第797話 テンタシオン
ヨシダに預けていた特殊なドローンの状態を確認する前に、拠点警備用に用意していた機体の状況を確認することにした。
優秀な……というより、驚異的な人工知能を備えた〈トゥエルブ〉の本体に似た機体で、バスケットボールを一回りほど小さくした球体型で、〈重力場〉を利用して飛行するため、ローターなどの機構は必要としない。搭載されている人工知能は、かつて市場に普及していたモデルだったが、機体は軍用規格のモノが用意されていた。
ヨシダはその機体を慎重に手に取り、作業台の上にのせた。まるで精密機器を扱うような手つきで、兵器に対する敬意さえ感じさせた。
「状態はどうだ?」
質問すると、ヨシダは満足そうにうなずいた。
「ソフトウェアに問題があったが、軍用モデルの機体に対応するためのアップデートも済ませておいた。これで拠点の警備システムとも連携が取れるようになるだろう」
ヨシダの言葉を聞きながら、ドローンに視線を移した。光沢のないマットな質感の外装には傷ひとつなく、錆びや汚れも確認できない。内部には高度な複合センサーと自律制御システムが詰め込まれているが、その外見はシンプルだった。
そのドローンに声をかけると、静かに起動し始めた。小さな発光器が点灯し、微かに聞こえるほどの低い音が響く。そして外装の一部が展開し、カメラアイがこちらを見つめる。
ビープ音のあと、内耳に声が聞こえる。
『おはようございます、艦長。どのようなご用件でしょうか?』
青年の声を模した機械的な合成音声だったが、どこか人間らしい温かみも感じられる不思議な声だった。
「おはよう。さっそくだけど、機体の状態を確認したい。問題がないなら、これから拠点警備を任せたいと考えている」
『もちろんです。機体に異常はありません。すぐにでも行動できます』
ドローンから受信した自己診断ファイルが拡張現実で表示されると、無数の項目に目を通しながらシステムに問題がないか確認していく。
「オールグリーンだな」とくにこれといった不具合は見られなかった。
ドローンは軽やかに浮かび上がると、我々の周囲をクルリと飛行してから、静かに空中に留まった。その動きは滑らかで、まるで生き物のようだ。
それを見たヨシダはニヤリと笑みを浮かべながら腕を組む。
「旧文明の技術を採用したドローンだ。おそろしく貴重な機体で、俺たちは滅多に
他にも数機のドローンが整備されているのが見えた。それらの機体も丁寧に調整されていて、ほぼ完全な状態に修復されていた。すべての機体のアクセス権限を持っているので、拡張現実で表示されるインターフェースで各機体のステータスを確認する。詳細な情報が表示され、各ドローンの機能が正常に動作していることが一目で分かった。
「どの機体も完璧だ。ありがとう、ヨシダ」
「気にするな」彼は微笑みながら答えた。「ほかでもないレイの頼みだからな。それに、こいつは俺たちの拠点を守ってくれる機体でもある」
かれの言葉にうなずきながら、無数のドローンに視線を移した。それぞれが監視と偵察に特化した機能を持ち、我々の指示に応じて行動してくれた。まるで小さな軍隊だ。旧文明の技術がもたらす力は計り知れないが、それを使いこなすには信頼できる仲間と設備が必要だった。その点でヨシダの存在は大きい。
そのヨシダに案内されながら、修理済みの機材が保管されているコンテナまで向かう。小雨に濡れた石畳を歩く、耳を澄ませば市場の喧騒が遠くから聞こえてくる。拠点の最奥に位置するその場所は、各種センサーによって監視され、不審者の接近を警戒する〈オートタレット〉が設置されている。
濡れた銃身が冷たい光を反射しながら、接近するものに威圧感を与える。その銃身を見ながら錆びついたコンテナに近づいた。ヨシダは生体認証のためのコンソールパネルに触れたあと、手早くパスコードを入力してコンテナのロックを解除し、重い扉を開け放った。
コンテナ内に足を踏み入れると、壁際に整然と並べられた金属製の棚が確認できた。修理済みの電子機器や機材が所狭しと並べられていて、その中央には大きな作業台が置かれている。台の上には銃火器の他に、私が預けていたドローンの姿が見えた。
