第766話 戦闘


 光沢のある無機質な金属パネルにおおわれた通路は、間接照明の冷たい光に照らされていて、その反射が通路全体を青みがかった色合いに染めていた。我々は敵の襲撃に警戒して足音を立てずに進んでいたが、やはり〈軍用AI〉は我々を〈制御室〉に近づけたくないのだろう。


 カグヤのドローンが敵の存在を検知し、先行する戦士たちに警告した直後だった。通路の向こうに〈アサルトロイド〉の群れが出現する。それらの機械人形は〈保安警備システム三型〉に格納されていたのか、壁や床から次々と姿を見せるようになる。そのなかには、戦闘用のピッチリしたスキンスーツを身につけた〈コムラサキ〉も含まれていた。


 ホログラムによる多数の警告表示が浮かび上がり、〈レーザーガン〉から放たれる熱線が通路を赤く照らしながら襲い掛かってくる。ヤトの戦士たちは素早く反応し、遮蔽物になる柱の後ろに飛び込むようにして身を隠してすぐに応戦する。しかし〈アサルトロイド〉は高性能な〈シールド生成装置〉を搭載しているのか、射撃の効果は期待できない。


 静けさに包まれていた通路は、激しい銃声と熱線によって途端に戦場と化す。狭い通路での戦闘は、つねに嫌な緊張感と隣り合わせだ。たとえ旧文明の装備で身を固めていたとしても安心することはできなかった。


 戦闘仕様の〈コムラサキ〉は、その驚異的な身体能力を活かして射撃の間を縫うようにして接近してくると、〈自動追尾弾〉による正確な攻撃を行ってくる。幸いなことに戦士たちはシールド機能を備えた指輪型端末スマート・リングを装備していたので、射撃を防ぐことができていたが、いつまでも射撃に耐えられるわけではなかった。


 冷たい金属の四肢を持つ〈アサルトロイド〉は、その腕に組み込まれた〈レーザーガン〉で攻撃を継続しながら接近してくる。肩に取り付けられたセンサーは、瞬時に周囲の状況を把握し正確な射撃を可能にする。そのため、つねに高出力のレーザー兵器に狙われることになる。


 それでもヤトの戦士たちは怖気づくことなく、冷静に身を隠しながら攻撃の機会をうかがう。〈アサルトロイド〉は頭部に備えた単眼のカメラアイをチカチカと発光させながら、高度な画像処理技術を駆使しながら我々の動きを予測し、その動きに合わせた攻撃を行ってくる。そのため、〈アサルトロイド〉の攻撃は正確で、瞬時に反応して避けるのは困難だった。


 しかしヤトの戦士たちは熱線から身を守りながら、類まれな技量と身体能力で機械人形に立ち向かっていく。彼らは〈アサルトロイド〉の攻撃パターンを読み解き、機転を利かせながら反撃する。シールドを搭載していても集中攻撃には耐えられず、やがて破壊されていく機械人形の数が増えていく。


 しかし喜んでいる余裕はない。次々と倒れていく〈アサルトロイド〉を横目に、数体の〈コムラサキ〉が駆けてくる。肌に密着した半透明のスーツは、その美しい肢体を透かすようにして浮かび上がらせて、彼女たちの姿をさらに妖艶なものにしていく。その動きは滑らかで俊敏であり、照準を合わせるころにはすでに目の前に迫っていた。


 戦士たちは躊躇ためらうことなくライフルを手放すと、すぐさま抜刀して白兵戦に備える。〈高周波振動発生装置〉を内蔵した黒くマットな質感の刃は、たとえ旧文明の鋼材だろうと斬り裂くことができた。けれどそれを知っているからなのか、まっすぐ駆けてきていた〈コムラサキ〉たちも警戒するように立ち止まる。


 彼女たちが自走地雷だったなら、ここで我々は甚大な被害をこうむっていたかもしれないが、さすがに重要な施設が集中する区画では自爆できなかったのだろう。


 ミスズとナミの指揮のもと、ヤトの戦士たちがコムラサキの相手をしている間、ワスダたちは天井に設置されていた〈セントリーガン〉のシステムに侵入するため、壁に備え付けられていたコンソールパネルまで移動しようとするが、その動きを阻止するように複数の〈ツチグモ〉が攻撃を行ってくる。


 敵は熱光学迷彩を使用しているのか、ワスダたちは攻撃を受けるまで敵が近くにいることにすら気づけなかった。


 突如として重機関銃の一斉射撃が始まる。空気をつんざく銃声が響き渡り、大気が破裂するような音と共に弾丸が空を切り裂きながら飛んでくる。たちまち弾丸の嵐に襲われたような光景を目にすることになる。轟音と火花に包まれ、弾丸がかすめ飛んでいくたびに空気が震えた。


 ワスダたちはすぐに身を隠すが、恐れ知らずのハクは銃弾のなかに飛び込んでいく。カグヤはその動きに反応して、すぐに遠隔操作でハクが身につけていた〈シールド生成装置〉の出力を最大限にまで引き上げる。


 そうとは知らず、ハクは敵戦車に向かって突撃する。銃弾が直撃するたびにシールドの表面に青い波紋が広がっていくのが見えたが、ハクはソレを無視して前進する。幸いなことに、ハクの背に乗っていたジュジュはアイと一緒に避難していたので、その攻撃に巻き込まれることはなかった。


 ハクは敵戦車に接近すると、数本の長い脚を巧みに使い敵戦車の装甲を斬り裂いていく。ハクの爪は恐ろしいほど鋭利で、複合装甲を紙のように斬り裂きながら車体から剥がしていく。火花が散り、多脚にも致命的なダメージを与えていく。


 白蜘蛛に光学迷彩が通用しないことに気がついたのか、近くに潜んでいた他の〈ツチグモ〉も次々と姿をあらわして、ハクに向かって一斉射撃を行う。が、銃弾が届くころにはすでに飛び退いていて、半壊していた戦車が数百発の銃弾を受けて爆散することになった。


 ハクが着地すると、複数の〈コムラサキ〉が突進してくるのが見えた。彼女たちの人工筋肉は、カーボンナノチューブの撚り糸でつくられていて自律戦車並みの力が出せるだけでなく、人間には真似できない瞬発力を備えていた。その〈コムラサキ〉が凄まじい勢いでハクに体当たりする。


 思わず吹き飛ばされたハクは、どこからともなく取り出した〈サイコロデコイ〉を放り投げる。


『ぶんしんのじつ!』

 ホログラムで忠実に再現されたハクの姿が通路に投影されるが、〈コムラサキ〉は視覚ではなく、各種センサーを頼りに戦っていたのでホログラムは無視されてしまう。ハクはしょんぼりしてしまうが、すぐに気を取り直して機械人形の相手を続ける。


 ハクが敵の攻撃を引き付けてくれたおかげで、ワスダたちは目的のコンソールまでたどり着くことができた。エンドウはすぐに端末に接続し、一時的に保安システムを乗っ取ると天井に設置されていた〈セントリーガン〉を起動し、こちらに接近してきていた機械人形や自律戦車に対して攻撃を行う。


 仲間たちが奮闘している間、私はアイとジュジュのそばで背後からの攻撃に警戒していた。少しずつだったが、我々は順調に前進することができていた。しかし〈軍用AI〉は戦力を次々に投入していて、新たな機械人形が大挙してやってきて反撃してくる。実際のところ、それは危機的状況だったのかもしれない。


 ここで〈重力子弾〉を使用できれば一気に状況を好転させられたかもしれない。しかし人工知能が自走地雷を使用できないように、施設に被害が出るような大規模な攻撃や破壊兵器を使用することはできなかった。


『レイ、背後から接近する敵の反応を検知した』

 カグヤの言葉に反応してスローイングナイフを引き抜くと、〈ハガネ〉の液体金属で刃をコーティングして超震動ナイフを形成する。それから拡張現実で視線の先に表示されていた簡易地図ミニマップを確認する。たしかに接近する赤い点を確認できたが、その反応はひとつだけだった。


 通路の角を曲がって姿を見せたのは、例の戦闘用スキンスーツを身につけた〈コムラサキ〉だったが、奇妙なことにアイとそっくりな容姿をしていた。


「あれはヤバいかも」

 アイはジュジュを抱き寄せると、遮蔽物になる柱の陰に隠れてしまう。


 その〈コムラサキ〉は、アイと同等の改造を施された機体だったのかもしれない。しかしソレが恐ろしい敵だと分かっていても、彼女の立ち居振る舞い、そしてその姿に魅了されてしまう。


「〝本物の美は、自然の法則のなかにこそ現れる〟……か。どうやら彼女の美しさに取り憑かれているようだ」


 腰を落として低く構えると、素早い動きに適したタクティカルスーツを装着し、いつでも〈鬼火〉が使えるように準備しておく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る