第753話 襲撃


 ヤトの戦士はライフルの銃床を肩に引き寄せると、静寂に包まれた廊下に銃口を向ける。清涼飲料水のホログラムが瞬いているが、とくに変わった様子は見られない。けれどヤトの鋭い感覚は大気の微妙な変化を捉えているのだろう。廊下の空気が少し重くなったように感じられた。


 カチ、カチと金属がこすれるような、微かな音が廊下の先から聞こえてきた。それはゆっくりと回転する砲身の音にも聞こえた。


「レイラ!」

 ミスズの声にハッとしたあと、となりに立っていたアイを抱き寄せ、ほぼ無意識に〈ハガネ〉のシールドを展開する。直後、まるで雷鳴のような轟音が廊下で炸裂し、けたたましい破裂音が響き渡る。その音は死を告げる前触れのようにも聞こえた。


 シールドの青い膜が展開して、断続的に撃ち込まれる数百発もの銃弾の軌道をそらしていく。前方に視線を向けると、頭部を守るように両腕を交差していたヤトの戦士たちの姿が見えた。かれらもシールドを使って弾道をそらしているようだったが、いつまでも銃撃に耐えられるわけではない。


 そのときだった。ミスズが廊下の先に向かって手榴弾にも似た紺藍色の装置を投げ込むのが見えた。ソレは地面に接触した瞬間、甲高い音を立てて破裂し、半球状のシールドを生成し銃弾をそらしていく。反撃の機会を得ると、ヤトの戦士たちはフルオートの一斉射撃で攻撃を行う。しかし敵の姿は見えず、射撃が有効なのかも分からない。


 シールドの膜に青い波紋をつくり出しながらかすめ飛んでいく銃弾の音や、壁面パネルに直撃する音と破片が降ってくる音、そして銃弾が撃ち込まれる騒がしい音。ありとあらゆる音が廊下で反響して戦闘の緊張感を高めていく。


 すぐにピンポン玉ほどの〈鬼火〉を形成すると、廊下の先に向かって撃ち込む。敵の位置が分からなかったので、三つの飛翔体をそれぞれ別の軌道を飛ぶように放つ。が、何かが干渉しているのか、先ほどから撃ち込んでいる銃弾と同様に、意図しない場所に飛んでいき壁や天井に直撃する。敵も〈シールド生成装置〉を使っているのだろう。


 攻撃は失敗してしまったが、敵の大凡の位置は把握できた。壁や天井に食い込んでいた〈鬼火〉を呼び戻し、エネルギーを無駄にしないために〈ハガネ〉に取り込んだあと、敵の真上、天井に向かって〈貫通弾〉を撃ち込む。


 騒がしい炸裂音と共に天井の一部が崩壊し粉塵が舞い上がると、構造色を思わせる虹色の薄膜が見え、一時的に敵の装甲が露わになる。


「熱光学迷彩!?」

 すぐに視覚情報を補正し、一瞬だけ見えた装甲を頼りに該当する機体がないか検索する。


『あれはツチグモだ!』

 カグヤの声が聞こえたときだった、複数の超小型ミサイルが撃ち込まれるのが見えた。


 ミスズたちがすぐに反応して、〈自動追尾弾〉の連射でミサイルを撃ち落としていく。その様子を見ながら、粉塵のなかに潜む敵の情報を仲間たちと共有していく。といっても、それは一時的に見えていた装甲を手掛かりにシミュレーションした姿でしかない。しかし今はそれで充分だった。


 赤色の輪郭線で縁取られた多脚の自律戦車の位置が確認できるようになると、天所や床に向かって〈貫通弾〉を撃ち込んでアルミパネルの破片やら粉塵で敵の姿を露わにしていく。瓦礫がれきかぶったことで敵の姿がハッキリと認識できるようになると、拳大の〈鬼火〉を形成し、杭のように鋭く変形させながら撃ち込んだ。


 凄まじい速度で飛んでいく〈鬼火〉は、やがてこうせきを残しながら〈ツチグモ〉が発生させていたシールドに直撃する。一瞬だけだったが、飛翔体が空中でピタリと停止しているのが見えた。が、すぐにシールドを突き破って〈ツチグモ〉に接触し、いとも簡単に戦車の装甲に食い込んで貫通する。


