第748話 監視カメラ


 ハクがおやつ感覚で大量のハンバーガーを完食したあと、ヤトの戦士たちと合流して、ショッピングエリアに貴重な遺物がないか探すことにした。相変わらず上品なクラシック音楽が静かに流れていて、危険な〈軍用AI〉が管理するカジノホテルにいるとは思えないほど穏やかな空間になっていた。


 途中、足元の絨毯に血痕が点々と滲んでいるのを見つけた。くすんだ灰白色かいはくしょくの人工血液は、遊女のことを追跡していたサイボーグのものなのだろう。


 ショップが連なる華やかな通りにちらりと目を向けたあと、足元の血痕に視線を戻した。合流してからサイボーグに追われていた理由を質問する予定だったが、その前に彼女たちがどこからやって来たのか調べてもいいのかもしれない。


 血痕のあとを追うように歩き出す。足元には薬莢が散らばり、割れたショーケースのガラスが散乱している。ほとんどの店舗の入り口は防護シャッターで閉ざされていて、この辺りでも激しい攻撃が行われたことが分かる。


 遊女の何がサイボーグの気に障ったのかは分からないが、射撃の痕跡は、なにがなんでも彼女を仕留めたいという衝動に駆られていたことをうかがわせた。


 エレベーターホールまでやってくると、別のサイボーグの死体を見つける。炭素繊維と金属が使用された義足を持つ男性が、エレベーターの扉に挟まるようにして地面に横たわっていて、周囲には営業妨害に関する無数の警告が投影されていた。足首をつかんで死体を引っ張り出すと、エレベーターの扉は閉じて警告も消えてくれた。


「知っている男だな」

『ん、しってるおとこ』


 ハクも男性のことを覚えていたのだろう。ホログラムで投影される派手なマスクと、自在に伸縮し変形する外套がいとうを身につけていた略奪者のひとりで、ソクジンの部下で間違いなかった。


「カグヤ、死因を調べてもらえるか?」

『了解、スキャンするからちょっと待っててね』


 カグヤのドローンがやってきて走査している間、ハクと一緒に周囲を調べる。エレベーターホールでも戦闘が行われていたのか、薬莢が散らばり、スロットマシンや木製の調度品が破壊されているのが確認できた。しかし人擬きや機械人形の姿は見られない。やはり標的は遊女だったのかもしれない。


 高い天井を見上げると、監視カメラとして機能する小型の多脚ドローンが――手のひらに乗るほどの蜘蛛型自律ロボットが複数徘徊しているのが確認できた。

「カグヤ、監視カメラの映像を入手できるか」

『できるよ』


 視線の先に拡張現実でスクリーンが表示されると、無人のエレベーターホールが表示される。ちょうどエレベーターの扉が見えるような視点になっていたが、サイボーグたちの姿は確認できなかった。そこに銃声が鳴り響いて、遊女がカメラの前を通り過ぎるのが見えた。すでに追われていたのか、背後を気にするように走っていた。


 しばらくすると、重機関銃を手にしたサイボーグたちの姿が確認できた。さわがしい銃声のあと、サイボーグのひとりがエレベーターに向かって駆けていくのが見えた。何かにおびえていて、必死になって逃げているように見えた。


「カグヤ、今の場面を別の視点で頼む」

 映像が切り替わると、遊女に向かって銃を乱射するサイボーグの姿が確認できるようになった。彼女がスロットマシンの陰に隠れたときだった、サイボーグのひとりが衝撃を受けて地面に倒れるのが見えた。


 カグヤは映像を一時停止して、サイボーグが衝撃を受けて倒れる瞬間まで映像を戻し、スローモーションで見せてくれた。しかしそれでも、あの瞬間に何が起きたのか分からなかった。


『原因はこれだと思う、その死体をひっくり返してみて』

 カグヤの言葉に反応して足元の死体に視線を向けたあと、仰向けになるように足で転がす。すると男の胸部に鉄片が突き刺さっているのが見えた。刃物のように鋭い破片は、刃渡りにすれば十センチほどあるだろうか、防刃性に優れた外套を貫通しているのが確認できた。


