第750話 死者の群れ


 客室フロアに関する情報や地図をダウンロードしたあと、ついでにミスズたちが入手していた情報を確認することにした。


 カジノホテルで利用できる通貨は主に電子貨幣クレジットだけだったので、大量の紙幣と硬貨を保管する金庫は必要なかった。しかしそれでも、美術品や客の貴重品を預かる専用の保管室、ないしは倉庫が存在していた。ここ〈中央管理室〉では、その保管室の正確な位置情報を取得することができていた。


「それでも金塊が保管されている金庫室の情報は手に入れられなかったか」

『残念だけど』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。


『金庫室の場所は巧妙に隠されていて、管理システムのデータベースを漁っても記録は確認できなかった。金塊の存在は公にされていたけど、さすがに保管場所を公開するような大胆なことはしなかったみたいだね』


 薄いガラス板を思わせるディスプレイに保管室の位置が複数表示される。美術品や貴重品は、いくつかの階層に分けるようにして厳重に保管されていた。たとえば国宝級の遺物は――なぜ、そのようなモノがカジノホテルにあるのかは疑問だったが――それら貴重な美術品になればなるほど、ホテル上層の保管室で管理されたり、展示されたりしていた。


 もちろん、それは大衆に先入観を植えつけるための隠蔽工作であり、本当に貴重とされる遺物はホテルの地下区画に保管されているようだった。


 繰り返しなるが、すべての情報は巧妙に隠されていた。しかし人の口に戸は立てられない。支配人と思われる人物、あるいはそれに準ずる権限を持つ人間と、保安全般を担当していた部署との間で交わされた短いテキストメッセージを発見したことで、保管室に関する情報が確認できた。


「そのメモによれば、地下に何か重要なモノが隠されているってことか……」

『そうだね。強力な兵器を搭載した無人機が飛び交うような時代だから、無難な選択なのかもしれない。保管場所が簡単に特定できるような上層階よりも、複雑に入り組んだ地下区画に保管したほうが安心できる』


「そうなのかもしれないな。ところで、警備室に向かったワスダたちは?」

『保安システムを掌握するために奔走してるけど、一筋縄ではいかないみたいだね』


 カグヤが表示してくれた監視カメラの映像には、人擬きの群れと交戦するワスダたちの姿が映し出されていた。


 狭い通路に押し寄せる人擬きの数は、すでに数百体を越えている。腐敗した化け物の歩幅はまちまちだが、なかには機敏に動ける個体もいて、ゾンビ映画のそれとは似ても似つかない状況になっている。不気味なうめき声が薄暗い通路に響きわたり、醜い化け物の影が照明のなかで踊る。


 ワスダたちはライフルを構え、フルオートの一斉射撃で人擬きの群れに対処する。小気味いい銃声が通路に反響して、化け物の甲高い叫び声と混ざり合って耳に届く。


 そして人擬きの肉体は銃弾によって貫かれて、血煙が噴き出し、肉片が飛び散る。肉を引き裂いて骨を砕く生々しい音が響き渡り、肉体が破裂する嫌な音が聞こえてくる。人擬きは気色悪い体液にまみれ、生命の光を失った瞳は薄暗い照明を反射して空虚に輝く。


 銃弾を受け身体をズタズタにされて絶命した化け物は、腐りかけの肉塊と脳漿のうしょうを撒き散らかしながら地に崩れ落ちる。しかしそれでも群れの動きを止めるのには不十分だった。化け物は次から次に通路に――まるで波のように押し寄せてくる。すぐに銃弾で撃ち倒されていくが、どれほど倒そうとも群れの勢いが衰えることはなかった。


 狭い通路に死体が敷き詰められ、足元は腐敗液と血液で満たされていく。ライフルの射撃音が間断なく響きわたり、銃口から放たれるマズルフラッシュが化け物の顔に不気味な影をつくっていく。通路の狭さゆえ、死骸は一塊の肉になっていく、その中から新たな死者が這い出てくる。混沌とした死者の群れは、仲間の死骸を踏みつけながら無慈悲に前進し続けながら、圧倒的な数で通路を埋め尽くしていく。


