第749話 逃走


『見つけたよ』

 カグヤの言葉のあと、それまで大きなディスプレイに表示されていた映像が切り替わる。そこに映し出されたのはスロットマシンやポーカーテーブルが並ぶ見覚えのあるフロアだったが、それは我々が探索した場所ではなく、他の階層にあるカジノフロアだった。


 映像の視点が変わると、部下を連れて歩くソクジンの姿が映し出される。この時点ではまだサイボーグたちと一緒に行動していたようだ。何かを探しているのか、しきりに端末を確認しながら歩いている。ゲーム台には目もくれず、そのまま狭い通路に入ってくと彼らは二手に分かれた。


 ソクジンがエレベーターに乗り込んで上階に移動したことを確認すると、その場に残ったサイボーグたちはカジノフロアに戻っていく。


 指揮する立場の人間がいなくなったからなのか、暴力的で野蛮な略奪者の本性をあらわし、枷が外れたようにスロットマシンや機材を破壊しながら電子部品やら回路基板を回収していく。金目になるようなモノなら何でも奪うつもりなのだろう。そこに警告音が響き渡り、静かだったフロアに機械人形の起動音が聞こえるようになる。


 床面に格納されていた警備用の〈アサルトロイド〉が、鈍い機械的な音を立てながら次々と姿をあらわす。天井からも鋼鉄の人形が次々と降りてくるのが見える。さすがに〈アサルトロイド〉との戦闘は想定していなかったのか、サイボーグたちは持てる荷物だけ手に取り、カジノフロアを離れようとする。


 折りたたまれていた手足を展開させ、天井から一斉に落下してきた数十体のアサルトロイドは隊列を組み、スロットマシンの間を歩きながら略奪者たちに迫る。そしてカメラアイを赤く発光させ、侵入者に対する警告文を読み上げていく。


 それがプログラムに沿った行動だと分かっていても、機械人形の威圧的な態度に腹を立てたのだろう。サイボーグのひとりが立ち止まり、肩に担いでいたランチャーを構えるのが見えた。勝利を確信しているのか、残忍な表情で口角を上げている様子は、まるで狂気にうなされたピエロを見ているようだった。


 つぎの瞬間、光がほとばしり高出力の熱線が放たれる。アサルトロイドは素早く反応し、シールドを展開して攻撃を防ごうとしたが耐え切れなかった。熱線が装甲を熔かしながら機体を貫いたあと、けたたましい爆発音が響き渡る。機械人形は炎上し、その熱で周囲の空気が歪んでいくのが見えた。


 それでも他の機械人形は動じることなく、意識を感じさせない、機械的で無機質な動きでサイボーグたちに迫る。明らかに不利な状況だったが、ランチャーを担いだ男はその場にとどまることを選択し、自らを奮い立たせるように怒号を上げながら熱線を発射していく。


 略奪者が使用していた白い角筒ランチャーは、いつか〈不死の導き手〉の信者が使用していた装備に酷似していた。あるいは、同様の兵器だったのかもしれない。レーザーライフルよりもずっと強力な攻撃が可能で、装甲の一部に旧文明の鋼材が使用されていた〈アサルトロイド〉さえ破壊する火力を備えていた。


 しかしアサルトロイドたちは機敏な動きで熱線をかわし、アームを変形させ〈レーザーガン〉を露出させると、サイボーグに向かってレーザーを放つ。だが略奪者はすでに光学迷彩を使用し姿を隠していて、アサルトロイドのセンサーでも動きを捉えることができなかった。そしてまた別の機体が熱線を受けて爆散する。


 戦闘の激しさが増すにつれて、カジノフロアは壊滅的な状況に陥っていく。破壊されたスロットマシンや照明の破片が床に散乱し、壁面パネルの一部は融解し爆発の痕跡が見られるようになる。それほど激しい戦闘が行われていたにも拘わらず、記録された映像を見るまで戦闘が起きていたことにすら気がついていなかった。


 カジノホテルを管理している〈軍用AI〉にとって、それは建物全体の警戒レベルを引き上げるほどの状況ではなかったのだろう。他の階層では、今まで通り通常の警備が続けられていた。


