第772話 改造〈ツチグモ〉


 ジュジュを連れて通路に出ると、剥がれた壁面パネルや機械人形の残骸でつくられた簡易的なバリケードのなかで休息する仲間たちの姿が見えた。


 このバリケードは通路の両端をほぼ塞ぐ形で配置されていて、パネルの隙間からは、機械人形の残骸や装甲が見え隠れしていた。装甲は所々にゆがみや焼け跡があり、激しい戦闘の記憶を色濃く残していた。


 ミスズたちはそのバリケードのなかに小さな安息所をつくっていた。戦士たちの多くは床に座り込み、ブロックタイプの味気のない携帯食を黙々と食べていた。しかし〈国民栄養食〉は、その素朴な味と食感とは対照的に、この過酷で困難な状況を切り抜けるために必要な栄養素がすべて揃っている。


 負傷し疲労困憊していた数人の戦士は、壁に寄り掛かるようにして薄い布にくるまり、短い睡眠を取っていた。しかし戦士たちの呼吸は安定していたので、しっかりと身体を休めることができていて、とくに心配することがないように思えた。まさかこんなに大変な探索になるとは思っていなかったが、ひとりの犠牲者も出さずに乗り切れそうだ。


 先ほどまでの激しい戦闘の影響なのか、通路の光源は乏しく照明は明滅を繰り返す間接照明のみだった。その通路は静かだったが、つねに不安と緊張が渦巻いているような気がした。それでもこの簡易的なバリケードは一時的な避難所になっていて、少しでも体力を回復させる貴重な場所になってくれていた。


 頭上に視線を向けると、回収予定の機械人形を探すドローンの姿が見えた。せわしなく飛び交っていた小型ドローンを一機だけ呼び寄せる。するとドローンは音もなくやってきて、まばたきするようにカメラアイを明滅させたあと、ビープ音を鳴らしながらホロスクリーンを投影してくれた。


 ジュジュはその画面を覗き込もうとして、戦闘服に爪を立てながら身体をよじ登ってくるが、それを無視して地下施設の地図を表示するように頼む。


 すぐに詳細なエリアマップが表示されて、現在の場所から次の目的地までの経路が青い線で示されていくのが見えた。その地図は地下区画の様子が細かく分かるように立体的に表示されていて、老朽化により利用できなくなった危険な通路も赤色の枠で示してくれた。地下では多くの機械人形が働いていたが、それでも保守点検できない区画があるのだろう。


 その地図を見ながら、ミスズたちと情報を共有していく。気になる箇所があれば拡大表示させて通路の状態を確認していく。処理する予定の人擬きは一箇所に集まっていたので、道中での襲撃を警戒する必要はなかったが、暴走した機械人形が潜んでいてもおかしくないので、襲撃されそうな地点も頭のなかにいれていく。


 ヤトの戦士たちも真剣な表情で耳を傾けて、うなずいてみせたり、小さな声で意見を交わしたりしていた。そこで誰かが迂回路について質問してきたので、その問いに答えるため画面をスライドさせ、地図を広げながら〈旧核防護施設〉について説明する。遠回りになることや、地下に汚染区域があることを話して納得してもらう。


 ドローンから提供されていたデータはつねに更新されていて、監視カメラから受信するリアルタイム映像も表示できるようになっていたので、説明に苦労することはなかった。


 ちなみに地図を表示してくれていた小型ドローンは、地下施設で利用できる一般的な〈ナビゲーター〉としての機能も備わっていたので、しばらくの間、カグヤのドローンの代りに探索を手伝ってもらうことにした。


 それから人擬きの群れについての情報も共有するが、ミスズたちには引き続き、この場で待機してくれるように指示した。休むことなく動き続けられる〈不死の子供〉の肉体と異なり、ミスズたちには休息が必要だったし、〈制御室〉で作業するアイを監視する人間を残していく必要があったからだ。


 ここで彼女が我々と敵対するとは思えないが、手放しで信用することもできなかったし、善人ぶって無理に信用する必要もないと考えていた。


 話し合いが終わってドローンから投影されていたホロスクリーンが消えると、再び通路の薄暗さに包み込まれていくように感じられた。その通路の先にふと視線を向けると、こちらにやってくるハクの姿が見えた。退屈して散歩していたのだろう。ハクの周囲には、〈深淵の娘〉に対する警告を投影する無数のドローンが飛んでいた。