「例の機体だ」とヨシダは言う。
「見ての通り、完璧な状態だ。起動試験も済ませてある」
艶のあるマットな質感のドローンは、青みがかった黒色の塗装が施されていて、ひときわ目を引く存在だった。機体の表面には赤い塗料で〝十〟の漢数字が書かれている。一見すると〈メディカルドローン〉の十字マークにも見えるが、その荒々しい文字は書道家が書いたような達筆な漢字で、医療器具を搭載した機体には見えない。
機体の中心には単眼の大きなカメラアイが設置されていて、まるで瞬きをするようにカメラアイを発光させた。その光は冷たく、鋭利な視線で我々を観察しているかのようだ。
このドローンは、大樹の森の奥深く〈混沌の領域〉の近くにある洞窟で回収していた六機の攻撃型ドローンのうちの一機だ。トゥエルブの兄貴分とも言えるこの機体は、驚異的な人工知能を搭載していて、気性が荒く、例に漏れず超攻撃的な性格を持っていた。トゥエルブと比べても、性能も凶暴さも段違いだった。
この機体が持つ役割は、単なる監視や偵察にとどまらない。兄弟機でもあり衛生兵としての役割を持つ〈イレブン〉とも異なり、激しい戦闘の最前線で敵を粉砕するためにその能力を存分に発揮するように造られていた。
十の漢数字が描かれているが、その機体は〝テン〟あるいは〝テンタシオン〟の名で〈データベース〉に登録されていた。テンタシオンの名には、誘惑や欲望、衝動といった意味合いが含まれているらしいが、攻撃的な人格を備えた人工知能は、その名に相応しい存在感を持っていた。
超攻撃的な人格は、旧文明の戦闘兵器としての本能を色濃く受け継いでいるようでもあった。実際のところ、トゥエルブたちはただのドローンではない。驚異的な人工知能を備え、完全な知性体のように己の判断で行動する。その気性の荒さは時に制御が難しいが、その分、戦闘では頼もしい味方となる。
あらためて我々の存在に気づいたのか、テンタシオンはふわりと浮上し、壁際に佇んでいた機械人形に近づいていく。まるで幽鬼のように静かな飛行だった。
その機械人形の胴体部分は〈超小型核融合発電機〉をはじめとする必要最小限の装置が詰め込まれていて、圧し潰されたように平たい形状になっている。胴体の左右には多関節のマニピュレーターアームを備えていて、脚部は二足歩行が可能な鳥脚型――あるいは逆関節の形状で、ユニット化された小型の武装コンテナが搭載されていた。
装甲がなく機体内部の機構が剥き出しになっている関節部分は、防刃防弾性能に優れた黒色の保護カバーに覆われていた。〈二式局地戦闘用機械人形〉の名を持つ機体は、すでに各拠点で見慣れたものになっていて、我々は小型肉食恐竜を指す〈ラプトル〉の名で呼称していた。
テンタシオンはその
しかし攻撃的な人格を持つテンタシオンのためだけに改良されていて、通常の機体に比べて性能は明らかに向上していた。
まず目を引くのは、その頑丈な装甲だ。機動性を重視した通常の機体と異なり、この機体は分厚い装甲で腕や脚部が保護されていた。青みがかった黒い外装の表面はハニカム構造の薄いシートに覆われていて、光学迷彩が標準搭載され、どのような環境でも目立たずに活動できるように設計されていた。
テンタシオンの性格を意識した装備も用意されていて、通常の機体にはない多彩な武装も搭載されている。両肩には小型のミサイルポッドが装備され、必要に応じて一斉に発射することも可能だった。さらに胴体下部には高出力のビーム砲が搭載されていて、標的が人間なら、一瞬で蒸発させるほどの威力を備えていた。
カメラアイが発光したあと、短いビープ音が聞こえる。生き物のようにこちらに向けられた薄紫色のレンズを見ながら、出発の準備が整ったか
テンタシオンがうなずくと、球体型の本体が上下に揺れるのが見えた。その動きは人間の首振りのように自然だったが、どこか間抜けな印象を受ける。それは、真面目で攻撃的な性格から生じるギャップの所為なのかもしれない。
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