第778話 質量攻撃
もう一度だけ義足の感触を確かめたあと、戦闘の準備が整ったと感じた。周りでは戦闘が激化していて、さわがしい銃声とレーザーの閃光が交錯していた。
重装甲戦闘服との距離を測りながら、ブロック状の構造体を利用して接近を試みることにした。仲間たちが〈生体甲冑〉の注意を引きつけてくれていたので、それほど難しくないだろう。
敵に向かって駆け出すと、すぐに機関銃じみた兵器がこちらに向けられるのが見えた。熱線が発射される瞬間、近くの構造体に飛び込むようして身を隠す。直後、頬に焼けるような熱波を感じると、すぐにマスクを装着する。〈生体甲冑〉に掴まれて地面に叩きつけられたとき、マスクも破壊されていたのだろう。
それから足元を確認する。〈ハガネ〉は、ナノマシンと生体組織を見事に融合させていて、欠損した部位を完全な形で再生してくれていた。けれど――奇妙なことに、足を失ったことに対する動揺は感じられなかった。
何度か自問してみたが、その理由についての答えは出てこなかった。ナノマシンが精神を制御しているからなのかもしれない。〈不死の子供〉たちが過酷な戦場で生き残るのに、余計な感情は不必要なのかもしれない。それでも心が静かに揺れているのを感じる。果たして自分はまだ人間と呼べるような存在なのだろうか。
ナノマシンが生成する鎮静物質によって感情が抑えられていたが、その代償として奇妙な孤独感がもたらされていた。足は以前のように――あるいは以前よりも、よく反応して動いてくれていた。だからこそすぐに戦闘に復帰することができた。しかし、それはあまりにも非人間的で奇妙なことでもあった。
もしかしたら自分が間違っていて、感情を持たない人形のように戦う必要があったのかもしれない。代りのモノを手に入れたのだから、足の喪失について思い悩む必要もないのかもしれないし、ソレについて考えている余裕もなかった。でも、それはひどく寂しいことに思えた。
――とにかく、あの〈生体甲冑〉を相手にしなければいけない。構造体から飛び出すと、ハクとワスダの攻撃に反撃していた装甲服に接近する。そしてその図体に似合わない動きを見極めながら、敵の死角を見つけ出そうとする。
迷彩を駆使しながら戦っていたワスダの動きに合わせて接近すると、すぐに敵の刃が
攻撃を仕掛けていたハクとワスダの動きに合わせて、ショルダーキャノンから〈貫通弾〉を撃ち込む。至近距離からの射撃だったが、それでもなお、敵のシールドを貫くことができなかった。しかしその攻撃で注意を引き付けることができた。〈生体甲冑〉の動きが止まると、ハクが背後から飛び付き、そのまま敵を床に押し倒すのが見えた。
ハクは〈生体甲冑〉を地面に押さえ付けたまま、糸を吐き出して動きを封じていく。床に倒れた不利な体勢で糸が絡みついたからなのか、装甲服は立ち上がることができずにいた。その隙を突いて一気に肉薄する。
装甲服に向かって飛び込む瞬間、義足のアシスト機能のおかげなのか、想像していたよりも素早く動くことができた。〈生体甲冑〉に備わる機能のように、〈ハガネ〉によって形成されていた義足にも筋力や反応速度を増幅する機能があるのだろう。
ハクが無数の脚を使い、爪を突き刺すように叩きつけているのが見えたが〈生体甲冑〉の装甲は
凄まじい衝撃のあと、複雑な機構を備えたマニピュレーターアームが金属片を撒き散らしながら爆散するのが見えた。しかしそれとほぼ同時に別のアームが動いて、重機関銃を思わせる兵器の銃口がこちらに向けられるのが見えた。それは、〈生体甲冑〉に圧し掛かりながら攻撃していたハクにも向けられることになった。
「ハク!」
眩い閃光を避けながら声を上げる。が、ハクの心配をする必要はなかったようだ。ハクは人間離れした反射神経で攻撃を軽く躱すと、アームの関節部分に向かって赤黒く染まる糸の塊を吐き出す。それは見る見るうちに関節部分を保護していた装甲を熔かし、関節の機構そのものを破壊してアームを使い物にならないようにした。
ハクとの連携で〈生体甲冑〉のアームを破壊することができたが、まだ二本の腕が残っている。すぐに距離を取ると、こちらに向かって発射される熱線を躱していく。
