第752話 理由〈客室フロア〉


 アイが何を考え、そして何を企んでいるのかは誰にも分からなかったが、それでも我々は彼女を連れていくことに決めた。未知の存在を同行させることについての危険性は、もちろん承知しているつもりだったが、それでも彼女を残していくことはできなかった。たとえ彼女が人の皮を被った機械人形だとしても。


 彼女が〈マンドロイド〉や〈アサルトロイド〉のように、明らかに人間と異なる機械的の姿をしていたら、彼女に同情する者はいなかったのかもしれない。しかし不思議なもので、人間と変わらない姿をしているという〝ただそれだけの理由で〟人々は簡単に親近感を抱いてしまう。


 たしかにアイは絶世の美女だったのかもしれないが、それは彼女を受け入れた理由にはならないだろう。我々の周囲にはヤトの戦士たちを含め、異常なほど整った顔立ちの人々が集まっていたので、美に対する耐性は――それが適切な表現なのかは分からないが、持ち合わせているつもりだった。


 かれらを特別視するのは、人の理想形を模して創造された〈人造人間〉だから、という理由もあるし、種族的な特性として獲得した容姿でもあったからであり、仲間たちの容姿についてとやかく言うつもりはなかった。実際のところ、自分自身の容姿が優れていることも知っていたが、それが人工的にデザインされた肉体だからということも理解していた。


 だからおごり高ぶるような振る舞いは意識して避けていたし、ソレを使って誰かを誘惑しようと考えたこともなかった。つまり何が言いたいかというと、ある種の美人性が武器になることを理解していたが、彼女のソレが我々に対して効果的に機能しているとは言い難い、ということだ。それでも同行させたのは、彼女の真意を探るためでもあった。


 もっとも、私個人は彼女の容姿にひどく動揺したが、それは仕方がないことなのだろう。誰だって夢のような人が目の前にあらわれたら動揺するものだ。そして旧文明の魔法のような技術の前では、我々人類がいかに矮小な存在になってしまうのかも考えてしまう。


 それらの高度な技術をもってすれば、人間の精神、ひいては社会そのものを制御することすら簡単なことなのかもしれない。それとも、この考えは飛躍し過ぎているのだろうか。


 旧文明期には、人類は人工授精と遺伝子操作により優れた知能や肉体、そして容姿を獲得した新人類と、自然妊娠で生まれた旧人類、主に〝神の子〟とさげすまれた人々とで分けられていた。新人類はその異質な社会において、旧人類よりも優れた存在であり、両者の間には大きな隔たりがあった。


 でもだからといって、新人類に欠点がなかったとは言えないだろう。あらゆる信仰を否定して、異星生物が持ち込んだ科学に心酔するあまり、旧人類を〝神の子〟と蔑んでいたことからも、かれらが傲慢で人間性に問題があったことは安易に想像できた。


 どれほど美しい存在であっても、かれらの内面が醜いことに変わりないだろう。そしてそれはこの荒廃した世界でも、きっと何も変わっていない。


 いずれにしろ、今は他に考えるべきことがあった。

「カグヤ、ワスダたちを支援する手段は何かないか?」

『客室フロアにも警備員の詰め所があるみたいだから、そこで何かできないか調べてみようよ』


「了解」

 テーブルに並べられた遺物を回収したあと、移動を開始する。今回はエレベーターを使わず、避難階段で上階に向かうことになった。アイを追跡していたサイボーグたちが利用していたことからも、すでに安全性が確認できていたので、襲撃を警戒することなく素早く移動することができた。


 客室フロアの廊下は、まるで美術館のように落ち着きのあるモダンなデザインで統一されていた。自然光を模した柔らかな照明が廊下全体を照らし、水中にいるときのような淡い光で包み込んでいる。床には上質な絨毯が敷かれ、歩くたびに心地いい感触が広がる。時折、自律ロボットが廊下を清掃する様子も確認できた。


 廊下の壁材には高級感漂う木材が使われていたが、おそらく木の質感を忠実に再現した木目調のアルミパネルなのだろう。


 照明が当たると、パネル表面に微細な木目が浮かび上がり、木目独特の複雑な表情を引き立てる。その光沢感と木目調の組み合わせは、先進的でありながらも暖かみを感じさせ、客室フロア全体に上品な雰囲気をもたらしていた。


 上方に視線を向けると、保安要員として配備されていた飛行ドローンが天井付近を飛行しながら監視している様子が確認できた。小さなドローンは機敏に動き回りながら廊下を巡回し、カメラアイを発光させながら客室の安全を確保している。それらの機体は客室フロアの照明同様、我々の動きに反応して起動したのかもしれない。


 天井や壁にはホログラムや拡張現実によって、さまざまな情報が投影されていた。天気予報や気温、世界情勢に関するニュース、そして企業広告などが鮮やかな色彩で廊下を華やかにしている。例えば天気予報やニュースなど、一部の機能は停止して表示されていなかったが、〈国民栄養食〉など、すでに見慣れていた広告映像は絶えず表示されていた。


 廊下の左右に見える客室の扉はすべて閉ざされ、高度なセキュリティシステムで保護されていた。それぞれの扉には指紋認証や瞳孔スキャンなどの、旧式だが信用できる認証プロセスが使われていて、それらの手続きをクリアしなければ部屋にアクセスできないようになっていた。


 すでに〈中央管理室〉で必要な権限は取得していたので、適当な扉に触れて〈接触接続〉で解錠する。客室内にはダブルベッドが置かれ、やわらかな枕とふんわりした布団が用意されていて、客室の清掃やメンテナンスが今でも続けられていることが分かった。定期的に機械人形がやってくるのだろう。


 人擬きの襲撃を警戒したが、すでに排除されていたのかもしれない。その部屋に置かれた調度品は質素だが上等なモノが使われていて、見慣れない家電製品が自由に使えるように置かれていた。


 間接照明以外にも、手のひらに収まるほどの小さな照明ドローンが光源として用意されていた。球体型の本体は軽量で光沢のある鉄球を思わせる。使用者が何か作業をするさい、この小さな照明ドローンが自動的に起動し、使用者の周囲を静かに浮遊するようになっているようだ。


 壁面にはホロスクリーンが投影されていて、ここでも様々な情報やエンターテイメントが提供されていた。旧文明期以前の映画や音楽の再生、最新のニュースの閲覧やショッピングなど、様々なオプションから選択することができるようだ。さらに部屋の照明や温度調節などの制御も可能で、まさに至れり尽くせりだ。


 それでも一般的な客室で、上階に行けば行くほど、この部屋とは比べものにならないほど贅沢な部屋があるという。


 カグヤが詰め所を調べてくれている時間を利用して、アイが目覚めた部屋を調べに行くことにしたが、例によって彼女は覚えていなかったので、広大な客室フロアを歩いて探すことになった。


 彼女にカジノホテルにやってきた理由をかれたので、金塊が目的だと言ったら不思議そうな顔をして首をかしげた。


「だってレイラは宇宙軍に所属しているんだから、金塊や電子貨幣クレジットにこだわる必要はないでしょ?」


 彼女が何を言っているのか最初は理解できなかったが、よくよく話を聞くと、どうやら自動販売機が関係していることが分かった。物質変換技術の登場により、宇宙では貨幣経済が廃れていて、わざわざ金塊に固執する理由がなかったからだ。


 しかし我々は金塊をつくり出せるような高度な装置は所有していなかったし、地球で手に入れられるような代物でもないことが分かっていた。だからホテルにある金塊が必要だった。そのことを彼女に説明していると、先行していたヤトの戦士が立ち止まるのが見えた。何か異変を察知したようだ。

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