第754話 隠し部屋
客室フロアは廃墟独特の静寂に支配されていた。背後を振り返ると、火災の影響で照明が落とされた暗い廊下が見えた。奇妙なことに、このような事態に対処するはずの機械人形の姿が見られなかった。通常、施設を維持するためメンテナンス作業を行う機械人形が派遣されるが、このフロアではそれらの活動が確認できなかった。
その奇妙な静寂に支配された廊下を慎重に歩いていると、突然、静けさを破るように騒がしい警告音が聞こえてくる。それまで企業の広告やら商品を宣伝していたホログラムが消え、代わりに侵入者に対する複数の警告が投影されるようになる。
これまで機械人形は飾り物のように沈黙していたが、どうやら〈軍用AI〉の侵入者に対する方針に変化があったようだ。その理由は不明だったが、警備のために配備されていた機械人形は我々の気配を察知し、次々と起動していく。
そしてそれは侵入者に対する〝ただの脅しや警告〟ではなく、攻撃的で容赦のない動きに変わっていく。
廊下の向こうから複数の監視ドローンが飛んでくるのが見えた。拳大の小さなドローンは我々の存在に気がつくと、巣を攻撃された蜂のように、一斉に攻撃を仕掛けてくる。監視ドローンは以前のようにただ飛び回るだけではなく、徘徊型兵器のように、我々を追跡し攻撃する存在に変わる。
その動きはひとつの意識によって完全に制御され、そして統一されているように見えた。ドローンは廊下を塞ぐように迫ってくる。ソレは監視のための小さな機体だったが、高度な攻撃システムを内蔵していて、〈レーザーガン〉や自爆用の爆薬を搭載しているようだった。
なぜ、監視のためのドローンにそれらの武装が必要だったのかは分からないが、迷うことなく応戦することにした。ライフルの銃床を肩にしっかりとつけたあと、弾薬を〈自動追尾弾〉に切り替え、フルオート射撃で弾丸を叩き込んで撃ち落としていく。すでに自爆するように設定されていたのか、着弾とともに爆散していく様子が見られた。
ヤトの戦士たちも敵の接近に反応すると、的確に射撃を行い、ドローンをひとつ、またひとつと撃ち落としていく。騒がしい銃声が廊下に響き渡り、金属片が飛び散り、爆散したドローンが床に落下していく。
密集し触手めいた動きで飛んでくるドローンの大群に向けて、一心不乱に銃弾を撃ち込んでいた
複数の警備用機械人形は長い眠りから覚めるかのように、折り畳まれていた手足を展開していく。金属が
そして獲物を探すかのように、単眼のカメラアイを明滅させながら周囲をスキャンしていく。そしてその冷たい機械的な目で我々の存在を認識すると、生命を宿したかのように動き出す。
すぐにミスズとナミが反応し、背後から接近してくる機械人形に銃弾を撃ち込んでいく。が、〈アサルトロイド〉は強力な磁界を伴う〈シールド生成装置〉を装備していて、ライフルの銃弾すら無効化していく。我々の火器に合わせて、ソレに対応できる装備を搭載した機械人形を用意してきたような嫌な感じがした。
とにかく別の攻撃手段が必要だった。ナミは機械人形を破壊するため、〈高周波振動発生装置〉を内蔵したナタを引き抜くと、〈アサルトロイド〉に向かって突撃する。彼女の動きは素早く、機械人形が生成していたシールドの内側に飛び込むと、振動する刃を横薙ぎに振り抜いた。
火花が飛び散り〈アサルトロイド〉の装甲が斬り裂かれるのが見えた。彼女が手にしたナタは旧文明の鋼材で強化された刃を備えていたが、敵の装甲を容易に切断できたのは、ナミが優れた剣の使い手だからなのだろう。彼女が刃を振るうたびに重要な回路と配線が剥き出しになり、機械人形の動きはより一層鈍くなり、最終的には動かなくなる。
ナミが機械人形を破壊したことを確認すると、ヤトの戦士たちに彼女の
ドローンの大群にはミスズとふたりだけで対処することになったので、一気にカタをつけるために〈反重力弾〉を使うことにした。建物構造に深刻なダメージを与えないように、威力と効果範囲を調整する必要があったが、〈反重力弾〉ならまとめて処理できるだろう。
