第756話 不正アクセス
ワスダたちを支援していたカグヤのドローンと合流するため、我々は客室を出て、警備員の詰め所に向かう。廊下で騒がしく鳴り響いていた警報は聞こえなくなっていたが、いつ〈軍用AI〉から攻撃されてもおかしくない状況なので、つねに警戒は怠らない。
警備員の詰め所には、実用性だけを重視した無骨な装置や機材が整然と並べられ、そのひとつひとつが静かに作動し続けていた。ホログラム投影機から浮かび上がるホロスクリーンには、客室フロアに設置された監視カメラの映像がリアルタイムで表示されていて、緊急時に警備員たちが迅速に対応できるようになっていた。
部屋の奥には警備員たちが休憩するための空間が用意されているようだ。無人の仮眠室は静寂に支配されていて、時間が制止したような奇妙な感覚を抱かせる。休憩スペースには自動販売機とテーブルが配置されていたが、もちろん人影はない。
かつて警備員たちが任務に必要な準備や情報収集を行っていたのかもしれないが、今やそれも過去のものとなっている。室内に響くのは、つめたい機械の作動音だけだった。
すぐに移動するつもりだったので、ミスズたちには廊下で待っていてもらうことにした。機械人形が襲撃してきたら、すぐに対応してくれるだろう。
退屈していたジュジュがトテトテとついてきたので、一緒にカグヤのドローンを探すことにしたが、探すまでもなかった。ドローンは見慣れない装置にケーブルを接続していて、なにやら端末を操作しているようだった。
そこに近づくと、ホロスクリーンにワスダの姿が表示される。
『よう、兄弟』と、彼は眉を寄せながら言う。
『さっきの話だけど、本当に機械の言葉が信用できるのか?』
詰め所に入ってきたアイに視線を向けると、ジュジュのあとを追いかけるようにして仮眠室に入る姿が見えた。我々の話に興味がないのか、それとも興味がないフリをしているだけなのかは分からなかったが、とにかく彼女は無関心に見えた。
「わからない。彼女が〈ツチグモ〉や〈アサルトロイド〉の標的になっていたことは確かだけど、それすらも俺たちを欺くための演技だったのかもしれない」
『だろうな』と、ワスダは肩をすくめる。『遊女のフリをして近づいてくるほどだ。これも人工知能の暇潰しだって言われても納得できるぜ』
「けど、わざわざそんなことをする理由もないように思える」
『言いたいことは分かる。俺たちを排除したいのなら、
「システムの欠陥か……」
ふと、廃墟の街の上層区画を探索しているときに見かけた爆撃機のことを思い出す。何かの手違いでシステムの影響から離脱したプログラムが、人知れず暴走している。ここでも同じことが起きていてもおかしくないのかもしれない。
『で、兄弟』ワスダは頭部に彫られた髑髏の刺青を撫でる。
『そいつと一緒に行動し続けるのか?』
「そのつもりだ。彼女の立場がどうであれ、俺たちの目的を明確にして〈軍用AI〉と敵対する気がないことを理解してもらう。そうすればシステムから攻撃されることもなくなるだろうし、本当に不正アクセスが行われているのなら、彼女と協力して問題を解決することができるかもしれない」
『問題解決って言ったって、ソクジンたちをぶっ殺すことくらいしかできないぞ』
「まだソクジンたちが犯人と決まったわけじゃないけどな。それに彼女が〈軍用AI〉のシステム中枢まで連れて行ってくれる。そこなら問題に直接対処できるはずだ」
『それが罠じゃなければいいけどな。で、金塊はどうするんだ? そもそもソレを手に入れるために俺たちは危険を冒してるんだろ?』
「ホテルの管理システムからは金庫室を見つけることはできないが、人工島そのものを管理している〈軍用AI〉のシステムを使えば機密情報を入手できるかもしれない」
『まあ、たしかに人工知能にとって金塊は必要ないモノなんだろうが、まさか協力の見返りに金塊をいただこうっていう腹積もりか?』
