第794話 進捗状況〈地下施設〉
地上の見回りを終えると、重厚な大扉を押し開けて教会の中に入る。そこは荒廃した都市の中でもひときわ異彩を放つ場所だったが、略奪者たちの根城にされていた
それ以外にも経年劣化により調度品の多くが失われていたが、建物の構造はしっかりしていたので、改修によって崩れ落ちそうになっていた壁や、天井を支えていた柱も少しずつ元の姿を取り戻していた。しかしそれでも、当時の美しさを取り戻すのは難しいだろう。
教会内で感じられる廃墟独特の臭いは、空気中に漂うホコリとカビの所為だろう。首巻で口元を覆うと、忙しそうに働いている職人たちに声を掛けながら地下に向かう。
ちなみに職人たちの多くは〈ジャンクタウン〉からやってきた者たちだった。カルト教団〈不死の導き手〉が勢力を拡大させていく中で、不条理な圧政から逃れるため、スカベンジャー組合に支援されながら拠点にやってきていた。
教団の間者を警戒する必要があったので、組合長であるモーガンによって厳格な身辺調査が行われていた。〈施しの教会〉にやってくる人間のなかには、傭兵組合に所属していた荒くれ者たちもいて、ときには武力によって制圧する必要もあった。住人の受け入れが一筋縄では行かないことは予想できていたが、それでも混乱は避けられなかった。
教会の改修が終われば、各組合の事務所や人々のための食料配給所、それに孤児たちのための教育施設や避難所としても活用される予定だった。
暗い階段を下りていくと、徐々に空気はつめたくなっていく。古びた調度品や壁画、それに彫像が並ぶ廊下に足を踏み入れる。それらの偶像が信仰にとってどれほど重要なモノだったのかは分からないが、今では価値のないジャンクでしかない。壁に描かれた聖人の姿もかすれてしまい、信者たちが守ろうとしていたものは失われていた。
その廊下を進むと目の前に重厚な隔壁があらわれる。何重にも重なる鋼鉄の壁が、この施設がただの教会ではないことを物語っている。傷ひとつない隔壁に触れると、凍りつくような冷たさが指先から伝わってくる。この隔壁は単なる防壁ではなく、教会の重大な秘密を守っていた。
鏡のように磨かれたその表面には、〝九二四〟の漢数字が刻まれている。それが何を意味しているのかは分からないが、その謎めいた数字を見ながら隔壁を開放する。
機械仕掛けの鈍い音が響き渡るようになると、足元に冷たい空気が流れ込んでくる。目の前にあらわれたのは、金属で覆われた天井と壁が続く長い廊下だ。
その薄暗い通路は静寂に包まれている。遠くから聞こえていた地上の喧騒もここまでは届かない。文明崩壊後の荒廃した世界にあっても、この場所は驚くほど清潔で、つねに換気が行われている。
人の気配はないが、自律型の機械人形が定期的にメンテナンスしているので、廊下の先から微かな動作音が聞こえてくる。機械の規則正しいリズムが、この場所の異質さを強調しているようだった。隔壁の先に足を踏み入れると、施設の案内図がホログラムで投影され、目的地までの標識が拡張現実で表示される。
青い光の線が廊下の先まで伸びていき、エレベーターまで案内してくれる。周囲は完全な無音ではないが、静寂の中に微かに聞こえてくる機械音が、時間の流れをゆっくりと感じさせる
やがて通路の先にエレベーターが見えてくる。それは斜行エレベーターと呼ばれるもので、テーブル状の床面が斜めに移動するように設計されていた。エレベーターの周囲には壁がなく、透明なシールドの薄膜が展開されるようになっていて、起動とともに転落防止用の柵が床面からせり上がるようになっていた。
エレベーターが動き出すと、口元に巻いていた布を外し、柵に手を置いて身を乗り出すようにして地下深く進んでいく様子を見守る。重々しい駆動音とともにエレベーターはゆっくりと下降していく。非常灯のなかで見る暗黒の景色が徐々に変わり、地下の深部へと導かれていく感覚が、ある種の緊張感を伴って全身に伝わる。
しばらくすると、エレベーターは目的の場所に到着する。もちろん、施設入り口も隔壁によって厳重に閉鎖されている。
動体センサーが反応したのか、隔壁の表面にいくつもの警告がホログラムで投影されていく。〝この先危険につき関係者以外立入禁止〟や〝極秘地下施設〟、または〝軍事行動許可区画〟といった警告文が目に飛び込んでくる。旧文明の施設では、もはや見慣れたものだった。