ハンドガンの銃口を廊下の先に向けると、ホログラムの照準器が浮かび上がり、銃身が縦に開いて形状が変化していく。銃口の先の空間が歪み、
腕が微かに持ち上がる軽い反動のあと、紫色に発光する光弾が撃ち出される。ソレはドローンに向かってゆっくり進み、徐々に弾速があがっていく。やがて発光体は接近していたドローンの目の前でピタリと静止する。
そして金属を打ち合わせたような甲高い音が廊下に響いた。その瞬間、すべてのドローンが動きを止めるのが見えた。後続のドローンも〈反重力弾〉の効果範囲内に侵入したからなのか、次々と動きを止めていく。
ふたたび空気をつんざくような甲高い音が響き渡ると、数え切れないほどのドローンが紫の発光体に向かって引き込まれ、そして凄まじい力で圧し潰されていくのが見えた。
装甲がひしゃげ、爆散し無数の破片が飛び散る。が、それも目に見えない重力に捕らわれて引き込まれていく。木目が印刷されていたアルミパネルも壁から剥がれ、ホログラム投影機や上等な絨毯も引き裂かれ、発光体に向かって吸い込まれていく。
そうして瞬く間にドローンの大群は圧し潰されて、拳大ほどの灰色の物体に変わっていく。高密度に圧縮された物体はしばらく空中に浮かんでいたが、やがて地面に落下して鈍い音を立てる。
ドローンの処理を終えたあと、接近してきていた〈アサルトロイド〉に〈貫通弾〉を撃ち込んで処理していく。シールドは厄介だったが、至近距離からの攻撃には耐えられなかったようだ。
どうやら〈軍用AI〉は本格的に我々を排除する気になったみたいだ。敵を殲滅したあとも警告音が鳴り止むことはなかった。
『客室フロアの保安システムはこっちで対処するから、レイはハクとの合流を優先して』
「了解」カグヤにシステムの操作を任せると、我々はハクとの合流場所に向かった。
客室に侵入しようと試みたのか、扉が破壊されていて廊下に転がっているのが確認できた。しかしそれでもハクが入るには狭かったのか、部屋の前で退屈そうにしているのが見えた。
それでも遊びに行かず、ちゃんと待機してくれていたハクとジュジュに感謝したあと、アイと一緒に客室に足を踏み入れる。かつての豪華さが色褪せることなく残る部屋は広々としていて、天井は高く、滑らかな石材が使われた壁には金箔が施された装飾が見られた。
その部屋の中央にはクリスタルのシャンデリアが吊り下げられ、微かな光を放っている。その輝きだけは、時間が止まったかのような空間で、ひときわ美しく映えていた。壁には重厚な赤いベルベットのカーテンが掛けられ、壁を透かして人工島の眺望を楽しめるようになっていたが、今は寂寥とした景色を隠すように閉ざされていた。
部屋の一角には上質な木材で作られた大きな机が置かれ、それらの調度品からは高級感が漂っていた。いや、実際に高価なモノだったのだろう。近くには豪華な装飾が施された本棚があり、多くの書籍が並んでいたが、ほとんど表紙だけの飾りだった。
大理石調の床には繊細な模様が描かれていて、部屋の随所に芸術作品や彫刻が飾られている。しかしそれらの作品も、この世界の終わりを告げるかのような静けさの中で、何とも言えない虚無感を抱かせた。
アイに彼女の部屋なのか訊ねたが、記憶が曖昧で覚えていないと言う。が、目が泳いでいて明らかに嘘だった。嘘をつく機械人形の姿に驚かされるが、でもとにかく部屋の隅々を注意深く調べる。この部屋に何か秘密が隠されているのは間違いないだろう。
壁の一部が不自然に濡れていることに気がつくと、そこに近づき、手で触れてみる。すると壁が静かに動き、隠し部屋につながる入り口があらわれる。部屋の外で待機していたミスズたちに声を掛けたあと、隠し部屋に足を踏み入れる。
そこは狭くて暗かったが、中には様々な機器が並んでいた。壁に複数の端末が埋め込まれていて、それぞれに異なる情報や映像が表示されていた。どうやら部屋を監視するために設置されていたようだ。コンソールパネルには埃が積もっていたが、機械は今も動作しているようだった。
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