界に巣食う悪意だった。仲間内で足の引っ張り合いをしている余裕はない。もちろん、廃墟を棲み処にする人擬きについても学んでもらう予定だ。
やがてコンクリート壁で構成されたバリケードと、多数の機械人形よって厳重に警備されていたセキュリティゲートが見えてくる。そこは廃墟の通りに続いている唯一の出入り口だった。ドローンによるスキャンを受けていると、特殊な〈AIコア〉を搭載した小型の戦闘車両がやってくるのが見えた。
やや灰色がかった鼠色の迷彩柄に塗装されている多脚の機体は、人工島で見たミツビシ製の自律戦車〈ツチグモ〉に似ていたが、建設現場などで利用されていた車体を改造したものだったので性能面では劣っていた。それでも略奪者たちにとって脅威であり、拠点警備に欠かせない存在になっていた。
その多脚車両は、テンタシオンに挨拶をするようにビープ音を鳴らしたあと、我々のために行進曲を流してくれた。〈データベース〉で検索する必要もなかった。それは旧文明期以前の〈陸軍分列行進曲〉だった。どうしてこのタイミングで行進曲を流したのかは分からない。テンタシオンの指示だろうか?
とにかく、拠点を離れて廃墟の通りに踏み出すと、周囲の雰囲気が一段と重くなる。建物の残骸や傾いた高層建築物の影が道路を覆っている場所もあれば、路面にひび割れが走り雑草が無秩序に繁茂している場所もある。
時折、かつての繁栄を
小雨が錆びたトタンを叩く音が微かに聞こえるなか、我々は慎重に廃墟の通りを進む。テンタシオンの本体でもある球体型ドローンが、くるりと回転しながら周囲の様子を確認しているのが見えた。カメラアイが赤く点滅し、高度なセンサーで周囲をスキャンしていく。その動きは機械的でありながら、どこか生物じみていた。
遠くから鉄骨が軋む音や瓦礫が崩れる音が微かに響いてくるが、目の前の景色は不気味なほど静寂に包まれていた。廃墟と化した建物の間を歩いていると、この荒廃した都市に棲みつく亡霊になったような奇妙な感覚すら抱く。
旧文明についてあれこれと思いを馳せている間も、テンタシオンは周囲に異常がないか調べていた。しばらくするとビープ音が聞こえて、目の前に拡張現実で投影された
廃墟の中に潜む脅威を見つけたのだろう、巡回エリアの上空を飛び交う偵察ドローンの動体検知機能が反応しているようだった。表示された立体的な地図には、青色の線で廃墟の通りが詳細に描かれていく。そこには脅威らしき存在の位置と、我々が進むべき経路が明確に示されていた。
「敵を排除する」と、テンタシオンに言う。
「拠点の平穏を脅かす脅威を放って置くことはできない」
短いビープ音のあと、脅威を確認した場所までの経路を新たに表示してくれた。目の前に〈検索中〉の文字が浮かび上がったあと、すぐに青色の矢印が表示される。それに従って歩くだけで目的の場所にたどり着けるようになっていた。
我々は小雨に濡れる旧市街の通りを進んだ。倒壊した建物の残骸が立ちはだかり、崩れかけた高層建築物の影が陰鬱な空間をつくり出している。
雨の所為か行商人の姿もなく、廃墟に埋もれた街は静けさに包まれていた。機械人形が巡回するエリアを抜けると、さらに混沌とした街並みに変わっていく。瓦礫に圧し潰された廃車があちこちに放置され、無雑作に積み上げられたゴミが通りを塞いでいる。どこから運ばれてきたのか、小型船舶の残骸が廃墟の入り口を塞ぐ光景も見られた。
テンタシオンはカグヤの偵察ドローンから受信する情報を即座に解析し、リアルタイムで地図を更新してくれていた。解析能力は高く、脅威にならない生物――たとえばネズミやリスといった小動物は、自動的に排除リストに入れてくれるので、無駄に神経をすり減らす必要がない。
廃墟の通りを歩いていると、ドブネズミが走り抜ける音が聞こえてきたり、遠くから銃声が聞こえてきたりする。しかしそのすべてがすぐに我々の脅威になるわけではない。テンタシオンは廃墟の街で大量のデータを取得し、機械学習することによって適切な判断能力を身につけてきたのだろう。
我々は大通りを離れ、商店の廃墟がつらなる狭い通りに入る。折れ曲がった街灯の下を通り過ぎるとき、足元に荷物が散乱しているのが見えた。壊れた情報端末や踏み荒らされた糧食、それに旧式のアサルトライフル。略奪者たちが手放した荷物なのかもしれない。
目標を確認した場所に接近すると、廃墟と化した建物の中から標的がゆっくりと姿を見せた。その醜い変異体は〈人擬き〉だったようだ。今もなお、死ぬことの許されない生きた屍。腐りかけた皮膚が垂れ下がり、瞼のない瞳でキョロキョロと周囲を見つめている。
どこからか感染して間もない個体が迷い込んできたのだろう。血に濡れた戦闘服を身につけた男性はフラフラと目的もなく歩いている。首筋には大きな噛み傷があり、そこに乾燥した黒い血がこびり付いているのが見えた。襲撃されて逃げ出したが、変異が進み、廃墟の中で誰にも知られずに化け物に変わり果てたのだろう。
テンタシオンに人擬きの処理を任せると、かれはビープ音を鳴らし、カメラアイを明滅させながら標的を見つめる。それから軽やかに跳躍してみせると、あっという間に人擬きの背後に立った。まるで生き物のように滑らかに動くその姿は、いつ見ても不気味なほど美しい。
音もなく忍び寄ったテンタシオンは、マニピュレーターアームを伸ばすと、ゾンビめいた化け物の頭部をがっちりと
頭部を失った胴体は重力に従い崩れ落ちるが、すぐに動き出そうとする。そのしぶとさにテンタシオンは軽い苛立ちを感じたのか、即座に胴体下部に搭載されたビーム砲――あるいは〈荷電粒子砲〉――を使い、人擬きの身体を跡形もなく消滅させる。
この粒子ビーム兵器は、旧文明の科学者たちによって実現した技術で、多脚戦車〈サスカッチ〉などの強力な兵器に採用されていた。
複雑で極めて難解な仕組みだが、基本的に原子や分子に電気を与えて荷電させ、高い電圧をかけながら荷電粒子を加速させて、目標に向かって高速で射出する兵器だった。これを実現させた未知の技術は、私を含め荒廃した世界で生きる人々の理解を超えていたし、その破壊力は計り知れない。
非常に高いエネルギーを発生させるため、攻撃対象を一瞬で蒸発させるほどの破壊力を持つ。テンタシオンの機体に搭載された荷電粒子砲は、戦車に搭載される兵器に匹敵するほど強力なもので、ゾンビめいた生命力を持つ人擬きすら即座に無力化することができた。
その恐るべき兵器で変異体を消滅させたあと、テンタシオンは
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