第787話 金庫室


 あれこれ考えていると、〈重力リフト〉が音もなく停止するのが見えた。薄暗い空間の先には巨大な隔壁がそびえている。


 相変わらず巨人のために用意したような無駄に大きな隔壁だった。転落防止用に展開されていたシールドの薄膜が消えると、我々は〈ナビゲーター〉ドローンのあとを追うようにプラットフォームを離れ、巨大な隔壁に近づく。


 隔壁の表面には無数の配管が張り巡らされ、天井から伸びるケーブルの束が接続されているのが見えた。重要な区画につながる隔壁だからなのか、機械人形によって整備されていて、摩耗や汚れ、それに経年劣化による錆などは確認できなかった。その隔壁にドローンが近づくと、非常灯が点滅し、ゆっくりと開放されていくのが見えた。


 金庫室があるフロアは金属光沢を放つ壁面パネルに覆われていて、何もない通路がどこまでも伸びている。それらのパネルは周囲の景色が映り込むほど磨かれていたが、どこもかしこも同じように見えるため、複雑に入り組んだ迷路に入り込んだような気分にさせた。


 隔壁が開放されとき、フロアは暗闇に包まれていたが、人の動きを検知したからなのか次々と照明が灯り始める。ホログラムの投影機が壁に埋め込まれていて、訪問者に対してアニメーションによる簡単な注意喚起が行われる。そのホログラムは青い光を放ち、周囲のパネルに反射して通路全体を淡い光で包み込んで影を作り出していく。


 足元にもホログラムのガイドラインが投影されていて、利用者が迷うことなく目的地にたどり着けるようになっていた。そのガイドラインは金庫室までの最短経路を示しているのだろう。拡張現実でも地図が表示されていたが、我々を案内してくれるドローンがいるので、金庫室までの道を見失うことはないだろう。


 それでも我々は迷宮のような道を歩くことになった。ひとつめの角を曲がり、右に方向を変え、左に曲がり、そして通路を引き返した。足音だけが静かな通路に反響し、そして遠く聞こえなくなる。狭い通路は、やがて大きな通路に合流する。


 金庫室につづく通路には、高度なセンサー技術を搭載した〈オートタレット〉が設置されている。これらのタレットは訪問予定のない者や侵入者を検出すると、問答無用で攻撃するようプログラムされている。音も立てずに回転する砲身は冷たく無感情に、通路のあらゆる動きを監視していた。


 このフロアでは、つねに機械人形が通路を巡回しているようだった。〈アサルトロイド〉の部隊が隊列を組んで行進するたびに、僅かな振動が通路に伝わる。明滅するカメラアイが油断なく監視し、その冷たい光が無機質な壁に反射している。機械人形は休むことなくプログラムに忠実に従い、寸分の狂いもなく巡回を続けていた。


 金庫室に近づくと、さらに多くの警備用設備を見ることになった。例えば壁や床から格子状に照射される〈レーザー・グリッド〉は、この場所の危険性を理解するのに充分な迫力があった。


 赤いレーザーは、細い線となって空間を縦横に切り裂くように動いていて、少しでも触れれば即座に警報が鳴り、オートタレットが一斉に発砲する仕組みになっている。もちろん、高出力のレーザーで手足は切断されることになるだろう。


 その〈レーザー・グリッド〉は周期的にパターンを変化させているため、スパイ映画のように潜り抜けるのは困難だ。


 我々は〈ナビゲーター〉ドローンの案内に従いながら、危険な通路を慎重に進んでいく。ドローンは絶えずホログラムを使い安全な経路を示し、タレットや〈レーザー・グリッド〉が我々に反応しないように細心の注意を払ってくれていた。


 ドローンの案内で、厳重な警備システムに囲まれた通路を抜け、ついに金庫室の入り口にたどり着く。


 金庫室を象徴する重厚な金庫扉は、息をのむほどの美しさだった。扉の表面は錆ひとつなく、磨かれた金属は鏡のように照明を反射していた。旧文明の驚異的な技術によって製造されていて、実用性だけでなく、まるで芸術品のような優雅さをも兼ね備えていた。


