第774話 回収〈AIコア〉


 最後の人擬きが倒れると、ふたたび静けさが戻ってくる。通路は無力化された化け物の肉体で埋め尽くされていたが、それでもなお、一部の人擬きはまだ動いていた。彼らは簡単に死ぬことのできない存在であるため、内臓が露出し身体が欠損しても、千切れた手足を引きるようにしてい回っていた。


 群れを排除できたことに安堵していたが、すぐに次の問題に取り組まなければいけなかった。無力化された人擬きの死骸を通路から取り除く必要があったが、燃え盛る〈ツチグモ〉に対処することが急務だった。


 カグヤと連絡を取ると、通路の換気システムを起動してもらい、排煙設備を使い戦車から立ち昇る黒煙を排出してもらう。彼女のドローンは〈制御室〉で作業を続けていたので、すぐに問題を解決してくれるだろう。


 合成音声による短い警告のあと、ずっと遠くのほうから微かな機械音が聞こえてきた。それは耳を澄ませていなければ気がつかない程度の音だったが、人擬きのうめき声に雑じるようにして、排煙設備が起動する低い音が聞こえた。そこにどこからか消火器を調達してきたエンドウがやってきて、〈ツチグモ〉に消火剤を噴射するのが見えた。


 ピンク色の粉末状の消火剤が燃える戦車に付着すると、それは意識を持っているかのように車体全体に広がっていき、徐々に変化していくのが見えた。最初は粉末状だったものが、やがて適度な柔らかさをもった物質に変化し、車体を覆うように硬化していく。


 ハクとジュジュはその光景に驚き、興味津々といった様子で戦車に近づく。炎と煙が見えなくなると、エンドウは消火器を使い切るため、〈ツチグモ〉の周りにも消火剤を散布していく。黒く焼け焦げていた通路は、見る見るうちにピンク色の粉末で覆われていく。火災に対処したあと、無力化していた人擬きを処理することにした。


 一部の人擬きは腐敗が進行しているため、ほとんど動けずに倒れているが、それでも音や熱に反応して手足を動かしていたので近づくときには注意する必要があった。とくにジュジュは警戒心がなく隙だらけなので、つねにその動きに注意を払う必要があった。


 とにかく、人擬きを処理するため一体ずつ確実に銃弾を撃ち込んで排除していく。〈ツチグモ〉に搭載されていた機関銃では人擬きを殺すことはできず、無力化するのがやっとだったが、不死の化け物に対応した旧文明の火器なので問題なく殺すことができるだろう。


 とはいえ、〈ツチグモ〉の助けがなければ、こんなに早く群れを殲滅することはできなかったのかもしれない。千発を越える銃弾が撃ち込まれた通路には、欠損した人擬きの肉体が散乱していて、さながら戦場めいた光景をつくり出していた。それらの化け物を処理しながら、ミスズたちと連絡を取り合流地点を決めていく。


 しかし仲間たちと合流できるのは、アイの作業が終わってからになるので、その時間を利用して通路に横たわる死骸を焼却することにした。ほうっておいても区画を管理する機械人形が片付けてくれるだろうが、ここで手早く焼却して、不快な昆虫ごと処理することにした。どこからやってくるのか分からないが、人擬きの死体に群がる昆虫の姿が見えた。


 わずかな筋肉組織でつながった下半身を引き摺るようにして、人擬きがこちらに這ってくるのが見えると、ライフルの銃口を向けて容赦なく炎を放射していく。


 その炎はまたたく間に化け物を包み込み、煙が立ち昇るようになる。そこで焼却される死骸の中には、〈サイバーウェア〉を装着した化け物もいるが、わざわざ死体から義手や義足を回収するようなことはしなかった。貴重なモノだったのかもしれないが、組織と癒着してしまっていて、すでに変異体の一部になっていたので使いモノにならないだろう。


