第790話 報酬
金塊を入手して目的は達成したが、まだやるべきことが残っていた。拠点に戻る前に〈人工島〉で生活する人々の集落に向かい、情報提供者でもあるソクジンの知り合いを探し出して報酬を渡す必要があった。
それに、トゥエルブが操縦していた戦闘ヘリが墜落した場所に行き、機体の状況を確かめなければいけない。〈軍用AI〉の計画が何であれ、ソクジンの部隊が壊滅し、我々が金塊を回収した時点で目的は達成されていた。だから警備用の機械人形に攻撃されることもないだろう。
出発の準備が整うと、アイと〈ナビゲーター〉ドローンに案内されながら迷路じみた通路を歩いて、〈重力リフト〉に乗り込んで上階に向かう。そしてリフトが静かに上昇していくのを眺めながら、つぎの行動についてミスズたちと話し合って再確認する。
リフトが目的の階層に到着すると、地下街から直接地上に向かうトラムに乗り込むことになった。アイが事前に手配してくれていたからなのか、すでに車両はプラットホームに到着していて、我々のことを待っていてくれていた。そのトラムに乗り込むと、あっという間に地上の施設まで移動することができた。
そこでミスズたちはドローンに案内されながら別の経路で拠点に戻る予定だ。〈廃墟の街〉に続く大きな橋を渡った場所に輸送機が迎えに来ることになっていたので、必要以上に仲間たちのことを心配することはないだろう。ヤトの戦士だけでなく、ワスダたちも一緒なので戦力としては申し分ない。
コンクリート打ち放しの無骨で厳格なブルータリズム様式の建築物から外に出ると、冷たい無機質な世界から一変し、青く澄んだ空と新鮮な空気が迎えてくれた。長い間地下で活動していた
ミスズたちと別れると、ジュジュにしがみ付かれていたアイに視線を向ける。
「ソクジンたちの集落まで案内してくれるか?」
彼女は疑問を浮かべるように眉を寄せる。
「どうして私が?」
「監視カメラやドローンから取得する情報だけじゃなくて、自分自身の目で共同体を見てみるのも悪くないと思うんだ」
我々が世界を認識し定義付けるためには、ある種の感覚器官が不可欠だった。ありとあらゆる生物は五感だけでなく、手足を使い世界に触れている。それは物理的な接触を通じてのみ、世界の本当の姿を理解できるからだった。誰かが言ったように、概念というものは物理世界との交流なしに意味をなさないのだ。
そして彼女は人々が置かれている状況を、膨大な情報の羅列としてではなく、実際に触れ、感じることで真の意味において理解しなければいけなかった。実際のところ、アイの意識は〈コムラサキ〉を改良した義体に転送されていたので、都合が良かった。
彼女は判断に困っているようだったが、結局一緒に来ることに決めた。これまで彼女が義体に意識を転送して人々と触れ合ってきたのも、肉体から得られる経験の重要性を理解していたからなのだろう。であるなら、集落の現状を視察するのも悪くないと感じたのかもしれない。
ハクとジュジュ、それにカグヤのドローンを連れて、アイに案内される形で集落に向かうことになった。我々は先進的で無駄のない――あるいは似たり寄ったりな高層建築物が林立する電脳都市を眺めながら歩いた。
都市は効率性と機能美を追求したデザインで統一されていて、煌びやかなネオンやホログラム広告が無人の街を彩っていた。それに加えて建物の間を縫うように〈ホバーバス〉やドローンが行き交っているため、人の姿が見られないにもかかわらず、賑やかな雰囲気をつくり出していた。
高層建築群のガラスにホログラムの光が反射し、眩いばかりの輝きを放っていた。その中を歩きながら整然とした都市の賑やかさと、そこに隠された冷たい雰囲気に奇妙な感覚を抱く。都市の中心部から離れるにつれて、建築物の密集度が減少し、周囲の景色が変わっていくのが分かる。
途中、機械人形の戦闘部隊を見かける。侵入者を排除するため都市を巡回している部隊なのだろう。以前なら〈ツチグモ〉の襲撃に警戒を強めていたが、我々はすでにシステムの標的ではないため、警備の視線を気にする必要はなかった。
『ねぇ、レイ』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。
『トゥエルブのことは忘れてないよね』
「もちろん」
集落に向かう前に、戦闘ヘリが墜落した現場に向かうことになった。予定が変更したことにアイは「やれやれ」と溜息をついたが、墜落現場まで案内してくれる。幸いなことに目的の集落に近い場所だったので、来た道を引き返す必要はなかった。
墜落現場に到着すると破壊された戦闘ヘリの残骸と、その周囲で作業する無数の機械人形の姿が確認できた。破壊された施設の修繕のためにやって来たのだろう。
辺り一面に散らばる破片や
回転翼のある機体だったなら根元から折れて、無数の破片が四方八方に散らばっていたのかもしれない。コクピットは衝撃で粉砕され、コンソールパネルは黒く焦げつき、ほとんど破壊されていた。墜落の衝撃だけでなく、対空砲火の影響もあるのだろう。
ちなみにヘリを操縦していたトゥエルブは指示通り集落に逃げ込んでいたので、この場にはヘリの残骸しか残されていなかった。貴重なエンジンやら機体の一部が回収可能だと確認したあと、ふたたび集落に向けて移動を開始する。ヘリを回収するさいには、アイの協力が得られると思うので、輸送機を使えば何とかなるだろう。
やがて都市の喧騒が遠ざかり、二十階建てほどの建築物が見えてきた。周囲には七百メートルから八百メートルの高さがある高層建築物が林立しているため、つねに暗い影の中にあった。谷間に埋もれたようなその建物は、都市の煌びやかさとは対照的に、ひっそりと静まり返っていた。
無人の都市で唯一、人の気配が感じられる場所に足を踏み入れると、見慣れた荒廃と寂寥感に襲われる。みすぼらしい戦闘服を着こんだ人間が入り口に立っていて、小銃を手に警戒していた。しかし我々とは関わり合いたくないのか、視線を合わせることもしなかった。ハクが恐ろしかったのかもしれない。
建物のエントランスはゴミで散らかり、どこか遠くから人々の話し声が響いてくる。壁には薄汚れたポスターが貼られ、故障して点滅を繰り返すホログラムが投影されていた。足元には食料品や飲料水の容器が転がっていて、壁際には悪臭を放つゴミ袋が山のように積まれていた。
念のため警備の人間に声を掛けたあと、建物の中庭に向かう。そこでは人々が忙しそうに動き回っていた。都市の無機質な冷たさとは異なり、ここでは生々しい生活感と人間の温もりが感じられた。その中庭では小さな市場が開かれ、数は少ないが露天商が野菜らしきものや日用品を売っているのが確認できた。
子どもたちが走り回り、住人が集まって何か相談している姿も見られた。その中庭を囲むようにして、簡素な掘っ立て小屋が立ち並んでいた。小屋の外壁には洗濯物が干され、住人たちの生活の一端が垣間見えた。市場の喧騒と人々の声で賑わっていたが、薄暗い路地に視線を向けると、気力なく地面に座り込む人の姿も多く見られた。
ふと周囲を見回すと、子どもたちが興味津々といった様子でこちらを見つめているのが確認できた。無邪気な瞳の中に好奇心が宿り、ハクとジュジュ、それにアイの無表情な顔をじっと見つめていた。彼らにとってハクとジュジュは、異世界からやって来た不思議な生き物に見えていたのかもしれない。
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