第773話 空虚な群れ
無機質な通路を照らすのは赤みがかった非常灯だけで、明滅を繰り返す光の下に見えるのは、人擬きの群れがゆらゆらと立ち尽くす姿だった。
これまで幾度も変異を繰り返してきた化け物の肌は灰色がかり、一部は剥げ落ち、暗闇に溶け込むように無数の穴が開いている者もいる。その表情は空虚で、感情の一切が欠如していたが、無数の瞳が暗闇のなかで
それらの人擬きの動きは緩慢で、ときに互いの腕が絡まり合いながら、それでも目的もなく
この区画だけ照明が落とされているのは、人擬きが明かりのなかで活発に動くことを避けるためなのだろう。しかし実際のところ、人擬きは暗闇を好むので、対応としては間違っているのかもしれない。
その暗闇のなかでも人擬きの異様な姿は目立つ。長く伸びた腕を地面に
我々はエンドウが改造した〈ツチグモ〉を連れて、音を立てないように静かに通路を進み、化け物の群れに接近していく。多脚の微かな駆動音が通路に響き渡るが、ゾンビめいた人擬きのうめき声に掻き消されてほとんど聞こえなくなるので、すぐに発見されてしまう心配はないだろう。
それでも息を潜め、薄闇のなかを少しずつ進んでいく。遮蔽物になる太い支柱を見つけると、柱の陰に姿を隠し、〈ツチグモ〉だけを先行させる。遠隔操作用のケーブルには余裕があったので、人擬きの群れに見つからないギリギリの距離まで接近させることができた。
エンドウがデータパッドを使って〈ツチグモ〉を操作している間、通路を塞ぐように群れている人擬きを注意深く観察する。
化け物の多くは、かつて人間だったころの面影をかろうじて留めていたが、変異を繰り返したことで恐ろしい変貌を遂げていた。一体一体が異なる容姿を持ち、骨格は歪み、その姿はグロテスクで吐き気を催すほど醜悪なものになっていた。
その中には身体の半分が腐敗して骨が露出し、黒ずんだ血液が滴り落ちている者もいれば、肩から腕がもぎ取られ、筋繊維と骨がぶら下がっている者も見られた。腹部が裂けて内臓が露わになっている個体は、体内で蠢く昆虫を無視してノロノロと歩いている。すでに見慣れた光景だったが、気色悪いことに変わりない。
明確な意志や感情を持たず、生前の苦痛や怒りが残っていないことは分かっていたが、その表情は永遠の苦悶を訴えているかのように歪んでいる。
それらの化け物を観察しながら戦闘の準備を進めていく。空気は重たく、腐臭と死の臭いが漂ってきていた。エンドウは早々に仕事を終わらせるため、〈ツチグモ〉の戦闘システムをオンラインに切り替えていく。
通路に立ち尽くす人擬きの中には、かつての施設警備員だった者や要人警護のための民間軍事会社の人間が含まれていることが分かった。彼らは例外なく〈サイバネティクス〉を身につけていたが、義手や義足はただの補助具ではなく、戦闘能力を強化することに特化した〈サイバーウェア〉であることは明らかだった。
それらの装備の多くは体内に収納されていたが、変異を繰り返す過程で組織と融合し、錆びついた金属が不気味な音を立てながら動いている様子が見られた。義手や義足が破損した個体もいれば、すでに二足歩行を諦めた個体もいて、人間離れした異様な姿に変化している個体も多く見られた。
そこに異様な人擬きが、ひたひたとこちらに歩いてくるのが見えた。頭部の半分が腐り落ちた化け物で、その頭部には高性能な
データパッドを睨んでいたエンドウは、脅威になるであろう人擬きに対抗するための戦術を素早く入力しながら戦車の操作を開始する。〈ツチグモ〉の射撃システムを起動し、人擬きの群れを攻撃するための準備を整えていく。