 機械人形とサイボーグの激しい戦闘は、カジノフロアの華やかな雰囲気を一変させていく。あちこちで火花が散り、さわがしい爆発音が鳴り響く。穏やかな時間が流れていた階層は、今や戦場の様相をていしている。


 破壊と混乱が広がるなか、アサルトロイドの一体がサイボーグの動きを捉え、マニピュレーターアームを叩き込む。サイボーグは驚いた表情を浮かべ、素早く反撃を試みるが、攻撃を避けることはできない。鋼鉄の拳が彼の腹部に猛烈な打撃を与え、サイボーグの重たい身体からだが宙に浮き上がる。


 まるで旧文明期以前のカンフー映画を見ているようだ。ワイヤーアクションじみた動きで吹き飛ばされ、その衝撃で壁に叩きつけられたサイボーグは苦しそうな呻き声を上げながら地面に崩れ落ちる。そこに他のアサルトロイドが集まり、容赦なく一斉射撃を行う。もはやサイボーグには為す術がなかった。一方的に攻撃され、熱線によって継ぎ接ぎの肉体は焼かれ、そして鋼鉄交じりの手足が切断されていく。


 カグヤに映像を切り替えてもらい、カジノフロアから逃げ出したサイボーグたちの様子を確認する。薄暗い通路が表示されて、彼らが避難通路に入り、そのまま階段に向かう様子が映し出されていた。エレベーターを使わずに上階に向かうつもりなのだろう。時間を進めてもらい、また別の場所の映像を表示する。


 暗い廊下が映し出される。薄闇のなかに漂う静寂が、雰囲気を不気味なものに変えていく。照明の光が廊下を照らし、黒い影が伸びていくと角を曲がるサイボーグたちの姿が見えたが、彼ら以外にも誰かが潜んでいるような錯覚を抱かせる。


 薄闇のなかに妖しく明滅する光が見えた。それはサイボーグたちの義眼から発せられる赤い光であり、闇の中で不気味な光跡を残している。その光が廊下で揺れ動き、壁面パネルやドアに反射して奇怪な輝きを放っている。


 追加情報を確認すると、客室フロアに設置された監視カメラの映像だと分かった。客室のドアはひとつひとつが閉ざされていて、サイボーグたち以外に人気はない。無人のままである。廊下には略奪者たちの重々しい足音が響いているだけだ。彼らが手にしていた機関銃の銃身は暗闇の中で揺らめき、廊下に長い影を落としている。


 空調設備の微かな音が聞こえ、その風に乗って、金属のこすれる音が静かに響く。部屋のドアが揺れ、何かが落ちる音が遠くで聞こえる。奇妙に静まり返った世界でサイボーグたちの存在が、より不気味なモノになっているように感じられた。だが、その静寂は突如として破られる。


 白いシーツにくるまった女性が青白い照明の中に浮かび上がる。彼女の寝起きの表情はどこか能天気で、客室フロアに漂う不気味な雰囲気とは対照的だった。が、すぐに驚愕の表情が浮かびあがる。彼女も状況の異変に気がついたのだろう。


 彼女は身体を強張らせて、その場に立ち尽くすが、すぐにサイボーグたちから逃げるように駆け出した。僅かな明かりのなかで白いシーツが揺れる様子は幽霊めいていたが、彼女の姿には見覚えがあった。遊女で間違いない。


 客室フロアの何処かで目を覚ましたのかもしれない。階層の情報を確認すると、百十二階だということが分かった。上階から逃げてきたということになる。


 廊下に彼女の足音が響き渡るなか、サイボーグたちが嬉々として彼女を追いかける様子が確認できた。赤い眼が恐怖を煽るように発光し、機関銃の銃口が左右に揺れる。


 サイボーグたちがどのようにして複数の階層を移動しているのかは分からないが、ソクジンのソフトウェアを使って管理システムを欺いている可能性が高い。かれらはその権限をつかい、階下まで女性を追いかけてきたのだろう。ソクジンの行方も気になるが、彼女の秘密を知る手掛かりを掴むことができた。

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