第779話 クリスタル〈システム中枢〉
足元に広がる深淵から、構造体が崩壊していく音が聞こえてきていた。その音は不安定で荒々しく、金属が
戦闘を終えて負傷者たちの状態を確認したあと、すぐに目的の場所に進むことを決断した。辛くも重装甲戦闘服を
ミスズたちに怪我のことをひどく心配されてしまったが、〈ハガネ〉の義足を見せながら何も問題がないことを説明した。精神的にも落ち着いていて、作戦継続に影響がないことも伝えたが、彼女たちは納得していない様子だった。足を失ったばかりなのに、当の本人はまったく気にしていないのだ。彼女たちが困惑するのも仕方ないことなのかもしれない。
上空で待機していたカグヤの偵察ドローンと、〈ナビゲーター〉ドローンに頼んで目的地までの移動経路を探してもらうことにした。激しい戦闘で橋のように架けられていたブロック状の構造体があちこちで崩壊していたので、適切な足場を選ぶ必要があった。〈生体甲冑〉を退けるためとはいえ、派手に破壊してしまったのかもしれない。
その広大な空間を歩いていると、戦闘の痕跡を目にすることになる。レーザー兵器の直撃を受けたのだろう、構造体に埋め込まれていた装置や見慣れない機材が破壊され、破壊された排気管からは灰色の蒸気が吹き出し、切断されたケーブルは漏電して近づくのも危険な状況だった。
カグヤたちの案内で目的地が近づくにつれ、高く
足元に広がる深淵から真直ぐ伸びているので、塔にも似た構造物の全体像を把握することはできなかった。それは上方に向かうにつれて暗闇のなかに沈み込んでいたが、ひと目見ただけでも百メートル以上あることが分かる。高層建築物は見慣れていたが、まさか都市の地下でそのような構造物が見られるとは思っていなかった。
アイの操作で入り口になっていた鋼鉄製の厚い隔壁が開放されていくと、そこでも驚くような光景を目にすることになった。吹き抜け構造になっていた巨大な塔の内部は、水晶で埋め尽くされていた。壁や床から突き出た大小さまざまなクリスタルで構成され、まるで水晶の洞窟に入り込んだような気分になった。
しかしこれらのクリスタルは単なる装飾品ではなく、記憶媒体としての機能を持つ石英ガラスなのだろう。小指の爪ほどの〈クリスタル・チップ〉でさえ、膨大な情報量を保存できるのだ。これだけのクリスタルがあれば、おそらく人類の歴史すべて、あるいは全人類の個人情報を保存しても容量が尽きることがないのかもしれない。
その異様な光景にハクとジュジュは驚愕し――少なくともハクから強い感情の揺れが感じられた――眼を輝かせながら周囲のクリスタルを見つめていた。塔内部は明るい照明で満たされていて、その光がクリスタルに反射して
それらのクリスタルを避けるように専用通路を進んでいると、視界の端で黒い影が動いて、クリスタルの中に何かが閉じ込められているような錯覚を抱く。石英ガラスはさまざまな色合いで輝き、それぞれが異なる情報を保管しているように見えた。光の反射で空間全体が幻想的に彩られ、まるで別世界に足を踏み入れたかのような感覚に襲われる。
クリスタルを見つめていたハクのとなりに立つ。すると石英ガラスの表面に複雑な模様や記号が浮かび上がるのが見えた。顔を近づけて注意深く確認すると、スクロールしていく文字の羅列が未知のコードになっていることが分かった。しかしソレは〈人工知能〉独自の言語で書かれていて、もはや人間の理解を超えたモノに思えた。
空間を埋め尽くすクリスタルからは時折、鈴の音のような鋭い音が響き渡る。その音はシステムの活動や情報の処理が行われている証でもあり、巨大な頭脳の内部を見ているような――あるいは光を発するニューロンの動きを見ているような感覚にさせた。
システムの中枢に近づくにつれて、その場所が独自の活気に満ちた空間になっていることに気がつく。我々の頭上では数え切れないほどの小型ドローンが飛び交い、カメラアイを発光させながら互いに連絡を取り合うように飛行している。
鮮やかな光を放ちながら飛行しているドローンの群れは、クリスタルに自動集積される膨大な情報を解析し、システム全体の監視と管理を行っているのだろう。その様子を眺めていると、塔内部に〈人工知能〉による独自の生態系が形成されているかのような印象を持った。
たしかにこの場所は〈人工島〉を管理するシステムの中枢だったのかもしれないが、人間を必要としない場所にもなっているように感じられた。実際のところ、何を考えているのか分からない人間は、もはや邪魔でしかないのかもしれない。
アイに案内されながら、水晶に埋め尽くされた広大な空間を歩いていると、周囲の空間に奇妙な歪みが生じているのが確認できた。
どこからともなく聞こえる微かなノイズは、ドローンが情報を処理している音だけでなく、空間を歪める奇妙な現象に起因しているのかもしれない。あちこちで大気が揺らめいて光を発する光景は美しいが、同時に非現実的であり、あらためて人間が立ち入るべきではない場所のように感じられた。
それでもアイのあとに続いて塔の中央に向かって進んでいると、前方に六メートルほどの巨大な水晶が浮かんでいるのが見えた。綺麗な六角柱の結晶は半透明で、内部で無数の光が踊っているのが見えた。それは夜空に浮かぶ星々を見ているかのような輝きを放っている。原理は分からないが、重力制御装置のようなものを使い浮遊しているのだろう。
巨大なクリスタルの周囲では、小さな水晶が複数浮かんでいるのが見えた。それらの小さな水晶は、まるで衛星が惑星を取り囲むかのような美しい軌道でゆっくりと回転している。それにどんな意味があるのかは分からなかったが、システムを構成する部品のようなモノなのかもしれない。
その得体の知れない水晶のそばにコンソールパネルらしきモノが設置されているのが見えた。微かに浮かんでいたコンソールも未知のクリスタルでつくられていて、アイが触れると無数のホロスクリーンが投影されるのが見えた。どうやらその装置を操作して、システム中枢に接続を試みるようだ。
しかし〈軍用AI〉の本体から切り離されていたからなのか、アイが直接操作しても簡単にシステムにアクセスできないようになっていた。カグヤに彼女の作業を手伝えないか
クリスタルの先端から増光していくのが見えたかと思うと、アイに向かって光が照射されるのが見えた。ID認証のために彼女の義体をスキャンしているようだ。
しばらく時間は掛かりそうだったが、作業は順調に進んでいるようだった。しかし背後から重々しい足音が聞こえるようになると、状況は一変してしまう。背後を振り返ると、そこに中破した〈生体甲冑〉の姿が見えた。
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