そして容赦のない攻撃が開始される。鋭い銃声と共に無数の銃弾が一斉に放たれ、通路を埋め尽くす人擬きの群れを打ち倒していく。ズタズタに破壊された肉体が飛び散るなか、一部の人擬きは銃声に反応し、まだ動ける手足を使いながら恐ろしい速度で接近してくる。
これらの化け物の外見は人間としての面影を僅かに残しているが、その肉体の大部分が腐敗し脆くなっているため、動くたびに肉体が崩壊していくのが確認できた。黒ずんだ皮膚は所々剥がれ落ち、その下には不気味な光沢を放つ皮下装甲が露出している。空っぽの
猛然と駆けてくる化け物が〈サイバーウェア〉で強化された腕を不自然な角度で伸ばすと、金属製の爪が薄闇の中で瞬くのが見えた。その化け物の声は上げることなく、ただ無言で襲い掛かってくるが、戦車に接近される前にフルオート射撃で銃弾を叩き込んで処理する。
薄暗い通路に機械銃のマズルフラッシュが瞬くたびに、人擬きの異様な姿が浮かび上がるのが見えた。想定していたよりも敵が接近する速度が異常に速く、〈ツチグモ〉を操作していたエンドウは、次々と襲いかかってくる人擬きに後退することを余儀なくされる。この混沌とした戦闘の中で、ゆっくりと考えて決断している余裕はなかった。
通知音が聞こえると弾薬を装填するため、弾薬箱を抱えながら〈ツチグモ〉に近づく。その間も機関銃の砲身は赤熱し、高速で回転し続けながら銃弾を撃ち込んでいく。
射撃音は雷鳴のように通路に響き渡り、無数の弾丸が空気を裂きながら人擬きの群れを壊滅させていくのが見えた。銃弾が化け物の身体を貫くたび、肉や内臓が飛び散る不快な音が銃声に雑じって聞こえてくるようだった。
多くの人擬きはその場でバラバラになり、血と肉片が雨のように降りそそぐことになった。腐敗し脆くなった身体はボロ切れのように簡単に裂け、内臓がこぼれ骨がむき出しになっていく。一部の化け物は上半身や腕が吹き飛ぶが、なおも這いずりながらこちらに向かってくるのが見えた。
引き千切れそうになっている内臓の一部を引きずりながら、薄暗い通路を這う姿は異様で、ゾンビ映画さながらの光景をつくり出していた。しかし〈ツチグモ〉には意味のない光景だった。ただ機械的に人擬きを無力化していく。
そこに突如、〈サイバーウェア〉を装着した人擬きが群れから飛び出すのが見えた。他の個体よりも背が高く、異常な身体能力によって瞬く間に戦車に肉薄する。
かれらは通常の人擬きと異なり、強化された驚異的な身体能力を持ち合わせていて、獣めいた俊敏な動きで車体に飛び乗ると、装甲の隙間に義手を突き入れる。そして剥き出しになっていたケーブルと回路基板を破壊していく。金属がひしゃげる嫌な音とともに、火花が飛び散っていくのが見えた。
人擬きが義手の刃を使ってケーブルの束を引き裂くと、それが致命的なダメージになってしまったのか、瞬く間に車両を制御するシステムが停止して機関銃による攻撃も止まってしまう。そこに複数の人擬きがやってきて車両に飛び付くと、遠隔操作のためのケーブルも切断され、戦車は完全に無防備な状態になってしまう。
「あぁ、おれのツチグモが!」
エンドウの情けない声を聞きながら人擬きに銃弾を撃ち込んでいくが、すでに手遅れだった。炎と黒煙が立ち昇り、〈ツチグモ〉は鉄屑に変わってしまう。だが悔やんでいる余裕はない。すぐにライフルを構えて、襲いかかってくる人擬きに銃弾を叩き込んでいく。
数体の人擬きはその場に崩れ落ちるが、別の個体が叫び声をあげながら駆けてくるのが見えた。しかし焦ることなく〈自動追尾弾〉を使い的確に頭部を撃ち抜いていく。〈ツチグモ〉は破壊されてしまったが、群れに壊滅的な被害を与えていたので、あとは〈サイバーウェア〉で強化された数体の人擬きを処理するだけでよかった。
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