 そのほとんどが施設内の制限区域に関する警告だったので、とくに気にする必要もなかったが、ハクが迷惑そうにしていたので設定を変更して消去してもらうことにした。それが終わると、ハクを連れてワスダたちと合流することにした。すでに人擬きのことは伝えていて、かれに処理を手伝ってもらう予定だった。


 機械人形の残骸が散らばる通路を歩いていると、大量の部品を抱えたワスダの姿が見えてくる。どうやら半壊した〈ツチグモ〉の部品を集めて修理しているようだった。


 エンドウの手で改造されていた〈ツチグモ〉は、〈廃墟の街〉のあちこちで見られる二人乗り用のコンパクトカーを思わせる小さな機体だったが、それにもかかわらず、驚異的な機能性と攻撃力を兼ね備えていた。複合装甲におおわれた四本の脚は、関節部に高度な機械技術が使われていて、あらゆる地形や環境に適応しスムーズに動くことができた。


 車体中央に据えられた球体型の〈AIコア〉は、〈自律戦車〉の心臓部であり、白と灰色のデジタル迷彩が施された強固な装甲で保護されていた。


 この迷彩パターンは市街地戦闘を想定したもので、視認性を著しく低下させる効果があり、〈光学迷彩〉と併用することで隠密性を高めていた。その装甲を近くで見ると、表面がハニカム構造になっていることが分かった。


 エンドウが改造した〈ツチグモ〉は機能向上が期待できたが、相応のリスクも伴うようだ。本来、厚い装甲でしっかりと覆われていたコアは、装甲の一部が取り外され、その下の複雑な内部構造が部分的に露出しているのが確認できた。


 金属の骨格に沿って密に配置された配線の束や、青や赤に点滅している複数の装置、それに回路基板が剥き出しになっていた。これは直接的な衝撃に対して脆弱さをもたらし、破壊されるリスクを高めていた。


 けれどエンドウは気にしていないのか、コアが露出した部分に大型の弾倉箱をいくつか追加しているのが見えた。それぞれが容易に取り外し可能な設計になっていて、素早く弾薬の補給ができるようになっていた。その重厚な弾倉箱は、破壊された〈ツチグモ〉や〈セントリーガン〉から回収してきたモノなのだろう。


 人工知能につながる補助端末には、〈自律戦車〉を遠隔操作するためのケーブルが接続されているのが確認できた。細いケーブルの束はダクトテープでまとめられていて、走行のさいに邪魔にならないように車体フレームに固定されていた。


 そのケーブルをどこから調達してきたのかは分からないが、耐熱性や衝撃に強い特殊な合成素材が使われていて、人擬きのみつきに耐えるだけの強度を持っているようだった。エンドウのデータパッドに接続されたこのケーブルを使うことで、遠く離れた場所からでも〈自律戦車〉を精密に操ることができるのだろう。


「ワスダが話していた切り札っていうのは、この戦車のことなのか?」

 かれは肩をすくめたあと、車体を顎で指した。

「そいつを使って、連中を一気に始末するのさ」


 車体側面に搭載された重機関銃は、圧倒的な火力で人擬きの群れを一掃するための改良が施されていた。機関銃は強固なフレームに固定され、黒く光沢のあるバレルが前方に向けられている。射角は制限されるが、改造によって追加された弾倉箱から太い弾帯が機関銃に伸びていて、大量の弾薬を供給できるようになっていた。


 金属製のベルトリンクで弾薬が整然と並んでいる様子は、まるで金属の蛇を見ているようだ。機関銃の追加によって狭い通路だけでなく、開けた場所においても圧倒的な制圧力を発揮し、人擬きの群れを効率的に排除することが期待できた。もっとも、身体改造した人擬きも紛れているので、どのような結果になるのかは分からない。


 とにかく攻撃の準備ができると、我々は人擬きの群れが立ち尽くす通路に向かう。辺りには言い知れない腐敗臭が漂っていて、人擬きが喰い散らかしたと思われる〈国民栄養食〉のパッケージや缶詰が無雑作に転がっているのが見えた。地下区画は機械人形によって管理され清潔に保たれているので、それらのゴミは最近のモノなのだろう。

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