 のっぴきならない状況に陥っているように思われたが、ワスダたちは冷静だった。戦いに慣れているということもあるが、しかし危険な状況に変わりない。


「カグヤ、この映像は――」

『リアルタイムで受信してる映像だよ』

「それなら、すぐに助けにいかないとマズいんじゃないのか?」

『大丈夫だよ。それに、今から助けに行っても間に合わない』


 射撃を続けるワスダとソフィーを横目に、エンドウは壁面パネルに設置された端末を操作していた。しばらくすると、警備用に設置されていた機械人形を格納する装置〈保安警備システム三型〉を起動させることに成功した。


 警告音が鳴り響いて機械人形の起動音が聞こえてくる。〈アサルトロイド〉は頭部に搭載されたセンサーで人擬きの姿を捉えると、〈データベース〉を介して瞬時にID確認を行う。そしてそれが未確認の不明生物だと分かると、腕に搭載されていた〈レーザーガン〉を起動し攻撃の準備に移る。


 そして公式に〝敵〟だと判断されると、すぐに精密射撃による攻撃を開始する。しかし焼け石に水だ。人擬きの赤黒い波は機械人形を取り囲み、その鋼鉄の身体を容赦なく引き裂いていく。次々と起動していく〈アサルトロイド〉は善戦するも、しだいに壁際に追い込まれ、身動きが取れなくなったところで破壊されていく。


 哀れな機械人形が無力化されていくと、死者の群れは標的を変え、機械人形の残骸を蹴散らしながらワスダたちに向かって猛進する。


 やはり変異を繰り返しながら生き延びてきた人擬きは、〈廃墟の街〉で見かける野良の個体よりも脅威なのかもしれない。それとも量は質を凌駕するのか、さすがの〈アサルトロイド〉も為す術もなく破壊されていく。


 追い詰められたと思われた瞬間、エンドウは通路に設置されていた非常用の隔壁を閉鎖する。厚い鉄の扉によって隔てられたからなのか、一瞬にして通路は静寂に支配される。先ほどまでの喧騒が嘘のようだ。


 監視カメラの映像を切り替えると、人擬きの群れが無機質な壁にぶつかって押し戻される様子がハッキリと確認できた。何度も隔壁に体当たりする者もいれば、あとからやってきた人擬きに圧し潰される者もいる。たしかに驚異になる個体もいるのだろうが、本能の赴くままに行動するのは通常の人擬きと変わらないみたいだ。


 なんとか危機は脱したが、喜びを噛みしめている余裕はないようだ。ワスダたちは新たな脅威が迫っていることを知る。別の通路からも人擬きのゾンビめいた呻き声が聞こえるようになっていた。


 監視カメラの映像を頼りに敵の数と位置を確認して、すぐにワスダたちと情報を共有するが、正確な数は把握できなかった。保安システムに接続できれば、各階層のより詳細な情報が手に入れられたのかもしれないが、ないものねだりをしても仕方ない。


「カグヤ、隔壁を閉じて人擬きを別の場所に誘導することはできるか?」

『すでに試してみたけど、やっぱり保安システムにアクセスしないとダメみたい』

「そうか……それなら、ワスダたちを安全な場所まで避難させよう」

『了解、最適な移動経路を検索する』


 ワスダは〈警備室〉に近づけないことに腹を立てていたが、それほど深刻に受け止めるほどの問題でもなかった。実際のところ、ワスダたちは目的地のすぐそばまでやってきていた。戦闘で興奮していた人擬きの群れが落ち着きを取り戻して、本来の徘徊ルートに戻れば、〈警備室〉に侵入することも難しくないだろう。


 避難場所までの安全な移動経路を共有したあと、ミスズから連絡がくる。どうやら遊女との話し合いの準備ができたようだ。彼女には質問しなければいけないことがあった。監視カメラの映像を切り替えて遊んでいたハクに声をかけると、管理室を離れてショッピングエリアに向かう。

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