第784話 決別
機械人形の群れと交戦するミスズたちの様子を横目に見ながら、こちらにゆっくり歩いてくる〈コムラサキ〉の変異体に注意を向ける。そのガイノイドは他の機体と異なり、動きがぎこちなく、まるでソクジンの意識が新しい身体に馴染んでいないかのような、奇妙なアンバランスさを感じさせた。
しかしそのなかにソクジンの人格が残っているのかは分からなかった。切断された頭部が腹部に埋め込まれ、ケーブルの束で接続されているからといって、それがソクジンの意志を継承しているとは限らない。すでに〈軍用AI〉から独立した〝奇妙なシステム〟と融合して
遮蔽物に身を隠しながら、カグヤのドローンから受信していた映像で接近してくる〈コムラサキ〉の動きを監視し続ける。頭の中で様々な思考が渦巻いて、その奇怪な存在について理解しようと試みたけれど。その姿からは何も読み取れなかった。
奇妙なことに、すぐ近くで戦闘しているヤトの戦士やワスダに関心がなく、こちらに向かって真直ぐ歩いてきていた。巨大な刃物を引き
周囲を見回すと、エンドウがデータパッドに何かを入力しているのが見えた。彼は集中して画面を見つめていて、パッド上をタップする指先が素早く動いている。画面にはセキュリティプロトコルらしきものと、複雑な文字と数字の羅列が並んでいた。ソースコードに何か書き加えているのかもしれない。
かれに話を聞くと、あの巨大な塔に設置されているセントリーガンなどの防衛装置を使用するため、システムにハッキングを試みているようだった。セントリーガンが利用できるようになれば、ミスズたちだけでも機械人形の部隊に対処できるようになるかもしれない。皮肉なことに、ここでもソクジンが用意したソフトウェアが使われていた。
アイの支援が得られたなら、わざわざ苦労してシステムに侵入する必要はなかったのかもしれないが、彼女は塔のなかで作業していて支援できそうになかった。だからカグヤにエンドウの支援を頼むことにした。
そうこうしているうちに、あの奇妙なガイノイドがすぐ近くまで接近してきていた。何を企んでいるのかは分からないが、迅速に対応する必要があった。弾薬を〈ライフル弾〉に切り替えると、遮蔽物から身を乗り出して射撃を行う。
貫通力に優れた銃弾は〈コムラサキ〉の
おおよそ仲間意識など持たない機械の群れなので、あの奇妙なガイノイドが指示していることは明白だった。〈コムラサキ〉の機械的な動作や無機質な表情に変化はなかったが、あの機体が主導権を握っていることは疑いようもなかった。ガイノイドは身を守るために、周囲の機械人形を犠牲にしているのだろう。
その無慈悲な指示に従い、〈アサルトロイド〉たちは献身的にガイノイドを支援する。自己保存のために行動することを知らず、機械の一部品として行動しているようにさえ見えたが、実際にそれはシステムの一部でしかなかったのかもしれない。
射撃が遮られるようになると、ライフルを手放し、ホルスターからハンドガンを抜いた。そして間髪を入れずに〈反重力弾〉を撃ち込み、〈アサルトロイド〉の群れをまとめて排除する。施設に被害を出さないために効果範囲を制限した攻撃だったが、金属の打ち合う甲高い音のあと、凄まじい引力で機械人形が圧し潰されていく様子が見えた。
障害になっていた機械人形の排除を確認すると、すぐにガイノイドの変異体を攻撃しようとしたが、すでに〈コムラサキ〉はこちらに向かって突進していた。立て続けに〈反重力弾〉を撃ち込むが、弾道を読まれているのか、簡単に避けられてしまう。そして
後方に飛び退いて攻撃を避けるが、足元の構造体は凄まじい衝撃によって破壊され、無数の金属片が飛び散る。破片の多くは〈ハガネ〉のシールドで防ぐことができたが、防御が間に合わず、いくつかの破片が直撃してマスクやスーツに食い込むのが見えた。力任せの攻撃であるにも
そこに複数の〈アサルトロイド〉が降ってきて、着地と同時に脚部に装備した兵器コンテナから小型ロケット弾を撃ち込んでくる。それらのロケット弾は、迫撃砲のように弧を描いて飛び、頭上から次々と降ってきて爆散していく。そのなかには、橋のように架かる構造体に直撃して爆発するものもあった。
爆風は激しく、足元の構造物がぐらぐらと揺れるほどだった。〈反重力弾〉でまとめて対処するつもりだったが、機械人形は短い時間で学習していて互いに距離をとりながら攻撃してきていた。敵の攻撃は精密とは言い難いモノだったが、深刻な脅威に変わりない。
「それなら」と〈鬼火〉を形成し、接近する機械人形を迎撃しながらガイノイドの攻撃に備える。ロケット弾の爆風によって粉塵が立ち込めて視界は最悪だったが、タグ付けされたガイノイドの輪郭は赤色の線で縁取られていたので、その姿を見失うことはない。
攻撃に備えて腰を落としたときだった。突如として警告音が鳴り響き、塔の外壁に格納されていた兵器が展開し次々と起動していくのが見えた。
見慣れない兵器の砲身――おそらく〈プラズマキャノン〉だろう――が瞬いて、濃紫の眩い光がほとばしる。身を守るためにすぐに〈ハガネ〉のシールドを展開するが、その凄まじい閃光と熱波は一瞬で収まる。閃光のあと、敵対的な機械人形の多くが機体の一部を残して蒸発し、消滅しているのが見えた。
どうやらエンドウがシステムに侵入することができたようだ。塔の外壁に格納されていた〈プラズマキャノン〉は、角張った砲身を持ち、白い外装に覆われていた。旧文明の無駄のないシンプルなデザインは、どこか工具を思わせるが、それは驚異的な技術の産物であり、機械人形の装甲やシールドも意味をなさないほどの攻撃力を備えていた。
その〈プラズマキャノン〉は完全に自動化されたタレットとしての機能を持ち、それぞれの兵器に搭載された知能回路のおかげで人の操作を必要としなかった。
本来は塔を守るため、あらゆる外敵に備えた高度な兵器だったが、ソクジンが装着していた〈生体甲冑〉には反応しなかった。推測の域を出ないが、あの装甲服にはセンサーを
仲間たちの無事を確認したあと、あの奇妙なガイノイドの姿を探した。ソレは頭部と手足の一部を失くした状態で横たわっていたが、無理やり接続されたソクジンの頭部は無事だった。
昆虫の複眼を思わせる光学装置は破壊されていて、ソクジンの目を見ることができた。しかし虚ろな表情に人としての感情は見られなかった。その目は冷たく機械人形のように無機質だった。
ソクジンには、まだまだ語るべきことがあったのかもしれない。彼がどうして人工島を支配したかったのか、そしてその考えに至るまでの物語があったのだろう。しかし我々は最後まで他人でしかなかった。互いに理解し合う努力をしていたなら、別の結果が存在していたのかもしれない。
我々は共闘し、人工知能の支配から人々を救い出す方法を模索していたのかもしれないし、ワスダたちのように、互いの目的のために協力関係になれたかもしれない。無数に存在する選択肢の中で、満足する未来を手にする可能性があったのだ。
しかし現実はそう都合よくいかない。我々は歩み寄ることなく、その道を閉ざしてしまった。ハンドガンの銃口を向けたあと、カチリと引き金を引く。そこにソクジンの人格が残っていたのかは分からないが、銃弾によってソレは損なわれ、そして完全に失われてしまった。
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