第771話 旧核防護施設
〈第二区画・エリアマップ取得中……〉
周辺一帯の地図を取得している間、監視カメラが記録していた映像を確認すると、
「ソクジンはどこに向かっているんだ?」
映像を倍速で再生すると、巨大な隔壁の前で立ち止まるのが見えた。ホログラムで投影されていた施設名は日本語だった。
「〈旧核防護施設〉……避難用の共同核シェルターか」
隔壁に備え付けられていた端末を操作すると、その巨大な隔壁が開放されるのが見えた。
「戦争や疫病をはじめ――」と、アイは作業を続けながら説明してくれる。「あらゆる危機的状況に対処し、人類を存続させるために機能する災害用の重要施設だよ。もちろん、放射線防護施設としての機能も備えている」
複数のホロスクリーンが投影されると、施設に関する詳細な情報が確認できるようになる。広大な居住区画には最大で五千人を収容するだけの空間があり、〈食料プラント〉をはじめ、各種施設を備えていて、居住者に対して充分な食料が供給可能になっているようだった。
「そこは――」と、アイは説明を続ける。「子どもたちのための学校や病院、娯楽施設も完備していた。災害やテロ事件などの、あらゆる外的危機から居住者を守る自動防衛システムや機械人形による保安設備も用意されていたんだ。その気になれば、地上に出ることなく一生を終えられるようになっていたみたい」
「核戦争を想定した施設ってことか……」
「一度も利用されることなく閉鎖したけどね」
「施設に何か問題があったのか?」
「ううん、そうじゃなくて実験的な施設だったんだ。建設のさいに生じる問題をデータ化するためのモノ。当時、建設業界は作業の多くを機械人形に頼っていたけれど、技術的に未熟な部分もあったから。……つまり、はじめから利用する予定はなかったの。ほら、そこに〈旧核防護施設〉って書いてあるでしょ?」
「すでに代わりになる施設があるのか」
「問題点を解決したあと、ちゃんとした施設が建設された。もっとも、それは要人を収容するための施設に変更したから、だいぶ規模は縮小したみたいだけど」
「その閉鎖された施設には、なにか重要なモノがあるのか?」
「ある」
アイはそう言うと、溜息をつきながらイスの背にもたれた。彼女の姿勢に合わせてクッションが形を変えていくのを見ていると、地図に赤く点滅する箇所が表示される。
「そこに〈軍用AI〉の中枢システムに接続するための緊急端末が設置されてるんだ」
「どうして放棄された施設に重要な設備があるんだ」
「さぁ?」と、彼女は肩をすくめる。「きっと移動させられなかったんでしょ」
「それなら、ソクジンの目的は〈軍用AI〉のシステムに直接接続することか……」
「目的じゃないよ、もう侵入してシステムに接続したんだから。これを見て」
映像が倍速再生されていくと、〈旧核防護施設〉内を移動するソクジンの姿が映し出される。長い通路を歩いて、それからエレベーターに乗り込み、また薄暗い通路を歩いていく。彼が通り過ぎたあとには、人工血液が点々と残されることになった。そしてある地点まで移動すると、ソクジンの姿が追えなくなった。
「その先は最重要区画で、外部システムから完全に遮断されていてスタンドアローンで管理されているんだ。それなのに、どうやったのかは分からないけど擬似信号を流して、防衛システムを欺いたあとピケットラインを越えた」
「独立したシステムか……それなら何をやっても施設内部の状況は分からないってことか」
「そういうこと。直接あの場所に行かないとダメみたい」
アイは背筋を伸ばすと、またキーボードを叩いて複雑なコードを入力していく。
「レベルEでセキュリティシステムを再起動する。ついでに侵入者が使用した端末と潜伏型ウイルスが検知できないか全システムを探査してみる。もしかしたら抗体のロードも必要になるかもしれないから、もう少しだけ待ってくれる?」
「それなら、先に〈旧核防護施設〉に侵入できないか調べてくるよ」
「その必要はないよ」
彼女の言葉に眉を寄せると、すぐ目の前にホロスクリーンが投影される。
「私たちは管理者専用の区画を通って目的地に向かう。施設内にある居住区画は広大で、とてもじゃないけど歩いて移動してる余裕なんてない」
地図には地下施設の複雑な通路が表示されていて、長い廊下やエレベーター、それに機械人形が使用するメンテナンス用通路が青色のワイヤーフレームで結ばれていくのが見えた。それは迷路のように複雑に入り組んでいた。
「カグヤ、目的地までの移動経路を表示してくれるか?」
目的の区画が赤色の線で縁取られ拡大表示されて、目的地に赤いピンが立てられると、すぐに最適な経路が計算されて光の線で示されていく。それなりの距離を歩くことになるが、たしかに〈旧核防護施設〉に侵入するより、ずっと時間を節約できるようだ。
「ただ、少し問題があるんだ」
「問題?」
思わず顔をしかめると、彼女はクスクスと笑ってみせた。
「心配しなくても警備用の機械人形が私たちを襲うことはない。けど、まだ脅威になるものたちがいる」
別のホロスクリーンが浮かび上がると、通路に設置された監視カメラの映像が表示される。そこには百体を越える人擬きが映し出されていて、なにをするでもなく、ぼうっと立っている様子が確認できた。
「地下施設は自動化されていたけれど、それでも各設備を運用するための管理権限を持つ技術者が働いていた。その多くは未知の病原体に感染して、人ではないモノに変異してしまった。その処理に困った保安システムは、機械人形を使って彼らを隔離することに決めたんだ」
「それで一箇所に集まっているのか……」
そこにいる人擬きの多くは衣類を身につけていなかったが、一部の個体は異様に背が高く、戦闘用の〈サイバーウェア〉らしきものを装着した警備員の姿も見られた。
「ソクジンが管理者専用の区画を利用しなかったのは、人擬きの群れを避けるためだったんだな」
そこにジュジュがトコトコやってくるのが見えた。ミスズたちと一緒にいたが、退屈になって遊びにきたのかもしれない。ジュジュは人擬きが映っているホロスクリーンを指差しながらカチカチと口吻を鳴らす。ソレが危険な存在だと我々に教えてくれているのかもしれない。
地図を表示して一緒に眺める。
「迂回路もないみたいだな……」
「残念だけど」とアイが言う。「そこを通る以外の道はないよ。それに今は警備用の機械人形に支援してもらうこともできない。でも、今さら人擬きなんて相手じゃないでしょ?」
「どうだろう。見慣れない個体も紛れているみたいだし、厄介な相手に変わりないよ。そもそも俺には、連中がどうやって生きてきたのかも分からない」
「機械人形たちが定期的に食料を運んでいたんだよ。ほら、あの変異体の群れは私たちが保護する対象じゃないけど、侵入者に対しては効果的だから」
「ホテルに大量の人擬きがいるのも、侵入者に対する警告なのか?」
「それもあるけど、あれだけの数の変異体を処理するのは手間でしょ」
「時間ならいくらでもあっただろうに」
彼女は返事をせず、ただ肩をすくめてみせた。
「やれやれ」溜息をついたあと、ジュジュを抱き上げる。
「障害になる人擬きを処理してくるよ。ここでの作業が終わったら合流してくれ」
「了解」
人擬きの位置情報を転送してもらったあと、〈制御室〉にカグヤのドローンとアイを残して廊下に出る。
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