第757話 美術品


 音もなくスムーズに動き出した〈重力リフト〉には、上階に送られる予定だった無数の美術品が載せられていた。古めかしい木箱に入っているモノもあれば、ガラスケースに収まっているモノや厳重に管理されているモノも確認できた。


 その中には古代の彫刻があり、細部まで緻密に彫り込まれた姿は、古代の技術が時間を超えて現代に蘇ったかのようだった。重厚な額縁に飾られた絵画は、豊かな色彩と華麗な筆遣いで描かれていて、見る者の心を――たとえその絵が何を意味するのか分からなくとも魅了する。西洋のアンティーク品からは独特の渋みと歴史の重みが感じられた。


 それらの美術品は丁寧に梱包されていて、作品ごとに専用の養生材が使われ、運搬のさいの衝撃や振動から保護されていた。とにかく大量の美術品がプラットフォームに整然と並べられていた。リフトの中央に向かって価値の高い作品が置かれていて、その外縁部には彫刻や大きな作品が配置されていた。


 それらの品々は倉庫の薄暗い空間を彩り、美術品を運搬するリフトに相応しい雰囲気をつくり出していた。ハクもきらびやかな装飾品に魅了されているのか、大きな眼を輝かせながらガラスケースに近づく。他の場所では見られない珍しいモノで溢れているからなのか、ジュジュも好奇心を刺激されているようだった。


 すぐ近くに異国の部族のモノだと思われる仮面が入ったケースを見つけた。鳥の尾羽で飾られた木製の仮面は、宗教的儀式や祭りで使用されていたのだろう、その独特な形状や装飾は文化的な意味合いを持っているように見えた。


 たとえば独特な装飾には神話や伝承だけでなく、かれらの生活を表現するものでもあったのかもしれない。その美しさと神秘性は見る者を虜にするような、どこか妖しい魅力を持っていた。多くの仮面は専用のクッション材で包まれ、半透明の保護ケースに収められている。仮面の装飾は繊細なものだったので、接触や損傷を防ぐために必要なのだろう。


 その大量の美術品のなかでミスズとナミが見つけたのは、三十センチほどの黄金の人形だった。古代遺跡の地下から発掘されたのだろう。黄金の人形が展示ケースの中で輝いているのが見えた。豊満な体型の女性を模した人形は、失われた文明の繁栄と豊かさを象徴し、同時に加工技術の高さと芸術性を示しているようだった。


 ケースに展示されていなかった他の人形は、それぞれ別々の木箱に収められ、柔らかなクッション材で覆われていた。人形を固定するための特製の台座が取り付けられていて、衝撃から保護されていることが分かるが、仮面と比べて雑な梱包に思えた。美術品輸送を担当した企業が異なるのかもしれない。


 ヤトの戦士たちの興味を引いたのは、堅木に黒曜石の刃がつけられた武器で、古代アステカやメソアメリカなどの地域で儀式や争いに使用されていた特殊な刃物だった。それらの武器は単純な構造をしていて、木の板に溝をつけ、その溝に黒曜石の刃を挟むようにして作られている。形状や長さはさまざまで、それぞれの武器に特有の装飾が施されている。


 敵対者の血が染み込んだ縄で締められ、敵の骨片で飾られたものもある。部族の野蛮で残虐な性質があらわれているようだった。しかし戦争のための道具なのだから、一括りに部族の性質を表現しているとも言えないのかもしれない。


 いずれにせよ、黒曜石の刃は鮮やかな黒色で独特の光沢を放っていた。鏃状の刃は非常に鋭利で、また鉄製品のように刃が錆びることがないため、戦闘だけでなく整備といった観点からも優れた武器だったことが分かる。


 これらの刃物は抜き身の状態で展示されていて、その独特の美しさと危険な輝きがヤトの若者を魅了していた。ひょっとしたら、ヤトの一族も同じような武器を使って狩りをしていたのかもしれない。