 光学迷彩が解けた直後、車体後部が風船のように膨らむのが見えた。一瞬の間があったかと思うと、車体内部で複数回の爆発が引き起こされて戦車が爆散し、轟音と共に凄まじい熱風が廊下に放たれて広がっていく。


 赤熱し熔けだした装甲が広範囲にわたって飛び散り、凄まじい熱を帯びた金属の液体が流れ出して絨毯が燃えていくのが見えた。炎と熱が戦車を包み込んで火花が飛び散ると、火災を検知したスプリンクラーが作動する。


 天井や壁から水が噴射されると、廊下に潜んでいた残りの機体がバチバチと電光を発するのが見えた。水に濡れている状態では光学迷彩が役に立たないと判断したのかもしれない、〈ツチグモ〉は迷彩を解いて次々と姿を見せていく。


 燃え上がる戦車の後方から銃弾が撃ち込まれるようになると、すぐに〈接触接続〉で客室を解錠してアイを避難させる。


 やはりカジノホテルを管理する人工知能と関係があるのだろう。

「どうしてこんなことに?」と、彼女はひどく動揺していた。

 攻撃されることを想定していなかったのかもしれない。であるなら、〈軍用AI〉は彼女のことを〝利用価値のない駒〟として切り捨てたのだろうか?


 だが、それでは腑に落ちない。彼女と出会って数時間も経っていないのに、すぐに排除しようと考えるだろうか。それは些か性急に過ぎるにように思えた。それとも、彼女の出現そのものが想定されていなかった出来事だったのだろうか?


 客室の扉を遮蔽物として利用するが、扉はすぐに穴だらけにされてしまい、まったく役に立たなかった。ミスズが投げ込んでいた複数の装置が機能しなくなり、半球状に展開されていたシールドが消滅していくと、我々は再び敵の砲火にさらされることになった。


 幸いなことに、カグヤが遠隔操作で客室の扉を解錠してくれていたので、ミスズたちも安全な場所に避難することができていた。だが、いつまでも隠れているわけにはいかない。


 ベルトポーチからライフルの弾倉に使用されるブロック状の鋼材を取り出すと、すぐさま〈ハガネ〉に取り込み、そのエネルギーを使用して複数の〈鬼火〉を形成していく。そして先ほどのように鋭い杭をイメージしながら変形させると、廊下の先にいる〈ツチグモ〉に向かって撃ち込む。


 立て続けに爆発音が聞こえ、破壊された扉から熱風が通り過ぎていくのが見えた。たちまち廊下は炎と黒煙に包まれていくが、すぐに複数のスプリンクラーが作動して消火作業が行われる。


「ミスズ、そっちは大丈夫か?」

『問題ありません』すぐに彼女の声が内耳に聞こえる。

『ヤトの部隊にも負傷者はいません』


「扉が開いたタイミングが良かったみたいだな」

『はい、カグヤさんに感謝です』


「ハク、そっちは問題ないか?」

 客室フロアに到着してすぐに、ハクはジュジュを連れてどこかに行ってしまった。冒険すると言っていたが、別の階層には行かないでくれと約束していたので、この広大なフロアのどこかにいるはずだった。


『ハク、みつかったかもしれない……』

 何やら深刻そうな幼い声が聞こえると、すぐに地図を開いてハクの位置を確認する。

「見つかった? 敵に遭遇したのか!」


『てき、ちがう』

「なら何が……ああ、そういうことか。アイの部屋を見つけたんだな?」


『ん。とびら、ちょっとだけ、あいてた』

「さすがだな、ハク。すぐに合流するから、そこで待っていてくれないか」


『ハク、さすがだった!』

 無邪気に笑うハクに光学迷彩を使用する〈ツチグモ〉のことを伝える。


「そいつらに襲撃されるかもしれないから、ハクたちも注意してくれ」

『ん、きおつける』


 すぐにミスズと情報を共有したあと、ハクが待ってくれている場所に向かうことにする。廊下に出ると、火災の影響で照明が落とされていて、あちこちで漏電していて水溜まりに火花が反射しているのが見えた。


 念のために我々を襲撃した〈ツチグモ〉の様子を確認するが、鉄屑に変わっていて攻撃される心配はなかった。そのことをアイに伝えると、彼女はホッとした表情で部屋から出てきた。味方から攻撃されたことにショックを受けているのか、ひどく落ち込んでいるように見えた。

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