第770話 検索〈制御室〉
まるで戦場を思わせた通路は、戦闘のあとの――あの耳が痛くなるような、しんとした
冷たい照明の下、床や壁面パネルには無数の弾痕が刻まれ、空気は熱した金属と火薬のニオイに満ちていた。そこかしこに動きを止めた自律戦車と機械人形の残骸が散乱していて、〈コムラサキ〉はかつての脅威から、無害な機械の塊に変わっていた。
それらの機械人形は、眠るように――あるいは死んでしまったかのように横たわっているが、それは眠ってもいなければ死んでもいない。彼女たちの人工皮膚には、戦闘による損傷が見られ、人工筋肉や金属骨格、それに機械部品が露わになっていた。そこに武装していない機械人形が近づいてくるのが見えた。身構えてしまうが、敵意はないようだ。
損傷した機体を回収するために派遣された〈マンドロイド〉なのだろう。頭部を含め全身が滑らかな金属外装に覆われた女性型の機械人形で、顔には目や口を象る細い溝が彫られていたが、のっぺりとしていて表情がない。しかし同時に、細身で有機的な優雅さを持ち合わせる奇妙な機械人形でもあった。
その〈マンドロイド〉は、損傷した機械人形を専用のホバーユニットに次々と積み込み、修理のために運び去っていく。我々には無関心で、無駄のない動きで損傷した機体を回収していく。〈コムラサキ〉同様、人間に求められるありとあらゆる機能が詰め込まれているからなのか、〈マンドロイド〉は高価な機体だった。
その高価な機体が、ここでは作業用ドロイドの代りに簡単な仕事を任されていた。どこからともなく姿を見せる大量の〈マンドロイド〉を見ていると、思わず溜息をついてしまう。保安システムの一部を掌握したことで、もはや機械人形が我々の命を狙うことはない。その事実が、一時的とはいえ平和な瞬間をもたらしてくれる。
通路に座り込むヤトの戦士の姿が見えると、急ぎ足で近づく。壁にもたれかかり、息を切らしている戦士たちの顔には疲労と痛みが刻まれている。人間離れした身体能力を持っていたとしても、あれだけ強力な機械人形を相手にしたのだから無理もない。あちこち負傷していたが、全員が生き残ってくれたことに安堵する。
「大丈夫か?」
声を掛けると、戦士は苦痛に堪えるような顔でうなずく。すぐに医療キットから〈バイオジェル〉を取り出すと、損傷していた箇所を丁寧に洗浄して、それからジェルを塗り込んでいく。ソレは肌に触れた瞬間から、皮膚の組織に反応して細胞の再生を促進していく。すでに見慣れていた光景だったので、傷が修復されていく過程を見ても驚くことはない。
戦士たちひとりひとりの傷を治療しながら、彼らの顔を見て回る。傷口にジェルが触れるたび、戦士たちは傷口の違和感と微かな痛みに顔をしかめるが、その表情が徐々に和らいでいくのが見て取れた。戦う意思をなくしていないし、現在の状況に悲観している様子もない。戦闘種族なだけあって、戦士たちの士気は高いままだった。
それでも励ましの言葉をかけながら治療していく。優しい言葉をかけるのは苦手だったが、仲間たちに対して親切でいられることは好きだった。かれらは困難な状況にも
「よう、兄弟。こっちだ」
ワスダに呼ばれてハクたちのもとに駆け寄ると、負傷したミスズを治療しているナミとソフィーの姿が見えた。すぐにカグヤに頼んでミスズの状態を確認してもらう。どうやら、レーザーライフルの一斉射撃を受けたさいに脇腹を負傷していたようだ。しかし幸運なことに臓器に損傷はなく、〈バイオジェル〉でも充分に治療できる傷だった。
ひどく
保安システムは我々を敵として認識しなくなったので、ここで襲撃されることはないのかもしれないが、〈軍用AI〉が相手なので完全に安心することはできない。だから休めるときに休んでもらう。ワスダも人工知能を信用していないのか、エンドウを連れて周辺一帯の安全確認に行くようだ。
「すぐに襲撃されるようなことはないと思うけど、気をつけてくれ」
ワスダは肩をすくめると、氷漬けになった〈コムラサキ〉を観察していたエンドウを連れて通路の先に向かう。
「ところで――」と、ハクに声を掛ける。
「ハクは疲れてないか?」
『ん、だいじょうぶだった』
ハクがベシベシと地面を叩くと、床の表面を覆っていた薄い氷の膜が割れるのが見えた。どうやら無理のない範囲で〈輝けるものたちの瞳〉を使いこなせているようだ。
「さてと……」
ハクにミスズたちの護衛を頼んだあと、カグヤとアイが作業を継続していた〈制御室〉に戻ることにした。保安システムに接続することで、敵味方を識別する設定は変更できたが、まだ完全にシステムを制御下においたわけでないので、膨大な作業が残されていた。
室内は静まり返っていて、先ほどまでの混沌とした雰囲気はすっかり消えていた。アイは作業用ドロイドを手懐けていて、システムの操作に集中している様子が見て取れた。
無数の画面が点滅し膨大な情報が――ほとんど読み取れないほどの速度で、縦にスクロールしているのが確認できた。そこでは、機械人形が無数の指でタイピングする音や機器から発せられる微かなビープ音だけが聞こえていた。
アイは険しい表情でホロスクリーンに映し出されていたセキュリティ設定の項目を睨んでいた。彼女はシステムに更なる変更を加えるために、システムの深層にアクセスしようとしているようだった。
時折、ぎこちない手つきでキーボードを叩いているのが見えた。〈接触接続〉や有線接続のほうが効率よく操作できるように思えたが、彼女はキーボードの操作にこだわっているようだった。
「やっぱりアクセスを妨害する侵入者がいるみたい……」
アイは小声でつぶやくと、うんざりした表情で小指の爪を噛んで見せた。
損傷していた指先の人工皮膚や爪はすでに自己再生していて、怪我をしていた様子は見られなかった。彼女は保安システムのセキュリティ層を解除する作業を続けていて、複数の機械人形が異なる端末で異なるタスクに専念していた。その作業は、端末に偵察ドローンを接続したカグヤも手伝っているようだったが、思うように進展していないようだった。
室内には重苦しい緊迫感が漂っていて、時折、彼女たちが交わす専門的な会話が聞こえてくるだけだった。手伝えることがないと分かると、近くのデスクに座り、モニターに地下区画の地図を表示して金庫室を探すことにした。ついでに監視カメラから受信する映像も表示すると、複数のホロスクリーンが投影される。
ワスダたちが氷漬けにされた〈コムラサキ〉の間を歩いている映像を眺めていると、なんの脈絡もなく、コンソールモニターの暗い背景に冷たい青色の文字が浮かび上がるのが見えた。
〈認証IDノ確認ヲ行イマス〉
点滅する文字を見ていると、コンソールパネルに収納されていた〈接触接続〉のための専用端末が手元にあらわれる。
「カグヤ、これが何か分かるか?」
『レイの権限を確認したいみたいだけど、勝手に端末を操作したの?』
「操作したけど、金庫室の位置を検索しただけだよ」
ここで操作を間違えてしまえば、システムは我々のことを再び侵入者とみなし、さらに厳しい防衛措置を講じてしまう……というわけでもなかったので、そこまで深く考えることなく端末に触れて〈接触接続〉を行う。すると地図に点滅を繰り返す赤い点があらわれる。どうやら生体反応を検知したようだ。
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