第733話 カジノエリア
敵の襲撃を警戒しながらの休息だったが、それでも充分に
出発の準備ができると、我々は水族館の展示エリアに足を踏み入れ、水が抜かれた水槽を横目で見ながら出口に向かう。カジノエリア側の出入り口にもチケットカウンターがあり、水族館のお土産を販売するショップがあった。ここでもイルカのぬいぐるみが購入できるようになっていて、店先に多数のぬいぐるみが並べられていた。
お菓子から文房具までの多種多様な雑貨を取り揃えていて、ハクとジュジュだけでなく、ミスズやヤトの戦士たちを夢中にさせた。しかし店内には多くの棚が並んでいて、身体の大きなハクが入っていくには少々手狭だった。そこでスリングを散歩紐代わりに使っていたジュジュが、代わりに店内に入っていくのが見えた。
そして得意げに〈マルチパス〉を使って、ハクに頼まれていた商品を購入していく。手慣れたもので、商品を脇に抱えながら支払い専用の端末にカードを近づけて、なんの障害もなく商品を購入することができていた。ジュジュたちが賢いことは知っていたが、想像していたよりも知性の高い種族なのかもしれない。
ちなみにスリングはハクのハーネスとつながっているので、ジュジュがひとりでどこかに行ってしまう心配はなかった。ハクたちが買い物を楽しんでいる間、水族館の外で我々のことを待ち受けているであろう警備部隊の姿を確認しに行ったが、敵の姿はどこにも見当たらなかった。
「どういうことだ?」
ワスダの問いに肩をすくめる。
「俺にも分からないよ。ここで待ち伏せされていると想定して戦闘の準備をしていたから、正直なところ肩すかしを食らって感がある」
「たしかに奇妙だ」
ソフィーと何か相談したあと、ワスダは「偵察してくる」と言って、エンドウを残してふたりで出ていった。すでにカグヤのドローンに周辺一帯の偵察を頼んでいたが、あのふたりなら問題が起きても対処できるだろうから、余計な心配はしなかった。
ミスズとナミ、それにソクジンを呼ぶと、エンドウに頼んで情報端末から表示させていた立体的な地図を見せながら今後のことを相談する。ある程度の計画は、すでに休憩しているときに話し合っていたが、敵の攻撃を想定した作戦だったので多少の変更が必要だった。
「またコソコソ隠れながら進むのか?」
ナミの問いにソクジンは頭を横に振る。
「いや、もうその必要はない。僕たちが潜入していることは知られているだろうし、おそらく監視もされている。寄り道して都市を警備している部隊と遭遇して無闇やたらに戦うよりも、真直ぐ目的地に向かったほうがいい」
「その目的地っていうのは?」
私の質問に、青年は冷たい表情を浮かべる。
「ここだよ」
ソクジンが顎で指したのは、円を描くようにして空中回廊でつながる五つの高層ホテルが立ち並ぶ区画であり、それらのホテルの中心に
「各国の要人が使用していた電脳都市最大のホテルカジノか……」
そのカジノに大量の金塊が運び込まれ、保管されていたことは〈クリスタル・チップ〉にも明記されていた。
最も豪華なカジノであり、ありとあらゆるサービスが提供されていたことも分かっている。そして都市を管理するシステムの中枢でもあり、最も厳重に警備されている場所でもあった。
「正面突破は難しいだろうな」
奇襲だったとはいえ、〈コムラサキ〉との戦闘で死傷者を出してしまっていた。正面突破するとなると、〈ツチグモ〉だけではなく〈サスカッチ〉といった軍用車両も相手にしなければいけないのだから。
「たしかに」と、ソクジンはうなずく。
「けどそこに行かなければ、僕らは欲しいモノを手に入れられない」
「欲しいモノか……ソクジンの目的は〈軍用AI〉の破壊だと思っていたよ」
青年は何も答えないようとしない。が、人工知能の破壊が目的ではないのなら、残されている選択肢は都市を管理する〈軍用AI〉を支配下に置くことだった。だが都市に関する最低限の権限しか持たない者に、果たして人工知能のシステムを掌握するなんてことが本当にできるのだろうか?