「それがダメなら、予定通り奪えばいい。そもそもカジノ強盗が目的だったんだし、人工知能がその気なら仕方ない」
『やれやれ』と、ワスダは溜息をつく。
『それで、俺たちはどうすればいい?』
「警備室には――」
『そいつは諦めてくれ。連中、俺たちの目的に気がついたみたいだ。機械人形の数が増えていて近づくこともできない』
さすがのワスダでも、たった三人で戦闘用の機械人形や自律戦車の大群を相手にすることはできないのだろう。
「それなら、上階にある美術館で合流しよう」
『美術館? 遺物でも探すかの?』
「いや、アイが言うには、そこから〈軍用AI〉が管理する秘密の区画に入れるようだ」
『システム上にも存在しない場所か……了解した、これから上階に向かう』
それから彼は思い出したように言う。
『ソクジンたちのことはどうするんだ? たしかに奴が犯人だって決まったわけじゃないが、怪しいのは明らかだ』
「カグヤに捜索してもらっているけど、この広大な施設で見つけ出すのは難しいかもしれない」
『信号の消失か、巡回している戦闘部隊にやられたって可能性は?』
「すでに何人かの死体は確認したけど、ソクジンの死体は見つけていない」
『そいつは厄介だな……まあ、何にせよ、またすぐに連絡する』
合流地点に関する情報を送信したあと、ホテルのシステムに侵入していたカグヤに手伝ってもらいながらソクジンたちの信号が消えた場所を確認する。どうやら複数の劇場がある階層で信号が途絶えたようだ。監視カメラの映像を確認すると人擬きの群れが徘徊しているのが確認できたが、戦闘が行われた様子は見られなかった。
『光学迷彩で戦闘を避けながら移動していたのかもしれない』
カグヤはそう言うと、信号が消えた場所の映像を表示する。
「物資を保管している倉庫か……荷物用の〈重力リフト〉を使って移動したんだろうな。カグヤ、リフトの動作履歴を調べることはできるか?」
『やってみるけど、たぶん記録は残してないと思うよ』
「そうだろうな、あいつはコソコソ悪巧みするのが好きだからな」
大気を震わせるような鈍い音が連続して聞こえてきたのは、美術品を運搬するための昇降機について調べているときだった。
「ミスズ、今の音は?」
『レーザーライフルの発射音です、〈コムラサキ〉だと思われる複数のガイノイドが制圧射撃を行いながら接近してきます!』
「また〈軍用AI〉からの襲撃か」
必要になる情報をダウンロードしたあと、仮眠室のベッドに寝っ転がっていたアイとジュジュを捕まえて廊下に出る。すでに数体の〈コムラサキ〉がヤトの戦士たちの攻撃で破壊され、絨毯の上に横たわっていた。今回も白兵戦で仕留めたのだろう。
『すぐに移動したほうがいい』
カグヤから〈重力リフト〉が設置された倉庫までの移動経路を受信すると、目の前に表示された拡張現実の矢印に従って廊下を進む。途中、光学迷彩を使って潜んでいた〈ツチグモ〉から攻撃を受けたが、適当に相手をしてすぐに離脱した。時間をかければかけるほど敵が増えてしまうので、目的地に向かうことだけを優先する。
他の階層からも機械人形の部隊を送り込んでいるのだろう。ふたたび騒がしい警報が廊下に響き渡り、機械の駆動音があちこちから聞こえるようになった。けれど今回はハクが一緒だったので、〈アサルトロイド〉や〈コムラサキ〉には簡単に対処することができた。銃弾を無効化するシールドを装備していても、ハクの爪からは逃れられないのだ。
倉庫の出入り口を見つけると、〈貫通弾〉で扉を破壊して倉庫内に侵入する。無数の警告が投影されるが、すでに戦闘部隊から攻撃されていたので気にする必要はなかった。そのまま美術品が並べられた〈重力リフト〉に乗り込むと、上階に向かって移動する。
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