第764話 地下街
ヤトの戦士たちが身につけていた
赤や黄色の警告色が点滅し、大量の情報がスクロールされていく。どうやら立ち入りが制限されている区画に到着したようだ。扉が開かれると、光沢質の金属パネルに覆われた通路が見えた。その金属は冷たく、薄暗い空間に不気味な光を反射させていた。ホテルの華やかな雰囲気から一変し、整備されていない舞台裏にやって来たような印象を受ける。
「この先に例の金庫室があるのか?」
ワスダの問いにアイは頭を横に振る。
「そうだけど、まずは人工島を管理している〈中枢システム〉にアクセスする必要がある」
「てっきり、このまま金庫室に向かうのかと思っていたよ」
「地下は広大で何処に何があるのかなんて、わたしにも分からない」
「〈軍用AI〉の本体から切り離されたから?」
「ええ、そういうこと」
「肝心なことだけは思い出せない……か。それってなんだか、ひどく都合のいい話に聞こえるな」
「それはきっと、あなたが色眼鏡を通して物事を見て判断しているからよ。実際のところ、あなたはわたしのことをこれっぽっちも信用していないんでしょ?」
彼女の言葉にワスダは肩をすくめて、それから開かれた両開きの扉の前に立つ。
「この区画に敵はいるのか?」
「警備用の機械人形はどこにでも配備されている」
戦士たちの準備ができると、我々は落ち着いた雰囲気のラウンジをあとにして、
車両の通行が想定されていたのか、地下通路は広々としていて、ハクが移動できるだけの十分な道幅があった。壁面パネルが設置されていない箇所は建材が剥き出しになっていて、工事のさいに残されたと思われる手書きの指示が書き込まれているのが見えた。
配線の束が露出している場所があり、電力や通信用ケーブルが縦横無尽に張り巡らされている様子が見て取れる。換気口や冷却水の配管も張り巡らされていて、壁面や天井に沿って複雑なパターンで組まれ、工業的な迷路を見ているようだった。
天井には侵入者に対して容赦なく攻撃を行う〈セントリーガン〉が複数設置されているようだったが、何らかの理由で高度なセンサーは我々には反応せず、無機質な兵器は沈黙したままだった。その不気味さが、通路の静けさをさらに際立たせていた。どのような目的があるにせよ、何者かによって誘導されているような奇妙な感覚を抱かせた。
やがて広大な区画に出る。地下に存在する驚異的な空洞は先進的で未来的だったが、どこか人間性の欠けたデザインで、金属とガラスばかりが目に付く奇妙な場所になっていた。
足元の床面はグラファイト合金にも似た滑らかな建材が使用されていて、つねに微かな光で煌めいていた。壁面のガラス板には透明なディスプレイが備えられ、施設内の情報や案内、それに広告が絶えず表示されていた。
数千枚のガラスに覆われた天井は高さ五十メートルほどあり、自動制御された照明が無数に設置されていて、広大な空間に数千の光の柱が降り注いでいるのが見えた。それが足元に幾何学模様を描き出しているのに気がついたのは、我々のそばを飛行していたカグヤのドローンだった。
頭上には鉄骨とガラスから成る巨大なアーチがいくつも架けられていて、照明がそのアーチを貫き、地上に無数の色と輝きを散りばめるように降り注いでいた。その構造物はまるで巨人の王冠のようでもあり、優美なデザインは見る者の心を魅了するほど芸術性に優れていたが、もはやソレを見る者はいなかった。
その空間には無数の空中回廊が架けられていた。素通しの透明ガラスでつくられた回廊は、やはり芸術性を追求していて、洗練されていて時間と空間をつなげているような印象を与えた。その回廊の周りには数え切れないほどの小型ドローンが飛び交っていて、光の中を自在に舞い、さまざまな広告映像を投影している。
そのドローンのうちの一機が群れから離れて近づいてくると、我々が地下の広大な空間で迷わないように、ホログラムでフロアマップを投影してくれた。ワイヤーフレームで再現された立体地図が表示されると、細いラインが空間を縦横に交差し、構造物や通路、階段などが鮮明に表現されているのが確認できた。
拡大すると細かいディテールまで再現されていて、地下のあらゆる区画や通路、施設が正確に表示され、利用者が簡単に目的地を特定できるようになっていた。必要なら、最短経路や混雑に関する情報などもリアルタイムで提供されるようだ。またドローンに指示を与えることで、目的の場所まで道案内させることもできるようだった。
「えっと、目的地は……」
アイはそうつぶやくきながら小型ドローンを捕まえると、勝手にケーブルを接続して目的地を入力していく。許可もなくシステムに侵入されたドローンは混乱しているようだったが、やがて必要な情報を表示してくれた。
「これは、軌道車両か?」
どうやら目的の区画には車両を使って移動するようだ。車両のための特殊な軌道が敷設されていて、磁気浮上技術にも似た高度な技術を利用し、軌道から微かに浮いた状態で目的地まで移動するようだ。
『このトラムに乗って移動するみたいだね』
カグヤの言葉に反応して、その車両を拡大して確認しようとすると情報が表示される。車体は流線形のデザインで、刃物のように研ぎ澄まされた曲線で構成され、先端部分は鋭く尖り、空気抵抗を最小限に抑えるように設計されていることが分かる。外装は光沢のある黒い金属素材で覆われていて、照明の光を反射して磨かれたように輝いている。
車体側面には窓のようなモノは一切見られないが、車内からは外の光景が透けて見え、通過する景色をリアルタイムで楽しむことができるようになっているようだ。この仕組みは、旧文明のさまざまな車両や施設で見てきた技術だったので、もはや驚くことでもないのかもしれない。
乗客からは、トラムが透明なチューブのなかを飛んで進んでいるかのよう感覚が与えられるようだ。これも、乗客に非現実的な体験を提供するための仕掛けのようだ。そのトラムの周囲には静音性を高めるための特殊な建材が使用されていて、移動するさいに発する騒音を最小限に抑えているようだった。まさに至れり尽くせりだ。
「ほとんど使われることがなかったけど、これでも要人のための設備だったからね」
アイはそう言うと、人形らしからぬ自然な表情で微笑んで見せる。
「行きましょう。グズグズしてたら、また機械人形に襲われるかもしれない」
我々は人気のない広大な地下街を歩いて、トラムのプラットホームに向かう。カジノホテルの地下に用意された空間は圧倒されるほど巨大で、どこまでも荘厳で、輝きに満ち溢れていたが、どうしようもなく空っぽだった。これだけ清潔で安全な空間が地下に存在するにも
それもこれも、地上で生活する人々を人類だと認めない〈データベース〉の
いずれにせよ、人工島は〈軍用AI〉に管理され、今まで人々を寄せ付けることがなかった。ソクジンの登場によって何かが変わろうとしていたが、もしも旧文明の技術を悪用しようと考えているのなら、そのときは対処に迫られるかもしれない。
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