第734話 人擬きの群れ
ふと気づいたときには、すでに空は赤に染まっていて、夕暮れの赤が無人の電脳都市を彩っていた。空中回廊によって円を描くようにつながる五つの高層ホテルが見えてくると、建物の周囲に投影される光と影が空に向かって伸びているのが確認できた。
中心にそびえる超高層建築物は、まるで巨人のような存在だ。その巨大な身体は鋼鉄とコンクリート、それにガラスで作られ、夕陽に照らされて金色に輝いている。それ自体が貴重な遺物であり、何ものにも代えがたい財宝に見えたが、金銀財宝をため込む狡猾なドラゴンのように、その周囲では警備の自律兵器が徘徊している。
視線を落とすと、小型の掃除ロボットがゴミひとつない歩道を律儀に掃除している。機械的な動作を繰り返しながら、歩道や車道の汚れを見過ごすことなく取り除いていた。大型の建設人形は建物の外壁を点検し、整備している様子が見られた。彼らは高所作業を得意とし、その図体に見合わない機敏でしなやかな動きで壁面を移動していく。
その周囲では高速で移動する〈ホバーバス〉や、見慣れない小型航空機が飛び交い、建物の間をすり抜けている。乗客はいなかったが、今も時刻表を守りながら決められたルートを飛び回っているのだろう。
建物壁面には色とりどりのホログラムが投影され、無数の光が壁面に反射し、カジノエリアを華やかなに彩っている。噴水のある中央広場では巨大なホロスクリーンが投影され、観光地や身体改造のための〈サイバネティクス〉関連の広告が映し出されている。
そのなかでも繰り返し紹介されていたのは、戦闘用に特化した肉体強化のためだけのインプラントで、戦闘を生業にする者たちから〈サイバーウェア〉と呼ばれていた商品の数々だった。どこかの戦場で激しい銃撃にさらされているサイボーグ兵士が、強化された身体能力を活かしながら状況を打開する、といった宣伝内容だった。
それらの広告から視線を外すと、ゆっくり周囲を見回す。建物が林立する廃墟の街とは異なり、ここでは開けた空間に建物が
埋め立て地などの地盤は軟弱で、地震のさいには液状化現象などが起きて建物が倒壊する恐れがあると聞いていたが、ここでは超高層建築物が当然のように建っている。旧文明の建築技術が可能にしているのかもしれないが、やはり異常な技術だったのだろう。
周辺一帯には自律兵器が配備されていて、その姿はあちこちで見られた。機械人形は街角に静かに佇み、威厳を持って周囲を監視している。高度なセンサーと武装を搭載した機械人形は都市を守るためだけに存在している。つめたい風に吹かれる彼らの姿は、無機的でありながらも、都市を守る要であることをハッキリと意識しているように感じられた。
もちろん人の姿は見当たらないが、無人の都市は静かながらも活気に満ちている。機械人形が都市を徘徊し、自律兵器が警戒を続けるなか、我々は目的の建物に近づく。
カグヤたちの情報は正確だった。広場には多数の機械人形が配備されていたが、すべての機体は動作を停止していた。〈アサルトロイド〉に〈ツチグモ〉、それに多脚戦車の姿も確認できたが、ここでは〈コムラサキ〉の姿は見られない。
それらの兵器が急に動き出しても、すぐに対処できるような安全な場所を見つけると、近くで停止していた〈ツチグモ〉に〈接触接続〉を行いシステムに侵入する。あとはエンドウが作業を引き継いでくれるので、ワスダとソフィーを連れて建物内の様子を見に行くことにした。
エンドウの護衛にはミスズとナミが残ってくれるので、襲撃されても〈ヤトの戦士〉たちが対応してくれるだろう。ソクジンたちもその場に残っていたが、戦力としては期待していなかった。いざとなれば、我々のことを見捨てて逃げることは明白だったからだ。
きれいに手入れされた緑の芝生が敷かれた広場に、まるで墓石のように立ち並ぶ〈アサルトロイド〉のそばを通って噴水に接近する。ハクとジュジュは巨大な噴水に興奮して、すぐに水遊びを始めてしまう。が、無数の警告表示が投影されるようになると、警告音を嫌って噴水のそばを離れた。
ハクは不機嫌になって警告表示に向かって脚を伸ばすが、ホロスクリーンで投影されているので、もちろん触れることはできなかった。
「ハクはまだまだお子ちゃまだな」
ワスダが鼻で笑うと、ハクはムッとしたあと、ペッと糸の塊を吐き出す。それは油断していたワスダの足に絡みついて、彼のことをいとも簡単に転ばせる。それを見たハクは、幼い子ども特有の無邪気で可愛らしい声でケラケラ笑う。
「やっぱお子ちゃまじゃねぇか……」
ワスダの足に絡みついた糸を取り除いたあと、停止していた多脚戦車の陰に隠れるようにして建物内の状況を確認する。
ガラス張りの入り口を通して複数の広告が投影されるエントランスが見えたが、異様な光景が広がっている。数え切れないほどの人擬きが目的もなく入り口付近に群がっていた。彼らの姿は、古い映画で見たゾンビの集団を思わせた。
その人擬きの集団は腐敗した肉と血液にまみれ、変異を繰り返した
その動きは廃墟の街で見られる個体よりも鈍いが、どこか不気味で、何かの法則に従って動いていているようにも見えた。人間だったころの本能が微かに残っているのかもしれない。
その群れはガラス張りの入り口を取り囲んでいる。手や足を伸ばしガラスを叩き、壁に身体を叩きつけていた。けれど、なにか思惑があってその行動を取っているようには見えない。いや……そもそも人擬きが何を求めているのか、何を待ち望んでいるのかなんて誰にも理解できないし、はじめから何も感じてはいないのかもしれない。
その姿は建物内にある近代的な設備とは対照的であり、人々の心に恐怖と不安を植え付けるだけの存在だった。ホログラムの広告が色鮮やかに輝いているが、人擬きの存在は薄暗い影を投げかけている。
エントランスラウンジで群れている人擬きは、まるで満員電車のなかにいるように、一箇所にとどまり、ただその場に立ち尽くしている。一方で、別の群れは意味もなく通路を徘徊している。
歩くたびにベチャベチャと不気味な音をたて、足元のゴミや血溜まりを踏みつける。彼らの動きには意識が感じられない。そこにあるのは、ただ本能の赴くままに徘徊している化け物だ。時折、何かに呼ばれるようにして群れが方向を変えるが、その理由は不明だ。
破れた衣類や傷ついた肢体を引き
その光景は、まるで終末の世界から逃れてきたゾンビの群れのようだった。電脳都市という理想郷の中に、彼らは異質な存在として取り残され、ある意味では過去の遺失物だと考えられた。しかし実際にソレは、人々に恐怖と不安を投げかける駆逐されるべき変異体でしかない。
『レイ、準備できたよ』
カグヤの声が内耳に聞こえると、〈軍用AI〉から奪った機体の情報が拡張現実で表示される。
ごく僅かな時間だったが、数機の〈ツチグモ〉が我々の指示に従って動いてくれるようだ。兵器の制御権を奪ったコードは、すぐに人工知能に探知、特定されてしまうので、その前に破棄されることになっている。
だがすぐに別のランダムなコードが作成されることで、再び制御権を奪えるようになるとのことだった。並行して作業できれば、あるいは探知されることなく兵器の制御が可能になるかもしれないが、さすがに即席のソフトウェアでは限界があるのだろう。
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いつもお読みいただきありがとうございます。
突然ですが、第八部(水底の色彩)編の編集作業が終わりました!
よかったら読んでみてください。
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