 ハクが天井に向かって飛び上がり、監視ロボットを捕まえようとしている様子を眺めたあと、しゃがみ込んで鉄片を調べることにした。


 サイボーグの胸部から引き抜いた鉄片には、小さな手形が残されていた。言葉のまま、それは凄まじい力で握り締めたときに残された指痕であり、じ切るようにして強引に鉄片を手に入れたことが分かった。


『たぶん、天井を支える柱の一部だね』

 カグヤのドローンがレーザーを照射していた場所に視線を向けると、壁面パネルが破壊されていて、小さな穴が開いているのが見えた。壁に手を突っ込んだのだろう。


「武器を所持していなかったから柱の一部を破壊して、その破片を武器として使ったのか?」

『突飛な話に聞こえるかもしれないけど、軍用に改良された〈コムラサキ〉なら可能だよ』


「彼女がその気になれば、いつでも俺たちの首を捩じ切れるってことか」

『うん、ゴリラ以上の握力だね』


 カグヤの言葉に溜息をついて、それから死体に視線を戻す。

「獲物から思わぬ攻撃を受けて、パニックになって逃げ出したのか……」


『死因は後頭部に突き刺さった鉄片だよ』

 サイボーグの首を動かすと、そこにも鋭い鉄の破片が突き刺さっているのが見えた。


「か弱い女性を演じておきながら、きっちり追跡者に止めを刺したってことか」

『そういうこと』


 立ち上がって周囲を見回すと、鋼鉄製の扉が僅かに開いているのが見えた。その扉の先を覗き込むと道幅の狭い通路になっていて、地図で確認すると避難経路につながっていることが分かった。エレベーターに乗って階下からやって来たと思っていたが、かれらも避難階段を使って移動していたようだ。


 薄暗い通路にライトを向けて様子を確認するが、どうやら多脚の監視ドローンはいないようだ。


「避難経路に監視カメラは設置されていないのか?」

『あるよ。〈中央管理室〉に行けば、監視カメラの映像が確認できる』

「遠隔操作で取得できないのか?」

『できるけど、ちょっと面倒なんだ。すぐ近くに管理室があるから、そこで確認して』


 ハクに声をかけると、天井からストンと降りてくる。白い体毛には無数の多脚ドローンが絡みついていて、まずその小さなロボットを取り除く必要があった。


 それからカグヤの案内で〈中央管理室〉に向かう。そこはカジノホテルの中枢とも呼べる場所で、あらゆる情報が集約される場所になっていた。室内は広々としていて、壁面には素通しの板ガラスを思わせる薄いディスプレイが並び、リアルタイムでさまざまな情報や監視映像が表示されていた。


 部屋の中央には簡素な制御装置やコンソールが並び、スタッフのためのデスクが配置され、それなりの数の人間がこの場所で働いていたことが分かった。機械人形や人工知能に任せられないような仕事があるとは思えなかったが、緊急事態に状況を適切に判断できる人間が必要だったのかもしれない。


 それぞれのスタッフが作業に没頭できるように、無駄なモノはすべて排除されていて生活感は皆無だった。小さなぬいぐるみやキャラクターグッズが飾られていることもなければ、書類で散らかっている様子もない。


 部屋の奥にはガラス張りの空間がある。セキュリティチームやシステム管理者が集まって重要な決定を下したり、トラブルに対処したりするためのスペースになっているようだ。カジノフロア全体の状況を確認できる端末が置かれていたので、〈接触接続〉で操作する。


 ホテルの地図が表示されると、ソクジンの位置が赤い点で表示される。どうやら部下と別れて側近だけを連れて移動しているようだ。かれと別れたサイボーグたちの位置を確認するが、位置情報を示す赤い点は止まったまま動かない。先ほどのサイボーグのように、すでに息絶えているのかもしれない。


「カグヤ、連中が遊女と遭遇したときの映像を表示できるか」

『サイボーグたちの移動履歴を確認しながら監視カメラの映像を探してみるよ』


 カグヤに感謝したあと、大きなディスプレイでホテル内の映像を眺めていたハクのとなりに立つ。どうやらミスズたちの姿を見つけたようだ。大きな画面にはジュジュを抱いて歩くナミの姿と、ミスズと並んで歩く遊女が映っていた。その映像だけを見れば、危険な存在には見えなかったが、彼女が何かしらの秘密を抱えているのは間違いないだろう。

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