第769話 焦燥感


 数百発の銃弾が跳弾しながら飛び交うなか〈制御室〉に駆け込む。そこには見慣れない無数の機器が立ち並び、吐き出す息が白くなるほど冷たい場所になっていた。


 ぐるりと見回すと、旧文明の驚異的な技術が詰まっているであろう銀色の立方体が柱のように並べられている。それらの装置は高度な処理能力を持ち、複雑なアルゴリズムや数式の計算、それに膨大な情報の解析を行っているのかもしれない。


 空間全体は機械的で無機質であり、数え切れないほどの装置やディスプレイが所構わず配置され、人間味のない空間を形成していた。黒く光沢のある金属パネルが壁や床を覆い、その反射で部屋全体が冷たく輝いていて、海の底に足を踏み入れたような感覚がした。


 が、すぐに騒がしい音が聞こえてくる。背後の扉からは戦場に迷い込んだような銃声が激しく鳴り響いていて、時折、悲鳴のような甲高い音が聞こえて〈制御室〉に微かな振動を伝えていた。ハクが暴れているのだろう。


 体力の消耗を抑えるために、あの〝怪光線〟を使用する時間は決めていたので、そろそろ攻撃が止まるかもしれない。そうなってしまったら、また〈コムラサキ〉の集団が襲い掛かってくるだろう。その前に急いで対処しなければいけない。


 ジュジュを抱きかかえたアイを部屋の奥に避難させると、〈接触接続〉で扉を操作して、隔壁を使って〈制御室〉を厳重に閉鎖する。これでしばらく機械人形に襲撃される心配はないだろう。


 隔壁が閉まると、途端に静寂に包まれ、機械の作動音が小さなノイズになって聞こえてくる。それは電子的な短い通知音を鳴らし、空間に奇妙な静けさをもたらしていた。素通しのパネルが設置された天井からは、冷却装置に接続された配管が伸びていて、その冷却装置からは白い冷気がゆっくりと溢れ出していて空間全体の温度を下げていた。


 無数の装置が並べられた通路の奥には、壁一面にモニターが設置されていて、その画面には複雑なコードの羅列や幾何学的パターンが流れ、時折、重要な情報が赤く強調されて表示されるのが見えた。光の点滅と情報の流れが黒に染まる空間を照らし、まるで星々が輝いているような印象を与えた。


 それらのコンソールモニターの前には、多腕の機械人形が行き交っていて、彼らの冷たいカメラアイは、情報の海に没入しているかのように絶えず明滅していた。


 アイはジュジュを床に下ろすと、コンソールパネルを使って保安システムに接続しようとするが、彼女の操作を受け付けないようだ。アイは無駄に焦ることなく、真剣な面持ちでコンソールを見つめ、システムに接続するために手段を模索する。やがて直接操作するしかないと判断したのか、装置のパネルを引き剥がそうとする。


 が、そんなに簡単に外れるようには作られていない。しかし戦闘用に改造された〈コムラサキ〉の義体を使っているからなのか、しばらくの抵抗のあと、しだいに金属が軋んでパネルが徐々に剥がれ始める。パネルが外れる瞬間、金属が激しく歪み、火花が飛び散り無数の破片が光を反射して部屋中に舞い上がる。


 その音と光に思わず目が眩むが、アイは気にせず作業に取り掛かる。無事にパネルを引き剥がすと、装置内部の機器が露わになる。複雑に入り組んだ配線が回路基板に繋がっているのが見えると、彼女は手首のソケットから接続用のケーブルを伸ばし、装置内の機器に挿し込む。


 パネルを引き剥がすときに指を損傷したのか、指先の金属が露出していたが、アイは無関心だった。痛覚に関する設定を弄っているのかもしれない。


 あと少しで保安システムに侵入できそうになっていたときだった、突如、機械人形の激しい攻撃が再開する。隔壁は〈コムラサキ〉が装備するライフルや高出力のレーザー兵器からの一斉攻撃を受けて、激しく振動するようになっていた。攻撃が行われるたびに、部屋の中で重低音が鳴り響くようなり、ジュジュは驚いてトテトテと駆け寄ってくる。