もちろん、この考えは憶測でしかない。ソクジンが何を考えているのかなんて見当もつかない。けれど彼が人工知能に対して、ある種の怒りや憎しみを抱いていることは言葉の節々から読み取れた。
「よう、兄弟」
そこに偵察を終えたワスダがやってくる。
「周辺一帯は驚くほど静かだ。ここでは巡回警備している機械人形の姿すら確認できない」
「敵がいない?」
ワスダの言葉に思わず眉を寄せる。
『本当だよ』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。
『重武装の戦闘部隊が待ち受けているんだって思ってたけど、ここではホテルを警備している部隊も動いてなかった』
「動いてないっていうのは?」
『完全に機能を停止した状態ってこと。ほら、この映像を確認して』
エンドウの端末から投影されていたホロスクリーンに、ホテル前の広場にある巨大な噴水が表示される。その周囲に機械人形の部隊が展開しているのも確認できたが、どうも様子がおかしい。カグヤのドローンが〈ツチグモ〉に接近しても、まったく反応を示さない。
ワスダがしかめ面を見せる。
「俺たちをカジノに誘い込むための罠って可能性は?」
『たしかに見え透いた罠だけど、無駄に戦う必要がないから、消耗せずにホテルに侵入するチャンスでもある。私たちはホテルの情報を持っているけれど、それは誰でも入手できる簡単なモノでしかない』
カグヤの言葉のあと、カジノ内部の様子が詳細に分かる立体的な地図が表示される。九百メートルを優に超えるホテルには、百九十を超える階層があり、我々はその広大な建物のなかを移動して目的の場所に向かう必要があったが、もちろん、地図には金塊が保管されている場所は明記されていなかった。
「行き先も分からないまま歩き回るには、広すぎる建物だな」
『たぶん、みんなが想像しているよりも大変な作業になる。だからまずは中央管理室を見つけて、直接システムに接続して管理者権限を入手する。そうすれば金塊の在り処も分かるはずだよ』
「けど、なにか問題があるんだろ?」
ワスダの質問に答えるように、カグヤは建物内の映像を表示する。
『これは外からエントランス内の様子を覗き見たときの映像だけど、あちこちに人擬きの姿が見えるでしょ?』
たしかに人擬きの姿が確認できたが、数が多く、もはや群れのようにも見えた。
「もしかして……」と、ミスズが不安そうな表情で言う。
「カジノにやってきていた人々の成れの果て……なのでしょうか?」
『そうだと思う。異常に数が多いのは、この建物が避難場所として指定されていたからだと思う。ほら、地下には要人のための避難経路やら地下鉄があるって話だったでしょ』
「つまり」と、それまで黙って話を聞いていたナミが言う。
「私たちは狂った機械の襲撃に警戒するだけじゃなくて、人擬きの群れを相手にしながら目的の場所まで行く必要があるってことなのか?」
『そういうこと』
「なら話は単純だ」彼女はそう言うと、余裕の笑みを見せる。そのさい、爬虫類の眼を思わせる縦に細長い瞳孔がきゅっと閉まるのが見えた。「私たちは戦うためにここにいるんだ。ちょっと敵が増えたくらいで怖気づくようなことはしない」
『ちょっとどころか、一度に百体以上の人擬きを相手にすることになる。でも――たしかに私たちは戦うことを想定して念入りに準備してきた。それに秘策を思いついたんだ』
「秘策っていうのは?」
ワスダの質問に答えたのはエンドウだった。
「動かなくなっている自律兵器です。〈軍用AI〉から制御権を奪い取ります」
「それは不可能だったんじゃないのか?」
「ええ、たしかに不可能だと思われました。しかし我々にはソクジンのソフトウェアがあります。上手く機能してくれたら、〈ツチグモ〉を味方にすることができるかもしれません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます