第781話 発端


「保安システムに侵入して機械人形を操っていたのは、てめぇだったのか?」

 ワスダの問いに、ソクジンだったものは力なくうなずく。

『システム中枢に侵入し〈人工知能〉を支配下に置くこと、それが目的だったが、〈マスターキー〉を手に入れることができなかった』


「だから――」と、ミスズが言う。

「私たちのことを執拗に攻撃していたのですね。アイさんを手に入れるために」


『計画は完璧だった』

 ソクジンは今にも壊れそうな脚部を動かし、すぐ近くにあるクリスタルに触れる。

『俺たちに必要だったのは、都市の中心部に入るための権限だけだった』


 六角柱の石英ガラスからホロスクリーンが投影されると、青々とした空を背景に都市の映像が表示される。そこに映し出される企業の社屋には見覚えがあった。どうやら人工島の映像のようだ。高層建築物が林立する都市の一角が拡大表示されると、無人の市街地に墜落していく輸送機の姿が映し出される。


 外装の一部に備わる〈環境追従型迷彩〉で姿を隠していた輸送機は、建物の間を滑るように飛んでいたが、突然、空気をつんざく爆発音が鳴り響く。そしてエンジンから炎と黒煙を噴き出し、制御が効かなくなった機体は急降下していく。


 自動操縦システムは、なんとか姿勢を立て直そうとしていたが機体は激しく急降下し、回転していく。そして一秒とたたないうちに三十メートル以上も高度を失い、そのまま高層建築群の間に消えていく。映像が切り替わると、建物に衝突し、破壊された機体の一部が散乱していく様子が見えた。その激突音が無人の都市に響き渡っていく。


 無人の都市だったので、逃げ惑う人々の姿は見られない。道行く車両もなく、炎と破壊の痕跡だけが残されていく。そして機体は閑散とした道路に突っ込み、眩い光が一瞬だけ都市を照らし出す。その直後、凄まじい轟音とともに機体が爆発するのが見えた。


 炎が吹き荒れ黒煙が立ち昇る。爆発の衝撃波で周囲の建物が揺れ、街路樹はぎ倒され、割れたガラスが飛び散る。爆発の熱波によって植物は燃え広がり、あちこちから煙が立ち昇るようになる。そして激しい爆発の余波を検知した都市の管理システムによって、騒がしい警告音が鳴らされる。


 その警告音が無人の都市に響き渡るようになると、あちこちに立ち入り禁止に関する警告がホログラムで投影されていく。緊急事態と制限区域を知らせる空虚なホログラムが浮かび上がり、高層建築物の壁面にも赤い文字で〝侵入禁止〟の警告と、警備用機械人形のアニメーションが表示されていく。


 そして道路を封鎖するための鉄板式バリケードが床面から持ち上がるのが見えた。それは軍事基地の入場ゲートに標準装備されている電動油圧式の障害物だ。その巨大な鉄板は、車両を使った自爆テロを想定していて、耐爆、耐衝撃性に特化した装備でもあった。


 厚さ数センチの鋼鉄製の板は、一見すれば簡単に破壊できるようにも見えたが、旧文明の鋼材を含んでいるため堅固けんごな構造になっていた。無人都市の道路を封鎖するには、いささか大袈裟なものに思えた。その油圧式のバリケードが静かに作動し、微かな機械音を立てながらゆっくりと上昇していく。


「この映像は?」

 質問すると、ソクジンは顔を動かさず視線だけをこちらに向けた。

『俺たちが希望を手にした日の記録映像だ』


「希望……ですか?」

 首をかしげるミスズを無視して、ソクジンは映像を切り替えていく。


 バリケードに続いて路面の一部につなぎ目があらわれると、地面が盛り上がるようにして格納コンテナが姿をあらわす。そのコンテナが開放されると、充電装置につながれた無数の警備用機械人形の姿が確認できるようになる。それは〈保安警備システム三型〉に似た設備だったが、より多くの機体を格納できる造りになっていた。