 通路の様子が確認できる監視モニターに視線を向けると、ミスズたちの制圧射撃を掻い潜るようにして接近してきた数体の機械人形が、〈制御室〉に侵入するために隔壁を破壊しようとしている光景が確認できた。彼女たちの攻撃は激しくなる一方で、隔壁の表面には凹みや傷がつけられていて、強度の限界に近づいているのが見て取れた。


 エンドウが一時的に制御下に置いた〈セントリーガン〉が機械人形の進行を食い止めようと一斉掃射を開始する。突如として鳴り響く銃声は、静寂を粉砕するかのように空間を支配していく。


 その鈍い音は、厚い隔壁で隔てられた〈制御室〉にも聞こえてきていたが、銃弾は〈コムラサキ〉のシールドに衝突し、火花を散らしながら弾道をねじ曲げられていた。それは高度な技術が、旧来の攻撃手段をあざ笑うかのような光景だった


 シールドは青い薄膜が目に見えるほど強力なモノで、〈セントリーガン〉の銃弾を完全に無効化していて、その間も彼女たちは隔壁に攻撃を加え続けていた。鋼鉄製の厚い隔壁は歪み、ひび割れと凹凸に覆われていて侵入されるのは時間の問題だった。


 敵を排除するため通路に残るべきだったのかもしれないが、裏切るかもしれないアイをひとりにすることもできなかった。だが悔やんでもしかたない。彼女が保安システムに侵入するのを黙って待つしかない。


 この間も、〈セントリーガン〉による掃射は行われていた。弾薬が尽きても、次から次に起動して攻撃を継続する。シールドを装備した〈コムラサキ〉を破壊することはできないが、気を逸らすことはできるかもしれない。


 隔壁が歪んで軋む音と、〈コムラサキ〉が繰り返す機械的な動きと攻撃、そしてその間にもひたすらシステムへの接続を試みるアイの横顔を見つめる。時間が刻一刻と過ぎていくなか、焦燥感ばかりが募っていく。


 カグヤにアイの支援を頼もうかとも考えたが、〈マスターキー〉を持っているアイの操作しか受け付けないだろう。隔壁がいつ破られるかという不安を抱えながらモニターを睨むことしかできなかった。


 そこにヤトの戦士たちが駆けつけてくる。彼らの手には黒い刃が特徴的な刀が握られている。ソレは一見するとただの刃物に見えるが、刃に微細な振動を発生させる機構を備えていて、〈高周波振動発生装置〉を内蔵した刀は触れたものを分子レベルで切断することが可能だった。


 扱い慣れた武器を手にした戦士たちは――静かに、かつ効率的に〈コムラサキ〉を破壊していく。その刀身が振動するたびに、装甲が容易く斬り裂かれていくのが見えた。しかし敵を圧倒しても、すぐに機械人形の増援がやってくるようになり、戦士たちは数の上で圧倒されるようになる。


 ハクとワスダも支援にやってくるが、どこからともなく姿を見せた〈ツチグモ〉に包囲され、身動きが取れなくなってしまう。嫌な緊張が走り、終わりの見えない戦闘に対する苛立ちが漂うようになるが、戦士たちは無言で互いを励まし、刀を手に戦い続けていた。


 やがて保安システムへの侵入が成功し、画面上に無数のコードが流れるようになる。アイは手首のケーブルを強引に切断すると、素早くキーボードを叩いてパスワードを入力する。


 その瞬間、すべての機械人形が動きを止めるのが見えた。そして一機、また一機と、まるで糸を切られた人形のように冷たい金属の塊が地面に倒れていくのが見えた。


「これでもう大丈夫」アイはそう言うと、ホッとしたような表情を見せた。

 どうやら無事に設定を変更できたようだ。これで保安システムは我々を侵入者として認識しなくなるだろう。〈接触接続〉で半壊していた隔壁を開放すると、ジュジュと一緒に仲間たちの様子を確認しに行くことにした。

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