 トテトテとせわしなく動き回っていたジュジュのあとを追うと、高価な石材や合金で形作られた複数の彫像が確認できた。見上げるほどの高さがある彫像も美術館で展示される予定だったのだろう。歴史上の人物や神話上の生物を表現していて、精巧で細部まで表現され、芸術的価値の高いモノだと分かる。


 人間の頭部を持つライオンを模した見事な彫像は、メソポタミアの神話に登場する神聖な生物の姿を思わせた。


 縦長の木箱に収まったいくつかの彫像は、破損してしまわないようにクッション材で保護されていて、厚めの養生カバーに包まれていた。もちろん、木箱内には振動や衝撃を吸収する養生材が敷かれていて、運搬中のあらゆる問題に対処できるように工夫されていた。


 ジュジュのあとを追うように彫像を見ながら歩いていると、異星生物の姿を模したと思われる奇妙な彫像を目にすることになった。それらの彫像は――長年放置されていたにもかかわらず、赤銅色に輝いていて滑らかな表面には傷ひとつ確認できなかった。


 蛇のような触手を持つ奇妙な彫像の前で立ち止まる。触手は長く鞭のようにしなやかで、その先端には鋭い鉤爪が付いているのが見えた。うろこ状の皮膚を持ち、巨大な翼と複数の目があり、狂気をもたらす存在として表現されていた。彫像の台には不気味な波紋が広がっていて、その奇妙な存在が異次元の向こうからやってくるような錯覚を与える。


 その彫像に歴史的価値はないのかもしれないが、息を呑むほど素晴らしいモノだった。けれどじっと見つめていると、名状しがたい恐怖に囚われ、首筋に鳥肌が立つような嫌な感覚に襲われる。これも混沌に由来するモノなのかもしれない。


「異星生物に関する展示も行われていたみたいだな」

『そうみたいだね』

 カグヤの声が聞こえると、どこからともなく小さなドローンが姿を見せた。


「〈神の門〉を通ってやってくる生物や、宇宙からやってくる生物は大々的に公表されていなかったと思っていたけど、普通に展示されていたんだな」


『たしかに異星生物の存在は知られていたけれど、一般市民の間では、まだまだ謎に満ちた存在だったと思うよ。実際、異星生物が隔離されていた浮遊島の広告を目にするけど、それはレイが特定の権限を持っているから表示されているだけで、カジノに遊びに来ていた一般の人々の目には触れない種類の広告だった』


「つまり俺たちが行く美術館は、限られた人間のための企画展だったってことか?」

『そういうこと。大企業の重役や軍関係者、それに議会で権力のある人々だけが招待されていたみたい』


「なんだかひどくいびつな世界だな。すでにその存在が知られているのなら、わざわざ隠す必要なんてなかったんじゃないのか?」


『たしかに奇妙だね。当時の人は浮遊島に入ることは制限されていたけど、そこで働く人々から常に情報は漏れていたし、人類にもたらされた技術や商品についても知られていた。宇宙軍の広報官だって地球にいたんだ。そういう事実がかえって人々の好奇心を刺激したのは言うまでもないけど、それでも、公にしたくないことがあったのかもしれない』


「たとえば、人類が宇宙で劣勢に立たされていた、とか?」

『それは秘密のひとつに過ぎないと思うよ。レイも機密情報の塊みたいなモノだし』

「たしかに」


 彼女の言葉に肩をすくめると、リフトが目的の階層に止まるのが見えた。すぐ目の前の隔壁が開いていくと、複数の作業用ドロイドが待機しているのが見えた。おそらく美術品を所定の位置に運ぶために集まってきたのだろう。かれらは我々の存在を無視して手際よく作業を進めていく。


 興味深いことに、ここでは多脚車両ヴィードルが本来の用途で使われていて、機械人形が運べないような大きな荷物や彫像を移動させるために使用されていた。


 作業の邪魔にならないようにリフトから移動すると、ワスダから連絡が来る。エレベーターを起動させるために手助けが必要になるようだ。我々は倉庫を離れ、美術館の入り口につながるエレベーターホールに向かうことにした。

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