第768話 忍術〈ハク〉
吹き抜けの高い天井に設置された〈保安警備システム三型〉から、軍用規格の改造が施された〈ガイノイド〉が降ってくるのが見えた。彼女たちは半透明のスキンスーツだけでなく、黒い強化外骨格に身を包み、重力に従いながら次々と地面に落下してくる。
それはまるで鋼鉄の雨のようだ。一体、二体、三体と、強化された〈コムラサキ〉が姿をあらわし、その数は増えるばかりだった。ヤトの戦士たちはこれまでにない強力な敵の出現に緊張しているのか、どこか重苦しい沈黙が漂っていた。その間も、保安設備から解き放たれた〈コムラサキ〉が降ってきていた。
彼女たちが着地するさい、床面の金属パネルがその重みに耐えきれずに凹み、金属がひしゃげる音が轟いて、さながら戦場で耳にする砲撃音のように響き渡っていく。
床が割れる轟音は空間全体を貫き、ミスズたちの耳に――ある種の恐怖として深く刻み込まれていく。衝撃で無数の金属片と小さな火花が周囲に飛び散るのが見えた。光を反射する金属片が舞い上がり、銀色の雨が降るかのような光景をつくり出す。空間全体が魔法に包まれたかのように輝くが、その幻想的な景色に見とれている余裕はない。
飛散する鋭い金属片から身を守るためシールドが展開され、空気中に金属臭と埃が舞い上がる。〈ガイノイド〉が次々と落下してくるなか、ただソレを静観しているというわけではなかった。ヤトの戦士たちは敵の出現に反応し、迅速に戦闘行動に移り、落下してくる〈コムラサキ〉に対して一斉に射撃を開始する。
さわがしい銃声が鳴り響き、マズルフラッシュやレーザーライフルから発射される赤い熱線が壁面パネルに反射して輝く。照準の先には着地と同時に起動し、瞳を明滅させながら立ち上がる美しい〈ガイノイド〉の姿が見えた。
断続的に銃声が轟くなか、落下中の〈ガイノイド〉が銃弾を受けて破壊される金属音が響き渡っていくが、敵の数が減る気配はない。
ある意味、無限に供給される〈ガイノイド〉のすべてを相手にすることは不可能だった。しかしそれでも戦士たちは一歩も退かずに、〈制御室〉に続く道を切り開くため、的確に射撃を行いながら敵を排除していく。着地し、起動した〈コムラサキ〉は銃弾を無効化するシールドを発生させるので、その前に排除しなければいけない。
ミスズとナミに率いられる戦士たちは連携しながら、障害になる〈ガイノイド〉だけを次々と排除していく。彼らの動きは緻密で無駄がなく、各々が持つ特技を活かしながら戦術的に敵を排除していく。そこにハクとワスダたちが加わり、さらに効率よく敵を排除できるようになる。
ハクはすでに着地し起動していた〈コムラサキ〉に狙いを絞り、網のように広がる糸を吐き出して動きを封じ込めていく。しゃがみ込んだまま糸に囚われて立ち上がれなくなった〈コムラサキ〉の多くは、ソフィーとエンドウが至近距離から銃弾を撃ち込んで排除していく。
吐き出された直後の糸は粘着力があり、すぐに絡みつく性質を持っていたが、空気に触れた途端に何かしらの化学反応を起こしているのか、たちまち硬化していく様子が確認できた。糸が固まってしまうと、そこから逃れるのは至難の業だった。
それでも、すでに起動していて戦う準備ができていた機体は、強引に糸を引き剥がし我々を排除するために動き出す。しかしその僅かな隙をワスダは見逃さなかった。かれは両手に持った超震動ナイフと背中の多関節アームを使い〈コムラサキ〉を排除していく。その暗殺者めいた素早い動きに敵は翻弄される。
彼の動きは鮮やかで、ナイフが振るわれるたびに大気が震えるように見えた。〈コムラサキ〉は攻撃に反応し、ナイフを避けると同時に、手にしたライフルから銃弾を撃ち込む。が、そのときには熱光学迷彩で姿を消していて、ワスダの動きを捉えることができなくなっていた。そして機敏な身のこなしで接近され、鋭利な刃物で首を