 そして無機質な機械人形が次々と起動していく様子が確認できた。精密で無駄のない動きで手足を展開すると、コンテナ上部に備え付けられた多関節アームが作動し、機体に外装が装着されていく。機械人形が装備を整えていく様子は威圧的で、犯罪者に効果的だったことが分かる。


 武器が収納されていた小型コンテナが路面から出現すると、機械人形たちはレーザーライフルを手に取っていく。その動作は機械的でありながらも、組織として洗練された動きでもあった。そうして墜落した輸送機の周囲に機械人形の部隊が展開されると、不気味な緊張感が漂い始めた。


 無人の都市で襲撃者に警戒する必要などないのだから、警備部隊の出現は緊急事態におけるマニュアルに沿った動きに思えた。しかしその考えは間違いだったようだ。どこからともなく武器を手にした人間が集まってくるのが見えた。その見慣れた格好から、武装した略奪者の集団だということが分かった。


 整然とした無人都市とは対照的に、略奪者たちは貧相で汚れた身形をしていた。彼らが身にまとうものは、古びたボロ布であり、錆びついた鉄板をつなぎ合わせたような装備だった。戦闘服は汚れて黒ずみ、ぼろぼろに裂けている。チェストリグにはコップや水筒、それに無価値な小物が無造作にぶら下がっていて、それらが揺れ動く様子が確認できた。


 略奪者たちが手にしていた火器は、廃墟の街でも一般的に使用されていたモノだった。錆びついた旧式のアサルトライフルは整備されていないように見え、今にも暴発しそうな印象を与えた。


 集団の中には、旧式のロケットランチャーを所持している者たちもいたが、レーザーライフルで武装した機械人形に対戦車ロケット弾が有効なのかどうかは疑わしい。〈アサルトロイド〉の装甲は頑丈で、反応速度も非常に高い。略奪者たちの装備の陳腐さが、この戦いが一方的な展開になることを予期させる。


 そして機械人形による容赦のない虐殺が開始される。〈アサルトロイド〉は略奪者たちが接近してくるのを察知すると、各武装を起動し、攻撃の瞬間に備える。そして警告を無視して立ち入り制限エリアに侵入した者たちに対して、レーザーライフルから熱線が放たれていく。それは略奪者たちの粗末な装備を貫通し、その身体を切断していく。


 略奪者たちも旧式の火器で応戦するが、〈アサルトロイド〉の動きは迅速で、正確無比だった。高出力のレーザーによって略奪者たちの手足は焼き斬られるように切断されていく。一部の略奪者はロケット弾を撃ち込むが、機械人形が発生させていたシールドによって攻撃は無力化されていく。


 銃声と炸裂音が轟いて、焼けつくような煙が周辺一帯を支配し、混沌とした戦場の様相を呈していく。熱線を受けて手足が千切れた略奪者たちは悲鳴をあげるが、レーザーの発射音にかき消されて聞こえることがなかった。その一方的な虐殺が進行するなか、略奪者たちの一部が機械人形を無力化することに成功する。


 どうやら吸着成形炸裂弾を使用したようだ。どこで手に入れたのか分からないが、五〇口径機関銃を使って集中的に攻撃する者たちもあらわれた。


 戦闘が激化していくなか、命知らずの集団が墜落した輸送機に接近し、物資を奪い取り、荷物を抱えて逃げ惑う姿が見られるようになった。多くの者は逃げきれずに射殺されたが、脱出できた者もいるようだった。


 その混乱の中で、ひとりの略奪者の姿が拡大表示される。彼は軍用のハードケースを手にしていて、緊張した表情で周囲を見回している。ボロ切れになった戦闘服は血まみれで、戦闘で負傷したことが確認できた。その姿は絶望に満ちているが、それでも周囲の状況を見定めながら、生存のために何をするべきか考えているようだった。


『そのケースには――』と、ソクジンは映像を止めながら言う。

『人工知能をアップグレードするための貴重な〈クリスタル・チップ〉が収められていた』


 略奪者たちはそこで入手した物の価値を知らなかったが、その男は命がけで手に入れたチップを拠点に持ち帰り、そして解析することに成功したのだろう。ソクジンが人工島のシステムに侵入できたのは、そのときに手に入れたチップが関係しているのかもしれない。

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