 燃える人擬きの死骸からは、腐敗した肉が焼ける独特の悪臭が立ちこめていた。その臭いは鼻孔を刺激し、吐き気を催すほどだった。すぐに〈ハガネ〉のマスクで口元を覆うが、焼けた肉の臭いが通路全体に充満していた。炎のなかで腐敗液とガスを噴出していた死骸の多くは、筋肉が伸縮した所為せいなのか赤子のように身体をまるめてうずくまっていた。


 その姿は苦痛にうめきながら、炎から身を守ろうとしているようにも見えた。しかしそれは死後に見られる身体的反応であり、痛みや苦しみは存在しない。それでもその姿は哀れであり、同時に恐ろしい光景でもあった。誰だって、そんなふうに死ぬために生まれてきたわけじゃないし、そんなふうになるまで生きるべきではなかったのだ。


 すでに換気システムを起動してもらっていたので、時間が経てば焼却の煙だけでなく、通路に満ちていた腐敗臭も取れるだろう。燃える人擬きの死骸を横目に見ながら、拡張現実で表示していた施設の地図を確認する。目的地は、ここより更に深い場所にあるようだ。地下区画は複雑な通路が迷路のように広がっているが、この先は一本道になっていた。


 管理システムが派遣した機械人形がやってくると、死骸の回収作業を任せて、合流予定の仲間たちがやってくるまで焼却作業に専念する。〈マンドロイド〉たちは自然で滑らかな動きで効率的に作業をつづけ、通路に散らばる肉片や手足を炎に投げ込んでいく。その様子は冷徹で、感情のない機械そのものだった。


 ふと視線を動かすと、エンドウが半壊した〈ツチグモ〉をじっと見つめるように立ち尽くしているのが見えた。彼の表情には明らかな落胆がにじみ出ていて、戦闘で戦車を失ったことが彼にとって大きなショックだったことが分かった。しかし落ち込んでいるにもかかわらず、彼は機体を詳しく調べようとしていた。


 エンドウは剥き出しになっていた部品を傷つけないように、発泡ウレタンを思わせる硬化した消火剤を慎重に取り除いていく。そして破損していない電子部品が残っていないか注意深く調べていく。その行動にワスダは呆れているようだったが、エンドウの機械に対する深い理解と技術力がうかがい知ることができた。


 それからエンドウは機体内部に手を差し入れる。彼の目的は明確だ。〈人工知能〉のコアを回収したいのだろう。破壊された装甲の隙間からは、焼けた配線と熱で熔けた回路基板が見えていた。機体内部には熱がこもっているようだったが、それでも微かな電子音が聞こえていて、いくつかの装置が動いていることが分かった。


 時折、機体から微細な振動が感じられたが、エンドウは気にすることなくケーブルの束をかき分けて目的の場所に手を近づける。やがて〈人工知能〉のコアを見つけたのか、彼の顔に安堵の表情が浮かぶのが見えた。彼は息を止めるようにして慎重にコアを取り外し、機体の外に持ち出す。補助端末に接続されたコアは、宝石めいた小さな球体だった。


 エンドウはコアが破損していないか確認するため、照明に当てながら調べていく。ジュジュも興味深そうにコアを見つめるが、エンドウの真似をしているだけなのかもしれない。それから彼は持参していた布にコアを丁寧に包んだあと、そっとバックパックに入れた。それがどれほど貴重なモノなのかは分からないが、きっと役に立つ代物なのだろう。


 しばらくしてミスズたちと合流すると、通路の先に進むことにした。人気ひとけのない通路に足音が響かせながら歩いていると、巨大な隔壁が見えてくる。


 アイの操作で黄色と黒の縞模様で塗装された特徴的な扉が開放されていくと、その先に斜行エレベーターが設置されているのが見えた。多くの物資を運ぶための広いプラットフォームが用意されていて、その巨大な機械を支えるための装置と鉄骨が立ち並び、どこか重々しくて無骨な雰囲気を与えていた。


 鋼鉄製のプラットフォームには、コントロールパネルの他に〈セントリーガン〉などの防衛装置が設置されていて、ハクとジュジュに反応して危うく起動するところだった。でもとにかく、もうすぐ目的の場所にたどり着けそうだった。

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