そのさい、ふとミスズたちのことが気になって背後を確認したが、彼女たちは橋のように架けられた構造体を使い上方に移動しているのが見えた。なにか考えがあるのだろう。
とにかく〈生体甲冑〉の注意をこちらに向けるように攻撃を続ける。敵は巨体を宙に浮かせながら素早く接近してくる。重力制御装置を使っているのだろう。
すぐに危険を察知すると、足を止めないようにして攻撃を躱していく。すると〈熱光学迷彩〉で姿を隠していたワスダから攻撃を受けて、装甲服の動きが鈍る。その隙を逃さないように、すでに用意していた〈鬼火〉を撃ち込む。
目にもとまらない速度で飛んでいくが、それでも装甲服のシールドによって軌道を逸らされてしまう。しかしそれは予想していたことだ。カグヤに複数の〈鬼火〉の遠隔操作を任せると、あらゆる角度から同時多発的に攻撃を行わせる。
基本的に〈鬼火〉は質量と運動エネルギーによって標的を攻撃する兵器なので、レーザー兵器や銃弾と異なり、一度発射したら終わりではなく繰り返し攻撃することができた。もちろん、質量を維持するのに膨大なエネルギーが消費されてしまうので、無限に攻撃できるというわけではなかったが、〈生体甲冑〉の注意を逸らすには充分だった。
しばらくすると、蠅のようにたかる無数の〈鬼火〉を嫌って二本の腕を振り回すのが見えた。その隙を突いて一気に接近すると、再び義手を使った零距離での射撃を行う。手で触れていなければ敵を傷つけることができず、それ相応のリスクを伴う攻撃だったが、敵の装甲を破壊できる唯一の手段でもあったので無理を押し通す。
装甲服の損傷個所が増え、徐々に動きが鈍くなっていくのを横目に見ながら、拡張現実で表示されていたミスズたちの状況を確認する。
彼女たちは息を潜めるようにして構造体を進んでいた。時折、複雑に重なり合う構造体が軋むのが聞こえてきた。けれど〈生体甲冑〉は彼女たちに気がついていないのか、それとも無視しているのかは分からなかったが、こちらに攻撃を集中していた。それはミスズたちにとって都合が良かった。
ヤトの戦士たちは、各々の役割を果たすために全力を尽くしていた。目的の構造体の上に到達した戦士たちは、構造体を破壊するための梱包爆薬を適切な箇所に設置してく。それは〈焼夷手榴弾〉同様、事前に腕輪の〈収納空間〉から取り出し手渡していたモノだ。数は少ないが、不安定な構造体を破壊するのに充分な量の爆薬だった。
ミスズの計画を察すると、装甲服の注意を自分に向けるため敵に向かって飛び込む。ワスダもこれから起きることを理解したのか、〈生体甲冑〉の攻撃を躱しつつ構造体の下まで誘き寄せていく。
そしてその瞬間がやってくる。ミスズたちは準備を整えると、装甲服に決定的な一撃を与えるため退避した。彼女たちの動きは素早く、瞬く間に安全地帯まで移動すると、すかさず起爆する。
凄まじい爆発音と衝撃波のあと、構造体の一部が持ち上がり、そしてゆっくりと崩壊していくのが見えた。金属の裂け目からは火花が散り、粉塵のなか無数の金属片が舞い上がる。それらの
装甲服はすぐに爆発に反応し、巨大な構造体に向かって兵器を向けようとしたが、ハクが吐き出した糸で動きが封じられる。そしてそこに巨大な瓦礫が降ってくる。瞬く間に装甲服は押し潰され、足場の構造体も轟音を立てながら破壊され、深い穴の底へと落下していくのが見えた。
その混乱のなか、宙に浮かび上がろうとする〈生体甲冑〉の姿が見えたが、次々と巨大な構造体が降りそそいで、ついにその姿も見えなくなってしまう。まるで叫び声のように、広大な空間に金属が
どれほど強力な兵器でも、あれだけの質量に圧し潰されたのだ。破壊されていなくとも、すぐに戻ってくるのは難しいだろう。
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いつもお読みいただきありがとうございます。
突然ですが、第九部(新たなる脅威)編の編集作業が終わりました!
よかったら読んでみてください。
近況ノートに変更箇所など書いておきました。
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