第785話 疑心暗鬼
ガイノイドの変異体を破壊したからなのか、ミスズたちと交戦中だった機械人形が次々と動きを止めるのが見えた。突然の停止によって、まるで空間全体の時間が止まったかのような不気味な光景が作り出される。戦場は静寂に包まれ、つめたい空気の中〈アサルトロイド〉の光沢を帯びた装甲の隙間からは白い蒸気が立ち昇る。
機械人形の多くは、そのままの姿勢で静かに動きを止めていた。直立したままの機体もあれば、歩き出そうとする不自然な姿勢で停止している機体も見られた。それらの機械人形が時間のなかに捕らえられてしまっている姿は、鮮明過ぎる静止画を見ているようでもあった。
彫刻のように関節部が固定された機械人形は、戦場に異様な光景をつくりだしていた。ヤトの戦士たちは驚きと戸惑いを覚え、その場に立ち尽くしまま、その異様な光景をただ見つめることしかできなかった。勝利につながる決定的な瞬間が見られなかったからなのかもしれない、戦士たちは増援に警戒していたのかもしれない。
その異様な光景のなか、〈ナビゲーター〉ドローンが飛んでくるのが見えた。スルスルと音もなく空中を飛ぶ姿は、周囲の静寂をより一層際立たせていく。そしてドローンは目の前までやってくると、ホログラムを投影する。ホロスクリーンには管理区画の地図が表示され、金庫室までの詳細な移動経路が映し出されていた。
その情報を目で追いながら、半透明のホロスクリーンの向こう側にいるドローンを見つめる。秘匿されていた金庫室の位置が明確に示されたことで、本来の目的だった金塊を手に入れることが可能になったが、人工知能がその情報を開示した意味について考えていた。
いずれにしろ、行動を開始する前に仲間たちの状況を確認する必要があった。彫像のように動きを止めた機械のそばを通って仲間たちのもとに向かい、負傷者がいないかを確認することにした。
動きを止めた〈コムラサキ〉のそばを通ったとき、彼女たちの瞳がスッと動いたように見えたが、気のせいだと思うことにした。戦闘による負傷者は数人いたが、いずれも軽症だったので簡単な応急処置を行うだけで良かった。あれだけ激しい戦闘だったことを思えば、幸運だったのかもしれない。
ハクにとっても、これまでの狭い通路での戦闘と異なり、立体的に移動できる環境だったからなのか、無傷で戦闘を終わらせることができたようだ。ちなみに塔の防衛設備を起動してくれたエンドウと、彼を護衛してくれていたソフィーも無事だった。
エンドウに
警戒を怠らず未知の脅威に備えるために慎重な行動が必要とされた。
「悪いが――」と、ワスダは否定するように頭を横に振る。「ここまで来て、今さら言うようなことじゃないが、あの気味の悪い人工知能を信用することはできない。俺たちを金庫室に誘い込んで、そこに閉じ込めることだってやりかねないんだ」
ワスダの言葉にミスズは眉を寄せる。
「ですが、私たちは人工知能と敵対していません」
「たしかに敵対はしていないな。だが、それがなんだって言うんだ。人間の行動を観察するためだけに、何十年もかけて人を貶める壮大な計画を立てるような陰険な野郎だ。俺たちに対しても同じようなことを考えていてもおかしくない、そうだろう?」
『でも――』と、カグヤのドローンがカメラアイを発光させる。
『レイがハンドガンを持っている限り、私たちを閉じ込めることは不可能だよ』
「いや」今度は私が否定する番だった。
「たしかに〈重力子弾〉を使えば、どんな隔壁だろうと外壁だろうと破壊できるかもしれない。でも、あの人工知能は人工島全体を管理しているんだ」
『それがどうしたの?』
「以前、イーサンたちと探索した地下施設のことを覚えているか? あそこでは、〈重力子弾〉の使用に関して厳しく制限が行われていた。ここでも同様の措置がとられたら、〈秘匿兵器〉が利用できなくなる可能性がある」
『そして〈軍用AI〉には、それだけの権限がある』と、カグヤは唸る。
『たしかに危険なのかもしれない。それなら、金塊は諦めるのは?』
「いや、手に入れるつもりだ」
『でも危険だって――』
「アイと話をしてみる。彼女なら〈軍用AI〉が何を企んでいるのか分かるかもしれない」
ワスダに視線を向けると、「やれやれ」と溜息をつくのが見えた。
「空が青いということを知るために、わざわざ世界中の空を見て回る必要はない……けど、それで兄弟が納得するのなら、やりたいようにやればいいさ」
もう一度状況を整理するため、ブロック状の構造体によって形成された橋を使い、塔にも似た建造物に向かう。足元の構造体はしっかりした構造だったが、激しい戦闘の影響で崩落している場所もあり、非常に不安定な足場になっていた。
かつてソクジンだったモノが操っていた機械人形を殲滅させた防衛装置は、すでに塔の外壁に格納されていたが、それでも塔に近づくさいには緊張してしまう。多数の〈プラズマキャノン〉から一斉に攻撃されたら、〈ハガネ〉のシールドでも防ぎきれないだろう。
塔内部に通じる巨大な入り口が見えてくる。鋼鉄製の隔壁は開放された状態だった。我々は記憶媒体として機能する石英の結晶に埋もれた空間を通り、塔の中心部に向かう。無数の結晶は光を反射し、不思議な色彩を放ち続けていた。
先ほどまでの戦闘が嘘のように、塔内部は深い静寂のなかに沈み込んでいて、時折、微かに振動する結晶から鈴の音にも似た音が聞こえるだけだった。
やがて塔の中心にたどり着く。そこには以前と同じように、六メートルほどの巨大な水晶が浮かんでいるのが見えた。水晶は綺麗な六角柱で、反対側が透けて見えるほどの透明度だったが、その内部で無数の光が踊っているように動くのが見えた。何かしらの情報のやり取りが行われているのかもしれない。
そのクリスタルのすぐそばに、アイが立っているのが確認できた。コンソールパネルを操作していた彼女は恐ろしいほど集中していて、我々が戻ってきたことに気が付いていないようだった。ジュジュは彼女の背中によじ登っていて、アイが作業している姿をじっと眺めていた。
「終わったのね」
彼女はコンソールを見つめながら、素っ気無く言う。
「思いもよらない決着だったけど、終わったと思うよ。それで君に
「待って」と、彼女は言葉を遮る。「これを見て」
浮遊する小さなクリスタルから――まるで魔法のように光が放たれたかと思うと、空中に立体的な画面が複数浮かび上がる。これまでずっと我々の様子を監視していたのだろう。ホロスクリーンには人工島に侵入してからの行動が映し出されていた。
物流拠点に侵入して輸送車両に忍び込んだことや、水族館に設置された水中トンネルを使い、カジノホテルがある区画に侵入したことも知られていたようだ。
「その気になれば、いつでも俺たちに対処できたってことか」
ワスダの言葉にアイは肩をすくめる。
「それで」と、かれは訊ねる。
「今度は何を企んでいるんだ?」
「何も企んでいないし、何もいらない。金塊が欲しければ、好きなだけ持って行けばいい」
「何も企んでいないと言われて『はい、そうですか』って信じられるほど、俺は人ができてないんだ。そもそも、てめぇらの目的すら判然としない」
「でしょうね」
「話す気はないのか?」
アイはじっとワスダを見つめていたが、やがて人間のように溜息をついてみせた。
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