青白い微かな燐光を帯びた刃が接触すると、〈ガイノイド〉は身につけていた強化外骨格の装甲ごと赤熱しながら切断されていく。しかし痛みを感じない機械は、すぐさま反撃に出る。高圧電流を帯びた特殊警棒でワスダの動きを止めようとするが、彼は後方に飛び退いて距離を取り、すぐさま彼女の懐に飛び込んで刃を突き刺す。
そうして多くの敵を排除していたが、〈コムラサキ〉を指揮する人工知能も愚かではない。我々の戦術に素早く反応し、あらゆる攻撃を想定して対策を講じてくる。
機械人形は保安装置から投下されると同時に起動し、空中でシールドを展開して銃撃から身を守るようになる。そして〈重力制御装置〉めいた得体の知れない技術を用いて、落下の速度を変化させながら射撃にも対応する。
この予期せぬ動きに対して、我々は敵の新たな戦術に対抗する必要を迫られた。敵を排除しながら着実に〈制御室〉に近づいていたが、時間とともに戦闘は激化し、強力な機械人形の部隊に包囲されそうになっていた。
「すぐに保安システムを掌握しないといけない!」
ジュジュを胸に抱いていたアイはそう言うと、次々と出現する同型機体を睨みつける。
「それなら――」と接近する〈コムラサキ〉に〈貫通弾〉を撃ち込みながら言う。
「俺たちにどうすればいいのか教えてくれ!」
「私を〈制御室〉に連れて行って、今すぐに!」
もとよりそのつもりだった。問題は、敵が多すぎて前進することが難しくなっていたことだった。
「ハク!」前方で戦っていた白蜘蛛に向かって声をあげる。「〈輝けるものたちの瞳〉の使用を許可する。施設に被害が出ない程度の威力で敵を薙ぎ払ってくれ!」
しかしハクは理解していないのか「こいつ、急に何を言っているんだ?」というような仕草で、身体を斜めに傾けてみせた。
「敵を凍らせる怪光線のことだ!」
それは我々の切り札とも言える超自然的な能力だったが、それを使用するさい過剰に体力を消耗してしまうので、〈廃墟の街〉で一緒に威力を調整する特訓をしていたのだ。だからすぐに思い出してくれるはずだ。
『ん、おもいだした』
ハクはゴシゴシと
するとハクの視線の先に白藍色に発光する光球が浮かび上がるのが見えた。その五つの光球は、やがてひとつになり、生物の瞳を思わせる縦長の瞳孔を持つ発光体に変化していく。その瞳からは絶えず真っ白な氷霧が漏れ出していて、周囲の環境を冷たく変化させていた。そして標的になる〈コムラサキ〉の一団に妖しげな瞳が向けられる。
『ひょうとんのじつ!』
どうやら最近のハクのお気に入りは、忍者が使う不思議な術のようだ。〈データベース〉のライブラリでアニメを見ている影響だろうか。
次の瞬間、まるで獣の悲鳴のような、耳をつんざく甲高い音とともに青白い閃光が放たれる。ハクは空中に浮かんでいた瞳を動かすため、身体の位置を変えて横に薙ぎ払うように閃光を放つ。その怪光線はこちらに駆けてきていた〈コムラサキ〉の集団に直撃し、その身体を横一文字に切断していく。
得体の知れない怪光線を受けた〈コムラサキ〉の大群は、しかしその場で倒れたり、機械部品が飛び散ったりするようなこともなければ、派手に爆散することもなかった。彼女たちは怪光線に触れた瞬間に凍りついてしまい、身体を切断されたまま氷のオブジェに変わる。
氷漬けにされていた〈コムラサキ〉は、やがてバランスを失うように地面に倒れ、次々と粉々に砕け散っていった。その間も、甲高い発射音が聞こえ、細長い閃光が撃ち出され続けていた。それは通路そのものを凍らせるほどの冷気を帯びていたが、ハクが威力を調整してくれているおかげで、広範囲に被害が出ることはなかった。
敵の動きが止まると、その隙を逃さないように、アイの手を取って氷漬けになった〈コムラサキ〉たちの間を駆け抜けるようにして〈制御室〉に向かう。
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