 金色がかった赤銅色の鋼材には、複雑な浮彫りが施されていた。それは幾何学模様を描いていて、どこか神秘的で異なる文明の美術様式に沿って描かれているようだった。扉全体に広がる彫刻は、緻密で細やかな技術が惜しみなく注がれていて、見る者の心をとらえて離さない。彫刻は光を受けて微妙に変化し、生きているかのような輝きを放つ。


 堅牢なのは金庫扉だけではないようだ。周囲の壁や天井も防爆と耐火性能の他、耐溶断、耐衝撃性に優れた特殊な建材で構築されていた。


 ドローンが表示してくれた情報によれば、旧文明の鋼材を含んだコンクリート壁は驚くべき耐久性を持ち、侵入者からだけでなく、地震などの自然災害からも貴重な遺物や財産を守る役割を果たしていた。壁は金庫扉と同程度の強度を持ち、どんな攻撃にも耐えられるよう設計されているようだった。


 その重厚な扉を開放するためには、特定のコードと高度な認証が必要だった。アイの指示で〈ナビゲーター〉ドローンがセキュリティコードを入力し始めると、扉に埋め込まれた非常灯が次々と点灯し、解錠のプロセスが進んでいく。


 鈍い音を立てながら扉がゆっくり開き始めると、その向こうに広がる金庫室の内部が徐々に姿をあらわしていく。広大な面積があるだけでなく、先ほどの通路よりも厳重な警備が施されていることが明らかだった。我々はガイドラインが示す道に従い、慎重に金庫室内部に足を踏み入れる。


 金庫室はひんやりとした空気が漂い、まるで時間が止まっているかのように感じられた。あまりにも広大な空間だったので、〈空間拡張〉の技術が使われていると思ったが、普通に広いだけだという。そこでまず目に飛び込んできたのは、金属製の保管庫が整然と並んでいる光景だった。


 これらの保管庫は、どれも堅固けんごな造りをしていて、開放には高度な生体認証を必要とするようだった。指紋や虹彩、さらには遺伝情報まで求められる高度なセキュリティシステムが備わっていて、アクセスするさいには、専用のドローンに監視されるようだ。


 異様な光景に興奮するハクと一緒に保管庫の間を進むと、美術品が収められたガラスケースが設置されているのが見えた。その中には異種文明のモノだと思われる遺物が多数保管されていた。これらのガラスケースはシールドの薄膜によって隔てられていて、近づくには認証プロセスを通過しなければならなかった。


 それらのケースの中には、見たこともない珍しい武器が展示されていた。刀剣や身を守るための鎧は、明らかに異なる技術と文化の産物であり、いずれも異種文明の遺物なのだと感じられた。


 薄く鋭利な刃を持つ刀剣は、未知の金属で鍛えられていて、その美しさと機能性は並外れていた。鎧もまた、軽量かつ強固な素材で作られ、デザインも異種文明の美学を反映しているのか、どこか有機的ですらあった。小さな傷や汚れが付着していたので、これらの遺物が模造品ではなく、かつて実戦で使用されたものなのだと分かる。


 さらに進むと、異種族だと思われる生物の剥製も展示されているのが確認できた。それらは完璧な状態で保存されていて、今にも動き出しそうなほどリアルだった。珍しい形状の頭蓋骨や奇妙な骨格、異様なまでに発達した筋組織の一部が展示され、異星の文明や異界の生物に対する研究の成果が収集されていたことが分かった。


 そして目的の金塊が目の前にあらわれる。インゴットの鈍い輝きは周囲の冷たい金属や強化ガラスと遜色ないものだったが、圧倒的な重量感が金庫室全体に厳格な雰囲気を与えているようだった。


 その大量の金塊は無造作に積み上げられているように見えるが、警備用の機械人形が巡回していて、微かな移動音が聞こえていた。異常を検知すれば即座に対応するようプログラムされているのだろう。


 さらに金塊の周囲には、不可視のセキュリティシステムが張り巡らされているようだ。センサーが周囲の動きを捉え、不正なアクセスを試みる者を即座に検出する。侵入者が金塊に手を伸ばせば、〈レーザー・グリッド〉によって切断され、即座に警報が鳴り響いて機械人形が攻撃態勢に入るのだろう。


「それで」と、アイは悪戯っぽい表情を見せる。

「どうやってこれだけの金塊を運び出すつもりなの?」

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