第765話 トラム〈広告〉


 奇妙な静けさのなか、トラムがプラットホームに入ってくるのが見えた。ホームは地下施設同様、金属とガラスで構成されていて、草木や植物の代りにホログラム投影機によってさまざまな風景、そして植物が投影されていて、無機質な空間に彩りを与えていた。その周囲には光を拡散する特殊な素材が使用されていて、自然な明るさで照らされていた。


 ホームには気取らないデザインのベンチが配置されていて、クッションが敷かれたイスは快適で、乗客がトラムを待つ間にリラックスできるように設計されていることが分かる。また、乗客の安全を確保するために、もしくは監視するために高度なセンサーや監視カメラが設置されていて、プラットホーム全体が厳重に管理されていた。


 ベンチの周りには自動販売機が設置され、そのすぐ近くに投影されていたホロスクリーンでは施設の情報やトラムの到着時刻が確認できるようになっていた。乗客を案内するための〈マンドロイド〉も配置されていたが、さすがに客がいないからなのか、今は動きを停止したままだった。


 無数の警告表示を無視してハクとジュジュを連れてホームに入ると、自動販売機の前で立ち止まる。どうやらここではアイスクリームが購入できるようだ。


 ハクとジュジュがアイスを選んでいる間、ミスズたちとホームの状況を確認するが、トラムを待つ人影はなく、敵対的な機械人形の姿も見られなかった。我々の動きを検知したのか、多数のホログラム広告が投影されていたが、それ以外に目立ったモノは見られない。


 乗客を案内するホロスクリーンが浮かび上がると、ホームに合成音声が流れて、トラムの扉が開くのが見えた。全員が乗り込んだことを確認したあと、アイスを食べていたハクとジュジュを連れてトラムに近づく。残念ながらハクが入れるだけのスペースはなかったので、今回も車体に張り付いて移動してもらう。


 ハクが振り落とされないか不安だったが、いざとなれば糸を吐き出して足元を固定できるので、必要のない心配だった。それよりもハクを乗せた状態で発車するのか心配したほうがいいのかもしれない。


 車両内には――当然だったが、ミスズたち以外の乗客はおらず車内は静かだった。しかし文明崩壊後の世界であってもメンテナンスは続けられていたのか、設備の多くは新品同様の状態を保っていた。無人の街が管理されてきたように、ここでもメンテナンスを担う機械人形が働き続けているのだろう。


 あちこちに旧文明の先進的な端末が設置されているのが確認できた。たとえば多目的表示ディスプレイが各座席に配置されていて、乗客はそこからカジノホテルや施設の情報を容易に確認できるようになっていた。現在の位置やフロアマップ、それに目的地までの到着予定時刻なども表示されていた。


 適当に操作すると、トラムが通過する区画にある店舗や観光施設、安全情報なども表示されて乗客にとって便利な情報源となっていることが分かった。


 これらの設備の多くは直感的な操作が可能で、昔ながらのタッチ操作だけでなく、〈AIエージェント〉との会話や〈ブレイン・マシン・インターフェース〉を介して情報を閲覧したり操作したりすることができた。さらに、〈データベース〉のライブラリから音楽や動画なども再生できるため、自分の趣味に合ったコンテンツを楽しむことができた。


 車内に短い通知音が鳴る。どうやらセンサーが異常を検知した所為せいで発車できないようだ。やはりハクたちのことを異物として検知したのだろう。〈接触接続〉で車両のシステムに侵入しようとしたが、アイがすぐに対応してくれた。〈マスターキー〉を所持しているからなのか、すぐに問題は解決する。


 トラムが動き出すと車内の壁が透けて外の光景が映し出された。鉄骨とガラスによって築かれた地下都市の風景を余すところなく観察できるようになる。もっとも、この無機質な地下施設にそれだけの魅力があるのかといえば疑問が残る。


 風景を眺めていると、壁に目的地までの到着予定時刻が表示される。どうやら景色を楽しむ余裕はないようだ。トラムは速やかに目的地に到着するようだ。


 天井に視線を向けると、ハクの姿が見えた。トラムは凄まじい速度で移動していたが、ハクとジュジュはアイスを食べるのに夢中になっていて――というより、アイスカップの扱い方に苦労していて気にしている様子はなかった。


 ハクたちがアイスを食べ終えてから出発したほうが良かったのかもしれない。座席の端末に視線を戻すと、博物館に関する広告が表示される。機械人形の襲撃で徹底的に破壊された美術館とは異なる施設のようだ。多目的ディスプレイには博物館内の映像が表示されて、合成音声によるアナウンスが聞こえてくる。


『これからご案内してまいります博物館は、もともと人類の歴史や文化に関連する貴重なコレクションを展示する場所として設立されました。その後、人類の地球外への飽くなき探求と惑星間の交流が進む中で、富と権力が蓄積され、他の惑星からも非人間知性体に関連するさまざまな遺物が収集されるようになりました。現在、その数は五千点を超え、貴重な歴史の断片として保管されています』


 女性の声を再現した合成音声のあと、ディスプレイに遺物が次々と表示されていく。他の惑星から持ち込まれた奇妙な形状の石器や装飾品が映し出され、それに続いて奇妙な軟体生物の歴史的な遺物や美術品が展示されている様子が表示された。


 そのあと、異星生物との交流から得られた科学技術や文化に基づく芸術品が紹介され、最後には、未知の技術や宇宙探査に関連する遺物が表示されていく。これらの展示物は、高度なホログラム技術によって立体的に表示されていて、独特の美学と複雑さによって形作られた遺物を間近に見ることができた。


『収蔵する品の質と量においては、他の追随を許さない地球最大の博物館になっています。設立されて以来、人類共通の財産を多くの人に見てもらおうと、宇宙軍との間で法整備が進められてきました。その試みは実現できていませんが、現在も交渉が続けられています。ここには、わたしたち人類が植民惑星で築き上げてきた文明や、かつて存在した異星生物の遺産が集められ公開されているのです』


 それは、この人工島にやってきて初めて役に立つ情報を提供してくれた広告だったのかもしれない。その博物館に行けば、人類が宇宙で何をしてきたのか、そして人類がどのような種族と交流を持っているのか調べられるかもしれない。博物館の情報をダウンロードしていると、到着を知らせるアナウンスが聞こえてくる。


 外の様子を確認すると、壁に囲まれた狭い通路が見えるだけで、これと言った特徴のない場所になっていた。しかしそこが目的地のようだ。アイはミスズたちに声をかけると、そそくさとトラムから降りる。以前にもこの場所に来たことがあるのだろう。


「この先には――」と、彼女は通路の先を見つめながら言う。

「警備のための機械人形が巡回しているから、攻撃されることを想定して行動してほしい」


「戦闘を避けるっていう選択肢はないってことか?」

 ワスダの言葉に彼女は肩をすくめてみせた。


「残念だけど、この区画には人工島を管理するための重要な施設が集中していて、警備の数も他の場所とは比べられないほど多くなっている。だから隠れて進むのは難しい。とりあえず、目的の場所までの最短経路を表示するね」


 ホロスクリーンに表示されていた地図に青い線が引かれていくのが見えた。

「ここから結構距離がありますね……」

 ミスズは眉を寄せるようにして地図を眺めながら、襲撃に適した場所に印をつけていく。


 機械人形からの攻撃があるなら、その地点で襲われる可能性がある。準備に抜かりがないことを確認したあと、我々は目的地に向かって歩き出した。

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