ホログラムの案内図によれば、この先は居住区画と地下鉄駅につながる区画になっている。ID確認のあと、巨大な隔壁がゆっくり開いていく。上階の通路とは異なる独特の空気感が漂っていることに気づく。
冷たい空気を肺に入れて吐き出す。まるで過去の記憶がこの場所に染みついているかのようだった。しばらく変化のない廊下を歩いていると、作業用の機械人形を多く見るようになる。地下施設の改修も進められていたので、もっと目にするかもしれない。広大な施設で迷わないように、ホログラムに手をかざすようにして目的地を地下鉄駅に設定する。
やがて地下鉄駅の入り口にたどり着く。この地下施設同様、旧文明の技術の粋を集めて建造されたものであり、優れた設備や装置が整然と配置されている。無数の柱が天井を支え、無機質なデザインがそのまま機能に直結しているのが分かる。
プラットホームには清潔なベンチが並び、その周囲には色とりどりの植物のホログラムが投影されている。私を乗客として認識したからなのか、ホームドアに転落や接触事故を防ぐためのシールドの薄膜が展開されていくのが見えた。利用客の安全を第一に考えて丁寧に設計されたことが分かる。
そのホームを横目に見ながら、一度も使われることのなかったプラットホームに足を踏み入れる。そこでは無数の作業用ドロイドが働いているのが見えた。この路線は食料品などが製造される無人の工場ではなく、別の地下施設につながる予定で建設されていたが、工事の途中で放棄されてしまっていた。
我々はこの場所の調査を進めながら、新たな可能性を探っていた。もしこの路線を別の拠点と――たとえば保育園や砂漠地帯の拠点とつなげることができれば、安全な移動手段を確保できるだけでなく、新たな物資供給ルートを開拓することができる。
無数の偵察ドローンによって調査が行われていたトンネルの様子を確認したあと、管理室に向かい施設を管理する簡易型の人工知能に進捗状況を
それから日用品を販売している無人施設に足を向けた。入り口は厳重なセキュリティゲートに守られ、周囲には警備用の
広大な空間が確保された〈販売所〉には、無数の端末が整然と並んでいる。白い照明によって浮かび上がるそれらの装置からは、旧文明特有の機械的で無機質な印象を受ける。この独特な雰囲気は、〈ジャンクタウン〉にある軍の販売所に似ている。
端末のひとつに近づいてIDカードを取り出す。カードを差し込み口に挿入すると、コンソールディスプレイが点灯し、アニメ調にデフォルメされたキャラクターがあらわれた。
警備用の機械人形〈アサルトロイド〉をモデルにしたキャラクターの指示に従いながら、販売所で入手できる物資を確認していく。画面上の操作は直感的で、必要な物資を簡単に選び出すことができるようになっていた。
画面上に表示された項目を確認したあと、管理者権限を使い、無人工場から直接配送されてくる物資のリストに目を通す。〈人造人間〉によって管理されていた兵器工場からも、弾薬や小銃が納品されていたが、食料品や日用品と比べれば微々たるものだった。
チョコ味の〈国民栄養食〉と飲料水を購入すると、端末のすぐそばの壁が変化するのが見えた。それまでつなぎ目ひとつ見えなかった壁が左右にスライドするように開いて、壁の内側からベルトコンベアがあらわれて、購入した品物が流れてくる。
この一連のプロセスは驚くほど効率的だったが、ある意味では危険でもあった。悪意をもつ者たちが物資を独占し、高値で売りさばくようになれば、この施設の存在意義は失われてしまう。商人たちがこの場所に自由に出入りできないのも、事前に多くの問題を避けるためだった。
実際のところ、軍の販売所がある〈ジャンクタウン〉では物価が高騰していて、教団員だけが恩恵にあずかるようになっていた。システムがどれほど公平性を保ったところで、それを利用する権力者たちが腐敗していたら意味がないのだ。
地上では略奪と混沌が日常だが、システムによって管理されてきた地下施設では秩序が保たれてきた。そうして旧文明の施設は人々の命を救ってきた。そしてだからこそ、悪意を持つ者たちから保護しなければいけないのかもしれない。
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